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フランス革命の前夜、パリの民衆が、食べるパンがないと大騒ぎをしているという知らせを聞いた

王妃マリ・アントワネットが、「パンがないならケーキを食べればいいのに」と語ったという話は、

マリ・アントワネットの世間知らずぶりを示す逸話として有名ですが、これは、マリ・アントワネットと

敵対する貴族たちや革分派が悪意をもって広めた、とんでもないデマで、最悪の濡れ衣だったそうです。

 まず、「パンがないならケーキを食べればいいのに」と言った「ケーキ」は、実は正確でなく、

「パンがないなら、ブリオッシュを食べればいいのに」と言ったのです。

ブリオッシュとは、フランスの朝食でよく食べられているバターと卵を多く使ったパンのことです。
 
 ふんわりとした柔らかな口当たりと、バター風味のまろやかな味わいが楽しめる、お菓子のようなパン

です。

 のちにこれが話をわかりやすくするために「ブリオッシュを食べればいいのに」「ケーキ」に変わった

ようであります。

 実は、「パンがないならケーキを食べればいいのに」話、マリ・アントワネットの生まれる以前から

あったのです。

 その証拠に、ジヤン・ジャック・ルソーは、その著書『告白』の中で、1740年頃に聞いた「高貴な

身分の女性」の発言として、これとまったく同じ逸話を書き留めています。

 1740年といえば、マリ・アントワネットが生まれるよりも十五年も前のことで、

ルソーが『告白』のこの部分を書いたと推定される1766年においても、マリ・アントワネットは

まだ11歳で、ルイ16世に嫁いでさえいませんでした。

 では、「パンがないならケーキ(ブリオッシュ)を食べればいいのに」という言葉を、私たちが

いかにもマリ・アントワネットの言いそうなことだと考える根拠のひとつは、「パンは安いが、

砂糖を多量に使うケーキ(ブリオッシュ)は高い」という尺度が、私たちにあり、これが、

「マリ・アントワネットは世間知らずだった」という判断の前提となっているのではないでしょうか。

 皆さん、この先入観を少し捨てて、このお話を聞いて下さい。

 アンシャン・レジームに書かれた食生活に関する風俗観察を見ると、こんな記述があります。

 菓子屋や豚肉屋、焼肉屋の店は、どの街角でも入目につく。看板代りに、その物ずばりが並ぶ。

 皮に包んだ舌料理、月桂樹の飾りをつけたハム、脂ののった肥育鶏、まっ赤な色をしたパイ、前の方に

並ぶ甘ったるいケーキなどが目に入る。
 
 まるでただ手を伸ばしさえすればよいといった感じだ。
 
 聖王ルイは、1270年5月に、菓子屋の法規を定めたとき、祝祭日に働くことすべておかまいなし、

という彼らが持っていた昔ながらの習慣に承認を与えた。

 会食や宴会は、日曜、祭日に開かれるのがふつうだからである。(中略)
    
 これは今でも見られることで、菓手証は日曜祭日のほうが、他の日よりも忙しい。
                     (メルシエ『十八世紀パリ生活誌』原宏訳 岩波文庫)

 街角の菓子屋にケーキを買いに来るのは、貴族や大ブルジョワではありませんでした。

 貴族や大ブルジョワは、自宅に雇っている料理人にケーキや菓子パンを作らせるからです。

 菓子屋の客は、料理人を雇えない一般の民衆だったのです。

 つまり、18世紀には、パリなどの都市部では、一般民衆も、日曜祭日にはケーキや菓子パンをかなり

たくさん食べていたのです。

 つまり、18世紀においては、すくなくとも、都市部の一般民衆は、砂糖を多量に使った甘いケーキ

や菓子パンを日常的に食べていたことがわかります。

 いいかえれば、砂糖は今日われわれが思っているほど18世紀には高くなかったのです。

 では、なぜ砂糖は当時のフランスでそれほど高くなかったのでしょうか?

