おいしいうた

いい歌をうたいましょう

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発声法なんてナイ

こんな言葉、声楽とか合唱をしてる人なら、一度は聞いたことがあるはず。

軟口蓋をあけるとか
頬骨を上げるとか
リンジョウコウジョウキンがどうとか
声帯を伸展させるとか
横隔膜が下がるとか

頭のてっぺんからとか
眉間の間からとか
ジャガイモはふはふいって食べるとか
ケツの穴しぼるとか
息をまわすとか
目を見開くとか

僕にとっては結構どうでも良くって。
そんなことが分かったから歌えるんじゃないし、そんなイメージだけで説明すんなよって思う。
自転車に乗れるのは、『自転車乗り法』を理解したからじゃなくって、転ばずにまっすぐに走りたいなぁって願って練習したから。日本語だって文法がわかったから喋れるんじゃない。どうやって歩いてるの?って聞かれて、説明できる人、きっと少ない。例えいたとしても、僕らはそれを知っているから歩けるんでも、イメージで歩いてるんでもない。「歩く」は「歩く」それで終わり。「うたう」もそこに持っていけたらってのが、僕の理想。

ただし、「こんな声になりたい」っていうビジョンは必要。
「より高く」「より遠く」「より長く」「より楽に」
そううたえるようになるためにどうしたらいいか。
それは自分で探るしかないんだって思う。
声の抜ける一番いいフォーム、息を保てる一番いいフォーム、高い音になっても崩れないフォーム。そこを探して、体を作って。スポーツと一緒。走りやすい、一番力が発揮できるフォームを探して、それを崩さずにキープできる筋力、持久力、瞬発力をつける、みたいな。最近は「フォーム探し」に科学的な研究が一杯されているみたいだけど。

でも、僕、軟口蓋もジャガイモはふはふも、完全に否定してるわけじゃない。
結果的に体はそうなっているんだろうし(知らないけど)、「フォーム探し」にジャガイモはふはふはもしかしたら有効かもしれない。

でもでも。
それって、発声法?
発声法っていえる程普遍的なもの?

「いい声」を知っている人が、そこに近づけるために「コツ」として使う程度なら、さほど問題ないんだろうな。問題は言葉だけが一人歩きしてしまうってこと。みんなはふはふしてるのを見ると、ちょっと違うな、って思うのです。

要領を得ない話のような気もしますが、とりあえずきょうのところはご勘弁を。
うたを歌ってる方、是非ご意見ください。プロアマ問いません。

レッスン終了

きょうも有意義なレッスンだった。

時流がくるかどうかもその人の実力。だけど、本当に大事なのは、来た時流に上手く乗れるかどうか。
チャンスなんて人生そうそう何回もあるわけじゃない。
チャンスが来たときにしっかり実力が出せるように、準備しておくこと、
これができる者とできない者が、勝ち組と負け組の差。

先生がとある講習会で聞いてきた言葉。
いまできることは、指をくわえてチャンスを待つことでも、チャンスをものにした人を羨ましがることでもない。「その時」が来るまで粛々と力をためること。がんばろーっと。

【きょうの練習曲】
E lucevan le stelle
E la solita stolia del pastore

息がもたない→息を保つことと最後まで使い切ることは、全く違う作業。使いきる訓練を。
ブレスの処理→息を吸ったあとの歌いだし初めの一音に集中。前のフレーズの余韻を完全にリセットして。新しく音楽を立ち上げる。
高音→きょうは少し暴れる印象。もっと歌わない。クッとセーブして。

コンサートまであと1ヵ月ちょい。よしっ!

