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「力を抜きなさい」

これも、レッスンの初期に出てくる定番のセリフです。
間違ってはないと思います、はい。力は抜けている。間違いない。

だけど。
事態はそんなに簡単にはいかない。力は「抜く」のではなくって結果的に「抜けている」んです。
おんなじように見えますが、これは大きな違い。特に、レッスン初心者にとっては。

どういうことか。
また実験です。
今回は簡単。
1.逆立ちしてください。壁を使った三角倒立でもいいです。
2.そのまま1時間続けてください。

考えただけでもゾッとしますが、とりあえずやってみて下さい。
死ぬ気でやってみて下さい。「もう死ぬ!」と思ったら、そこから5分だけ我慢してみてください。


〈〜一時間〜〉

さて、あなたが幸いにして逆立ちの初心者の場合。
きっと始めはむちゃくちゃ腕に、肩に力が入っていたはずです。そんな時力なんて抜けるわけがない。力を抜けば、腕が曲がって体が支えられなくなります。一気に崩れ落ちて、運が悪ければ首の骨を折ってあの世行き。
でも時間が経って、だんだん逆さまのバランスに慣れてくると、一番楽なポジション、自分のなかで「一番いい場所」みたいなものを探しませんでしたか?もちろん必要な力は入っているんだけど、無駄な力、体を支えるのにいらない力はできるだけ排除しようとする。それも、自然に。

もっと簡単な例を挙げましょう。
きっといまあなたは座ってこれ尾w読んでいるでしょうから、一度立ち上がってみて下さい。
’ほらっ!!'
ただ立っているという姿勢だけをとっても足、胴、頭などの重みを支えるために筋肉や骨格などがあらゆる力を出して、素晴らしいバランスでもって仕事をしているんです。力が入っていないわけがない。だけど、立つこと以外の余計な力は、ほとんど抜けている。でも、力が入っていないわけではない。

そう、これが本当の「脱力」です。
脱力は「力を抜くこと」ではない。歌はスポーツです。全身を使った運動です。尋常ではない音高、尋常ではない音量。ものすごい大きなエネルギーを必要とするんです。力は必要なんです。
では「脱力」とは何か。
必要な力と必要でない力を区別して、いらない力だけを抜くこと。

「そんなことできな〜い」って声が聞こえてきそうですが……
はい。その通り。できないんです、そう簡単には。それなのに巷の先生はいとも簡単に「脱力しなさい」と言う。力が必要なのに、力を抜けと言う。
「そんなこと分かってる!!!」って声も聞こえそうです。
ではあなたは出来ますか?頭で分かるのと、実際に出来るのとは全然違うんです。

僕は高校生にこう言っています。
「とりあえず、力は入ってもいい。特に高いところは力を抜こうなんて考えるな。大丈夫、一番いいところを探すうちに必ず力は抜けるから」

僕自身は最近、「必要な力」と「不必要な力」が区別できるようになって来たような気がします。それでもやっぱり、力を抜こう、とは考えないかな。僕が常に考えているのはまんなかから・まかせて・まっすぐの、その名も3M。その話はまた次回。いよいよ核心です。
「喉を開けましょう」
……って言われたこと、ありませんか?

確かにあっちの人(「欧米の」って意味です。決して「黄泉」ではありません)が歌うのを聞くと、日本人が民謡や演歌を歌ったり、ポップスを歌うのと全然違って聞こえます。そう、私たちが力いっぱい歌おうとすると「喉を絞って力の限り」歌ってしまうんです。それに比べてあっちの人は喉の「力が抜けて」「開いて」いる感じに聞こえる。
ですから、歌のレッスンや合唱団のヴォイストレーニングなんかでは、たいてい極初期の段階で「喉を開けましょう」って言われちゃう。で、一生懸命「喉を開いて、軟口蓋を上げて(しつこいですね)、力を抜いて……」ってやって。それで歌えるようになった人は……幸せです。

ですが、僕が見た不幸なケースは、
弱くて小さな声しか出せない
フォルテや高音で、どうしても吠えているようになる
焦点のぼやけた「ダンゴ声」
声が体にまとわりついて離れていかない(飛ばない)

さらに可哀想なのは、
目を見開いたまま表情が固まっている

みなさんは当てはまりませんか?


【「開ける」と「閉める」は同じ……?】

僕も実際「喉は開いている」と思います。パヴァロッティやフレーニだって、歌っているときの喉は「開いている」と言っています。そこに異存はございません。
でも、僕は「喉が開いている」時は同時に「閉まっている」とも考えています。

ん?どういうことだ?

では実験です。(なんて唐突な展開)
1.まず、右手と左手のそれぞれ人差し指同士を引っ掛けてください。
2.指同士を引っ掛けたまま、両ひじを地面と水平に肩と同じ高さまで引き上げてください。
3.できるだけ、ひじ−指−ひじがまっすぐ、水平になるようにしてください。
4.そして、両方のひじをぐーっと引っ張ってください。

ほらぁっ!!(……ってなにが?)

ひじを引っ張る動きが「喉を開け」ようとする力

で、重要なのは次!
指、痛くないですか?
ギリギリと締まってきていませんか?