 それは 単純に砂糖が大量に存在していたからであります。

 日本より緯度の高いフランスに、なぜ大量の砂糖があったかと言うと、フランスは17世紀の後半に、

植民地とした西インド諸島でサトウキビのプランテーション化に成功していたからであります。

 そのおかげで、18世紀には安価な砂糖を大量に輸入できるようになっていました。

 甘味といえば、蜂蜜だけがたよりたった17世紀とは雲泥の差です。

 では、パンはどうかといえば、こちらは、中世以来、その原料となる小麦が、収穫方法も耕地も肥料

も、粉挽き技術もほとんど改良がなされなかったので、基本的に収権高に飛躍的な変化はありませんでし

た。

 しかし、上質小麦のみを使った白パンを好む貴族の食生活に影響を受けた都市住民が次第に白パンを

大量に消費するようになったうえ、大農家が現金収入確保のため、農業生産を小麦栽培から、利益幅の大

きい畜産、酪農やブドウ栽培、養蚕などに転換したため、小麦は常に供給が不足がちとなり、パン、

とりわけ白パンの価格は長期的上昇傾向にありました。

 そのため、零細農民は収穫された小麦をすべて都市の市場で売り払い、白分たちはライ麦パンで我慢す

るしかなかありませんでした。

 こんな状態だから、ひとたび天候不順で凶作が起きると、白パンの原料となる小麦の価格は暴騰し、

都市住民の生活を直撃しました。

1784年、間接税の徴税を請け負っていた徴税請負入たちがパリ市を城壁で取り囲んで市内に入る食料

品から入市関税を徴収することに決定すると、とたんに、パンと小麦の価格は大暴騰し、これが、結局、

1789年7月14日のバスチーユ襲撃の引き金となったのであります。

と言うわけで、「パンがないならケーキを食べればいいのに」という、マリ・アントワネット、

案外、彼女は、民衆の食糧事情に通じていたのかもしれませんね。

 18世紀末というこの時代にあっては、ケーキは新大陸からの砂糖の大量輸入のために相対的に安く

反対に白パンは良質小麦の供給不足の結果、相対的に高かったはずだからです。

 価格的な観点からいったら、白パンよりもケーキのほうが絶対的に高いということはなかったかも知れ

ません。

 したがって、パンがなければケーキを食べればいいという発想は、マリー・アントワネットは、

けっして世間知らずのお姫様ではなかったかも知れないのであります!

 しかしながら、現実には、白パンがないならケーキを食べるということはまずありえませんでした。

 なぜなら、この頃、都市の一般民衆は肉をほとんど食べず、白パンを一日に一キロ以上消化していた事

実から明らかなように、民衆の食事において、白パンは文字どおりの主食、命の糧だったからでありま

す。

 庶民が口に出来る肉と言えば、内蔵系。

 そのお陰で、少しでも匂いを消そうと、フランス料理ではソースが発達したと言われています。

「パンがないならケーキを食べればいい」というのは、日本人にむかって、米がないならお汁粉を食べろ

というに等しい事だったのです。

 とはいえ、白パンはずっと前からパリ民衆の主食だったわけではありません。

なぜなら、十八世紀でも、その前半には、パリの民衆にとって白パンはまだかなりの贅沢品だったからで

す。
 
 白パンがパリの民衆の主食となったのは、ブルジョワジーーの社会的上昇に伴って、中産階級以下の

人々までがその富のおこぼれにあずかるようになってからのこと、つまり18世紀の後半、まだ、

現在から、それほど月日が流れていないのです。

 この時期になって、ようやくパリの民衆は白パンのおいしさを知ったのです。

 そして、白パンのおいしさを覚えたら最後、どれほど懐が寂しくなっても、パリの民衆の舌はもう

ライ麦パンには戻れない舌になってしまっていたのです。

 その結果、徴税請負人の壁の建設で、小麦の価格が暴騰し、白パンが口に入らなくなったとき、

パリの民衆は翻然と決起したのであります。

 『食べ物の恨みは、恐ろしい』と言うのは世界共通のようであります。

 今現在でも、フランスでは、あの長いフランスパンは、1本、1ユーロ以下で販売しなくてはいけない

と言う法律があります。

 フランス革命の教訓なんでしょうね!