きょうはレッスン

きょうはうたのレッスン。とてもたのしみ。
いっつも同じことの繰り返しなんだけどね。でも、同じことを繰り返せるってすごいことだと思ってる。同じことを繰り返しているのに、自分の声とか体とか音楽観とか、うたをはじめた高校生の頃とは全然変わってきてる。単純な繰り返しが、ただの繰り返しじゃないんだよね。人間ってすごい。

きれいにまとめてみました。

なまえ:ぺ じゅんじゅん
すまい:石川県金沢市
とし :26歳
せいざ:おうし座(誕生日プレゼントは前後6ヶ月受付中)
ち  :B型
しごと:会社員
しゅみ:うた
    合唱
    音楽鑑賞(クラシック)
    効果の薄いダイエットに期待して勤しむこと
    愛犬リョウタの散歩
すき :うたのレッスン
    高校生との合唱練習
    スモークサーモン
    ヒラメのエンガワ
    にく
    ランチバイキング
    プッチーニ
    ヴェルディ
    ベトベン
    モンテヴェルディ
    千原英喜
    三善晃の古い曲
    のだめカンタービレ
    フルトヴェングラー
    金 聖響
    カレーラス
    デル・モナコ
にがて:納豆
    山芋のすりおろしたやつ
    ブルックナー
    マーラー
    ワーグナー
    『冬の旅』
    ピアノのコンサート
    部長
    うちのチームのリーダー
    てか、会社全般

ほんっとに、おバカなマスコミ。
それに踊らされる政治家はもっとおバカ。
いやちょっと待て。
踊らされているのはマスコミのほうか。

今回の「ゆとり教育転換」、教員は怒ってるんだろうなぁ。僕が教員だったら、髪振り乱して叫んでると思う。やる気なくなるよ、まぢで。こんなことくらいでやる気なくなる僕なんかは、まだまだ教員になれないんだろうなぁ、仮面社会人の僕。

さて、本題
僕が大学生の頃。といってもたかだか5、6年前だけど、ちょうど学習指導要領の改訂の時期で、「学力観の転換」が叫ばれてた。「知っていることの量」じゃなくって「知ろうとする力」とでもいうのかな、ある事象に辿り着くまでの過程とか、考え方だとか、思考の組み立て方だとか、もっと言えば精神的な「粘り」だとか、「結果に行き着こうとする力」がすなわち「学力」である、と。指導要領を賑わしてる「生きる力」のことですね。(「生きる力」の定義も曖昧だけど……)

僕、この考え方、すごく好きで。……って個人的嗜好かいっ。
でも、社会に出てみて実感してるのは、結局は「何を知っているのか」なんて誰も見てはいないってこと。確かに仕事で付き合った殆どの人は、「学歴」って多かれ少なかれ興味あるみたいだし(勿論かく言う僕だって、全く興味ないって言えば大嘘になる)、掛け算や足し算ができなかったり、新聞に出てくる漢字が読めないってのは困る。だけど。仕事してて大事なのは、「結果」なのであって、つまりは結果に行き着こうとする力、気持ち、なんだって。やり方なんて人それぞれだし、答えなんて1つじゃないけど、結局、いろんなやり方で攻めていって、結果を勝ち取ったもんが偉いの。

「レモン」「梅干」「すこんぶ」
いま、口の奥からじゅわ〜って唾液出た人、手挙げて。
匂いかいだり、レモン絞って汁が散らばっておかあさんにおこられたり、昆布だと思って食べたおにぎりの中身が梅干でびっくりしたり、手についたすこんぶの白い粉舐めたりした人は、手を挙げてるはず。でも、辞書的な知識はあるけど、実物を見たことも触ったこともない人だったら。きっとこの今の唾液の理由を説明するのはすごく骨が折れる作業だと思う。で、説明しても、絶対に、僕らのこの感覚、分からないと思う。
何が言いたいの?
簡単なこと。あまりに陳腐で笑われるかもしれないけど。
知識だけ増やしても、ダメだってこと。「分かったつもり」って勘違いが増えていくだけで、本当に「分かった」「知ってる」ってことにはならない。服汚したり、指切ったり、すりむいたり、おいしいと感動したり、悔しくて悔しくて涙流したり、死ぬほど笑ったり、そんなこと繰り返しながら、「実感」しながら得た知識がどれだけあるか。

そりゃ、学者や研究者になる人間には高度な知識は必要かもしれない。とにかく薄っぺらでもなんでもいいから、たくさんの知識が必要なのかもしれない。でも、学校は「研究者製造機」じゃない。高度な知識は、上級学校で身に付けたらいい。

殆どの子どもは、しがないサラリーマンになって、おとうさんになって、おかあさんになるんだ。
って考えたら。
何が必要か。


ちょっと熱くなってしまいました。
それでは。

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