そうです!ここが声帯

つまり、「喉を開ける」のは「喉を閉める」ための作業だったんです。
「閉める」ために「開けて」いた訳です。

もう少しだけ正確な言い方をすると(これも本当に正確とは言えませんが……)
声帯を合わせるために、伸展さていたということになります。
もちろん、声帯を合わせる=指の締まり
伸展=ひじ  です。

イメージとしては、2本のゴムを合わせて引っ張ったら(伸展)、2本がぴったり合う(声帯)、と言う感じでしょうか。


物事は表と裏の両面から見なくてはいけません、なんて道徳の教科書のようですが。
完全無欠の善人や、非の打ち所のないような悪人(日本語の使い方が間違っていますね)なんていません。どんな人にも光と影があって、それで社会が成り立っているんです。物事を一面的に見るのではなく、全く別の視点、観点から見てみると、いままで違和感を感じていたことや、本質的には理解できなかったことが、ふっと見えてきたりします。

「喉を開ける」も同じです。「開ける」だけでは不十分だと、僕は思います。「閉まる」というか「合う」感覚が根本にないと、力のない、ぼやけた、エッジの立たない声になってしまいます。


さて、ここまで熱弁しておきながら、実は僕が考える「声作り」の中では、今回の内容は「枝葉」の部分。ですが、あまりに神格化された(そんなこと考えたこともないわ、とか、もう古いわ、などと思える幸せな人もいるかもしれませんね)「喉開け」について、僕の考えをどうしてもまとめておきたかったのです。実はもう一つ同じような趣旨で書きたいことがあります。それは次回にでも。

練習日記3/8

よし、調子が戻ってきたぞ。きのうより全然体を使って、中心から歌えた、というか。久々にトレーニングやったな、頑張って。

「声を鍛えましょう」というタイトルにしたのには、それなりに理由があります。

声作りは、トレーニングです。フォームを研究することも当然必要ですが、それと同じくらい、否、それ以上に「トレーニング」が必要なのではないかと僕は思っています。
陸上や水泳選手を追ったドキュメンタリーなどでは、よくフォームの研究がとその成果が取りざたされますが、その影には血の滲むようなトレーニングがあるはずですし、そのフォームにしても「トレーニングされて出来上がった体」があるからこそ可能になったフォームなのではないでしょうか。
というより、
・トレーニングをして出来上がった体に合わせて「フォームの改良」がなされる、とも言えますし、
・理想的なフォームに必要な体を作るために「トレーニング」を重ねる、
というほうが的確なのかもしれません。
とにかく、「フォーム作り」と「体(声)作り」は車の両輪のように、どちらも大切なものだと、僕は信じています。

ところが、昨今の「発声法」(という言葉自体、僕は賛同できませんが)と呼ばれるものは、「フォーム作り」のみに話が終始しすぎているように思います。「ここをこうしたらこんな声が出る」というような。
あるいは、体を輪切りにしたような、「解剖学的な」説明。
筋肉の動き、
骨格の動き、
横隔膜の動き、
声帯の動き、
母音・子音の違いによる口の開け方の違い、
舌の使い方……
もちろん、これらは正しいのかもしれません。いいえ、きっと正しいのでしょう。
ですが、歌い手はそれをひとつひとつ確認しながら歌っているのではありません。そういう本を書いている声楽家でさえきっと、筋肉は、声帯は、骨格は、横隔膜は、唇は、舌は、目は……なんて考えていはず。そんなこといちいち考えていたら歌なんて歌えません。
(大阪H.シュッツ合唱団の指揮者、当間先生が開いているHPにはそのようなことが、とても事細かに記されています。僕もEoliaさんと同じようにこの合唱団は好きですが、このHP上の「発声法」についての記述は感心しません。内容如何ではなく、その姿勢が。シュッツ合唱団の方は、皆さん本当にあんなふうに考えて歌っていらっしゃるのでしょうか?だとしたら、とても器用な方々です)

では、どうしてそんなことを言って、書いてしまうのか……
筋肉、骨格、声帯云々は全て「結果論」です。僕も高校生を教えてみて思ったのですが、「結果」にたどり着いてしまうと、どうしてもそれを話したくなってしまうんです。
自分の知っている最終形を伝えることで、学習者はすぐそこにたどり着くのだと勘違いしてしまう。
一通り説明したことで「教えた」と満足してしまう。

でも、それは大間違い。それを知ったからといって、思ったように筋肉が、声帯が、骨格が動くはずがない。それに、先述のようにフォームは常に体の状態と向き合っています。自分がいる状態の体になるまで、学習者はそれなりに年月を経なければならないのです。

ですから、巷の「声楽書」「発声法」というような本、僕には必要ありません。必要なのは、自分の声に向き合って、なりたい声をヴィジョンとしてしっかり持って、トレーニングを積むこと。それから、フォームを探し続けること。

また、導入のような話になってしまいました。
早く本編に入らねば!!

練習日記3/7

思ったより早くスランプを抜けられそうです。

きのうのレッスンの甲斐もあってか、わりときれいに声帯が鳴ってくれました。3日前の練習より格段に軽くなってる。呼吸も悪くない。ただ、もっといいポジションがあるはず。もっと体の中心から歌えるはず。もう少し引き込んで遠くへ歌わなきゃ。
高音は、まだいまいち。マリア・カラス風のテンションがあります。

よかった。なんとかコンサートに間に合いそうです。

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