|
ぼいとれ(名)
ヴォイス・トレーニングの略。声楽、特に合唱において用いられ(独唱ではほとんどこの言葉を使わない)、指導者の考え方、流派、宗派によって、何千何万もの方法論があると思われる。かつては、暗く重い「立派な声」がもてはやされたが、近年は明るく軽い声がよい、という傾向にある。【用例】「明日は山田先生のボイトレだね」「えー俺、あの人のボイトレ、ちょっとよくわかんない」「いいのいいの、結局指揮するのは田中先生なんだから。田中先生はそこまで聞いてないって」
ボイトレ、本当にいろんなことを言う人がいます。って、これは「発声法なんて……」でも書きましたが、ボイトレになるともっと状況は深刻な訳で。1人が大勢を相手にするわけです。数学や物理の講義なら「ここがこうであるからしてこうなるのである」でいけるかも知れませんが、声はそんなわけにはいきません。ひとりひとりの素質も違えば、これまで送ってきた音楽体験も違う。だから、抱えている問題も当然違う。Aさんには「のどを開いて」といわなければいけないのに、Bくんには「のどをもっと閉めて」って言わなきゃならん、ってことだって、極端な話、ありうる。いや、よくある。結局声作りは1対1でないとできない、というのが僕の考えです。
……で。
僕が目指しているのが、「空気感のあるしっかりした声」
ふわっと浮いて、ホールでよく響く声。
のどだけが鳴っているんじゃなくって、体をしっかり共鳴させている声。
軽いんだけど、弱弱しくない声。
書けば簡単、でもいざ作ろうとすると難しい。結果論を言えば、腹式呼吸でもって声帯が振動する。そのとき余計な力が入らず、声帯は程よく伸展していなければならない、ってこと。なんだけど。
困ったことに、結果論じゃうたえないのです。いや、そういう結果論を増やせば増やすほど、きっとうたえなくなる。筋肉や、声帯や、横隔膜や、骨格や、そんな知識が「歌う」っていう運動の邪魔をする。体は、どんな素晴らしい研究をも凌駕する動きをしている。どんなに言葉を駆使したって、体がすることの「ほんの一部」だけしか説明していない。
……じゃあ。
どうしてるのか?
それは、また次回にまわします。(疲れました)
【お願い】
僕は趣味で声楽をやっているだけ、合唱指導も駆け出しのペェペェです。取り組みは多分に実験的な要素を含みますので悪しからず。声楽を専門的に学んでらっしゃる方、合唱指導を長年やってらっしゃる方、合唱団で実際にボイストレーニングに携わってらっしゃる方がいらっしゃったら、どんどんご意見、ご教授願います。
|