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正しいカレーのためには、正しい材料が必要です。 別に、鹿児島まで行って「スーパー・ゴールデン・ポーク」を買いに行かなくてもいいんです。 チキンカレーは烏骨鶏なんて使わなくてもいいんです。 ニューサンキューで十分、腐っていなけりゃ十分です。 正しいカレーにはバナナもチョコレートも入れません。 とんこつギラギラカレーなんてもってのほか。 バナナやチョコは、あとで考えましょう。 では、材料1−和声(その1)、です。 …とその前に。 どうして、「正しいカレー」に固執しているのか。 まずそこから話さないといけませんね。 …僕が今一番嫌いな言葉です。 かく言う僕も、つい最近まではそうしてました。 いや、今でも理解できない時は、そうしているかもしれません。 でも、やっぱり楽譜を読みたいな、と思う。 何故か 僕が凡人だからかもしれません。 凡人である自分を知ってしまったからかもしれません。 かつてフルトヴェングラーという指揮者がいました。 彼の第九は有名です。超がいくつ付いても足らないほど。 「○○推薦!!クラシックCDこれを聴け!」みたいな本には、必ずといって良いほど出ています。 僕も大好きです。録音違いで5枚くらい?持ってます。(馬鹿です) 彼の音楽は…圧倒的です。 ぐるぐるうねって、「これが俺の音楽だ、文句あっか。ないだろう、がはは」みたいな。 (天国のフルヴェンさん、ごめんなさい) でも、それが正しいか、それがベトベンか、って言われると。 彼の音楽は、彼、なんです。 その彼が圧倒的なんです。 だから音楽も圧倒的なんです。(よし、うまいこと3段論法できたぞ) 残念ながら、僕にはそんな力、ありません。 いや、「感覚でいこーぜー」って言ってる方には…あるのかもしれませんよ。 でも、少なくとも僕は「ない」ことに気づいてしまったんです、悲しいことに。 もしかしたら、「感覚でいこう」って人に嫉妬しているのかもしれませんね。 木下牧子の音楽、僕は大好きです。 とても真面目で、確信犯的。 たとえば「おんがく」。 出だしの8小節だけをとってみても、本当に真面目。で、なおかつ、素敵。 (この「真面目」と「素敵」が両立しているところが、木下さんの凄いところなんだと思う) 最初の4小節で一区切り。 次は2小節ずつに分かれる。 かみさまだったら、みえるのかしら かみさまだったら …みえるのかしら こんな感じ。 もともとの詩のことは知りませんが、 きっと「神様だったら〜」のくだり、一回だけなんじゃないかな。 でも、木下さんは2回書いた。 たとえもともと2回書かれた詩だったとしても、木下さんはその2つを違えて書いた。 音楽が目で見えたら、どんなに良いだろう。 音楽家なら誰もが一度は考えること。 きっと木下さんも詩を見たときに、すーっと心に入ってきたことでしょう。 その「すーっ」が一回目の「かみさまだったら、みえるのかしら」 で、もう一度考えてみる。 本当に神様だったら …見えるんだろうか。 さて、上に「初めの4小節は1フレーズ、次は2つずつのフレーズに分かれる」と書きました。 なぜそう言えるのか。 和声です。 詳しくは書きませんが、和声のあり方が示している。 和声ですべてが分かるわけではありません。 今やってるRheinbergerなんて…(苦労してます) でも、ね? 楽譜はこんなに素敵なことを僕たちに語ってくれているんです。 (木下さんの楽譜は、ちょっと控えめな気がします。同じ女流作家でも、高嶋みどりはもっと雄弁かな) 楽譜を読みませんか?
楽譜を読んだ演奏をしませんか? DARSをそういう合唱団にしませんか? |

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