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今回の対象記事:「現状は『トレンド不況』−突破口は空港の規制緩和だ」週刊エコノミスト8/12・19合併号(毎日新聞社刊)談話者:加藤 寛(ひろし)※執筆者は刊行社記者
内閣府政策統括官付川路 智参事官補佐執筆の「平成20年度政府経済見通しについて」によると、わが国経済は、平成20年度において、“底堅さが持続する”と福田内閣が閣議決定した(2008/01/18)そうです。しかし、最近の内閣府「月例経済報告」(平成20年8月)の表紙には、“景気は、このところ弱含んでいる。”と大きく記載されました。6ヶ月と20日の間に、内閣府によるわが国の経済状況の認識が大きく変わっています。先の政府経済見通しが閣議決定された直前の景気ウォッチャー調査(平成20年1月11日内閣府政策統括官室)では、現状判断DIが9か月連続で低下し、9か月連続で景気が悪いと答えた人が多かったことを報告しています(平成19年12月の現状判断DI=36.6)。なぜ、こうした指標(DI)が内閣の景気判断に反映されなかったのかは不明です。因みに直近7月の現状判断DIは29.3ポイントとなり、30ポイントを割り込みました。
わが国経済は、先の見えない閉塞状況にあると言えます。こうした見方について、楽観論と悲観論があるのは事実です。短期的な見通しとして、実体経済は別として、市場トレンドの下落懸念がいつまで続くのかが不透明であるという現状を、どう受け止めるべきなのかが、現在問われています。
今回取り上げます論説は、加藤 寛氏の談話を雑誌記者が起こしたもので、A4版4ページにまとめられています。必ずしも氏の執筆ではありません。その中で、原談話者はこうした現今の閉塞状況を“トレンド不況”と表現しています。原談話者は続けて、様々な分野の状況に言及し、多角的にトレンドの元となる一部認識の問題点を指摘し、また現政権批判を展開することによって、将来見通しは悲観的なものではないと力説します。その矛先は規制による民間金融の萎縮から社会保険問題、公的財産の無駄な遊休、そして日本の空港の利便性の悪さに向けられます。
無駄を排除する余地がまだまだあるにもかかわらず、増税論議をするのは如何かという原談話者の考え方には傾聴すべき点があります。これまでも、いわゆる埋蔵金問題や、一般会計・特別会計(税金原資)および年金会計の目的外使用による国力の疲弊が指摘されてきました。それでも足りないと、今度は増税議論が公の場でなされるようになっています。わが国の政府筋政治家は、揮発油税率(ガソリン暫定税率)の維持の根拠として、資源の無駄遣いを減らすためであるかの如き発言をしました。また、たばこ税についても、あたかも国民の健康増進のためであると錯覚させる増税議論を持ち出しています。購入単価が上がれば衆愚も買い控えるだろうという消費者への責任転嫁を、今の政治は行っています。
そのうえで、こうした状況を打開するための“突破口”を原談話者は随所で口にします。つまり、トレンドが冷え込んだ現状を突破する方法は幾らでもあるというのが原談話者の主張です。それらすべてに一貫しているのは、政治無策、官僚保身という原談話者の考え方です。消費者動向(消費トレンド)には言及していません。悪いのは全て行政であるという論調で終始し、寧ろ消費者へのエールを送る形で談話を閉じています。これは、消費者の抱く閉塞感を払拭するという意味で、心強い談話であると評価できます。
原談話者はトレンド悪化の懸念が無いとする根拠の一つとして、原油先物価格の今後の推移について、楽観的な意見を述べています。これを模式化しますと、“原油高傾向の漸減=穀物相場の高騰抑制圧力=食糧危機の緩和”というものです。つまり、原油価格が下がれば、バイオマスの需要が下がるという見方です。確かに、バイオマスからエタノールを抽出精製するコストが、原油価格より割高になれば、開発のインセンティヴは失われます。この論法が成り立つ前提は、原油価格が今後下落するだろうという見通しです。また、バイオマスが燃料に回されなくなると、世界的な食糧危機が緩和されるという希望的観測を予測させるものです。原油価格が何時どの程度下がるのかにつき、原談話者は根拠を含めて明らかにしていません。バイオマスの燃料生産が減少することによる穀物相場の下落に伴う、現在の耕作地の放棄が及ぼす新たな食料危機の問題についても、意見を述べていません。わが国はかつて、減反政策による米穀の価格調整の結果、農地が荒廃したという経験をしました。これが大豆・とうもろこしの第二の農地荒廃に繋がらないと断言できるだけの根拠は存在しません。現在の農地が荒廃しなくとも、より高収益の見込める農作物への転作が進み、食料を必要としている人々の危機を救うことにはなりません。
また、トレンド浮揚の方策として、原談話者は工業力の海外移転促進を提言しています。BRICsやVISTAといった経済新興国は、購買力の向上による市場の拡大とともに、有力な輸出国ともなると考えられています。これまで日本を含む先進国は、廉価な人件費を背景とする世界の工場をこうした新興国に移転することに積極的でした。しかしこうした新興国はもはや、廉価な労働力ではなくなりつつあります。例えば中国は、“Made in China”という名の廉価な商品を大量に生み出す国と看做されていましたが、現在では中国人労働者の権利意識の急速な高揚によりストライキが多発、工場のラインが停止することは日常的となり、工場閉鎖が相次いでいます。原談話者の認識は、少し古いようです。韓国・台湾・インドがそうであったように、東南アジア、中南米はもはや、安く使える工場では無くなっていることを原談話者がどう考えているのかは不明です。