 フランス革命は、白パンのおいしさを知ってしまったパリ民衆の味覚の、パン革命でもあったわけで

す。

 ただ、正確を期するなら、白パンの味によって引き起こされたパン革命に参加できたのはあくまで都市

部の民衆であり、農村部の民衆は、それから一世紀あまりものあいだ白パンとは無縁の存在で、ミレーの

『落穂ひろい』のような生活を強いられていたのです。

 農村部の民衆が白パンを目にすることができるようになったのは、ようやく19世紀の後半にフランス

が食糧自給の方針を転換してアルゼンチンやウルグアイなどから大量の小麦を輸入するようになってから

のことです。

 都市部と農村部では、味覚の変化に1世紀の開きがあったのであります。
 
参考文献 パリ五段活用 鹿島 茂著 中公文庫 

画像 ヴェルサイユ宮殿の肖像画撮影 

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とっても興味深いお話でした☆
マリーアントワネットがそう言ったと、多くの学生が学んでいるだろうし、
それ以降、世界史を学んでいない人間にとっては、これが事実。
もっと、その当時のフランスの食文化や背景、経済を学ぶ機会も
与えるべきなんだろうねぇ〜。
アルプスの少女ハイジのおばあさんが、白パンを食べたいと言ってたから、
子供ながらに、白パン=高いんだみたいなイメージは持ってました。
(国は違うけど・・・)

2007/12/25(火) 午後 0:32 vranvi 返信する

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vranviさん>ハイジ、タンスに白パン隠していて、ロッテン・マイヤー先生に見つかってしまうんですよね!今でも、スイスは小麦の自給率が低いので、有事に備えて小麦を貯蔵しているそうです。ですから、貯蔵された小麦をパンにしますから、スイスのパンはあまり美味しくないと言われています。私は何食べても美味しいので、気になりませんでしたけど!!

2007/12/25(火) 午後 0:45 ja8190 返信する

プチトリアノンの小さな田舎家を愛したアントワネット・・・伝えられている話と実像はかなり違っていると、私も聞いた事があります・・・在る意味、彼女はあの時代の犠牲者の1人だったのかもしれませんね。 フランスパンが1ユーロ以下・・・初めて聞きました!!今度パリに行ったらチェックしちゃいそう(笑)

2007/12/25(火) 午後 10:11 key 返信する

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けいさん>比較的値段の高い高速道路のサービスエリアでもバケットは1本、1ユーロ以下で売っていますよ!

2007/12/25(火) 午後 10:19 ja8190 返信する

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じっくり読んじゃいました。
日本の首相でも、このような事言った人もいましたからね。
フランスパンは、自分も好きです。

2007/12/26(水) 午前 7:58 mrcbcross14 返信する

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シービーさん>いましたね!

2007/12/26(水) 午前 10:28 ja8190 返信する

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濡れ衣の意味は分りますが例えがおかしいのか理解しがたい部分があります。
当時のケ−キですが街角のケ−キ屋さんのケ−キには小麦粉は使われてなかったのでしょうか。
生地にパン程の量の小麦は使わなくても砂糖だけでできていたのでしょうか?
又、「米が食えなければにお汁粉を食え」の下りですが、同じ意味合いならば「餅を食え」と言うのが例えとしては正しくはないでしょうか。
麦と米との違いだけですが。

2008/1/27(日) 午後 5:17 セントレア 返信する

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僕のブログでは貧しい生活に耐えるマリーアントワネットの小説を連載再開しました。よろしかったら見て下さい。

2008/2/2(土) 午後 2:47 [ ank**92001 ] 返信する

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そうなんですかー?初めて知りました! 削除

2010/4/5(月) 午後 4:02 [ 三日月ナナカ ] 返信する

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CENTOREAさん>そうですね!

2010/4/5(月) 午後 6:42 ja8190 返信する

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