税金および社会保険問題について、原談話者は楽観的な展望を描いています。3箇所だけ原文より引用します。第一点。税金について「余剰資金がきちんと活用され、公共財が活性化して利益を生むようになれば、増税の必要など当分の間はなくなる」。これは、公共財の遊休についての脈絡で語られたものです。注目すべきは“当分の間は”という表現です。これは、恒久財源の確保ではなく、埋蔵金を発掘すれば暫くは何とかなるという発想から出たものと考えられ、一時金目当ての野党政治家の発言と変わるところはありません。次に二点。社会保険会計について「基礎年金を全額税で賄う税方式に変えれば、十分に維持可能だ」。「だが、それ(増税)については、2010年代に入ってからゆっくり考えても十分間に合う」と楽観的な発言が続きます。ここで社会保険に関するわたくしどもの見解を申し上げる積もりはありません。但し、基礎年金を全額税方式に変えると、いつまで維持が可能なのかについての見通しは示されていません。また、増税についてはあと2年以上放置しておいても問題は無いという発想は、政治無策を主張する原談話者の考え方と親和性を有するものと俄かに信じることが出来ません。
明るい展望を示した原談話者は、その論考の進め方に整然としたものがあり、読み手にとって判りやすく、勇気を与えるインパクトを持つという点で評価されるでしょう。但し、それぞれの論拠および打開策について、具体性に欠けている点は残念です。原談話者は一か所、“しかも突破口がどこにあるかは、わかる人にはわかっている”という優越的な発言をしています。わたしたち衆愚には判らないとして説明の労を放棄している態度は、言論者としての資質を疑わせるものであると、わたくしどもは考えます。
以降は、原談話者に対してではなく、実際のこの記事を起こした記者と編集に対して申し上げます。
“突破口は空港の規制緩和だ”というサブタイトルは、恐らく原談話者の意に必ずしも沿うものでないと思われます。全体をとおして、わが国の空港に関する記者の記述した部分は、14.25%に過ぎません(タイトル、表、広告を除く実測)。加えて、結論部では、突破口のキーワードと空港を結びつける記述がありません。原談話者はあくまで“トレンド不況”の話をしただけであって、僅か七分の一の発言がこれほど取り上げられるとは思っていなかったと思料されます。
原談話者の言として、海外のビジネスマンが日本に行く航空便が無い、という趣旨の記述があります。高度化した情報社会において、日本との取引のために海外から日本に頻繁に足を運ぶ酔狂なエグゼクティヴが一体どれだけ居るでしょうか。通常、日本での本格的な事業拡大を考える外資であれば、必ず日本に現地法人を設立します。トップを本体から送り込むか邦人を起用するかは別にして、航空機を使わず、本体と現法との連絡調整はテレビ会議やメールで事が足ります。そのうえで、日本との取引は適正に権限委譲された現法のトップやエグゼクティヴに任せるのが国際的な常識です。本体のCEOもしくはCOOが来日するのは、その後のセレモニー一日だけです。
但し、航空貨物については、別途考慮すべき事情があります。24時間眠らないビジネスシーンにおいて、文書や図面のやり取りはインターネットで十分ですが、サンプル出荷となりますと、時間との勝負となる場合があります。また、生鮮食料品や、最近ではブームが去ったワインの新酒の輸入、また、世界同時発売の新型携帯電話などの製品では、確実に日本時間の何時何分に店頭に並ばないと意味がありません。
また、人の流れに関して、地方空港は夜間閉鎖(航空法令上は24時間運用)でも、拠点となるハブ空港をオープンして置くことには意味があります。これは、日本への入国者のためではなく、通過者(トランジット)の利便のためです。
いずれを検討しても、記者・編集は的外れなリードをしていると思われます。折角作った各国主要空港の人的物的規模のランキング表を使いたかったのかも知れませんが、それは原談話者の本旨ではないとわたくしどもは考えます。複数援用された話題の一つをこれほどクローズアップするという意図がどこにあったのかを、同誌全般で位置付けるとすれば、それまで扱われていなかった空港問題に結び付けたかったという事でしょう。最近、国土交通省は、羽田空港を使用する邦人民間航空会社と中国との直通国際定期便就航に漕ぎつけました。これまでの国際チャーター便だけでなく、羽田を事実上のアジアのハブ空港とする戦略に布石を打った格好です。この記事は、見開き4ページを費やした記者と編集の勇み足であったと評せざるを得ません。
本筋と関係の無い言葉尻を捉えて都合のいいようにサブタイトルを付け報道するという姿勢は、戒めて頂きたいと報道関係者に謹言申し上げます。また、原談話者には、より一層言葉を選んで頂くよう要望します。
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