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まあいろいろあったので
写真がいろいろ乱雑に残っていますな〜〜 じさま、バッテリー好き 富山の小屋には20個くらいのバッテリーがあって まあ毎日充電して遊んでいた 三重の小屋にはこれ1個、どこかから貰ってきたらしい ご好意で引き取って頂けました(^_^) バッテリーに入れる希硫酸ひょおお 昔はこんなん入れたんだよねえ 今はシールドバッテリー、メンテナンスフリーって言ってこんなん入れなくても良くなっているけどね これ、処分するには薄めてクエン酸で中和して捨てないとアカン クエン酸は買ってきたけど、処理できないうちに引越に(;^_^A アセアセ・・・ コンビニの横で見かけた田舎の風景 コンビニで食材を買出ししてコミュニティバスを待つの図 これで家に帰るんでしょうね・・・ 畑にオオイヌノフグリさんが咲き始めましたよ 埼玉に引越前日の作業 玄関横の目隠しに張ってあった朽ちたすだれを 撤去〜〜 綺麗になったけど、丸見えやね〜〜(^_^) |
漆黒斎改め雲黒斎老爺
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じさまが逝ってから三重でひとり引越準備しながら暮らししていたぢぢいの貧相飯画像です
ある日の朝ごはん チンのご飯に生卵 味噌汁代わりの昨晩のキムチ鍋の残り汁に大豆の煮物(^_^) 晩餐のおつまみ 冷凍しらす干しの解凍したの 冷蔵庫の残りもので作ったごった煮(白菜、椎茸、豚肉、切り揚げ) 次の日の晩ぐあん 春の健康野菜セットとふくらぎのお刺身 小魚のみりん干しせんべい(^_^) いよいよ作らずに出来合いのものになっていますな〜〜 |
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火葬が終わった翌12日
ぢぢいもこちらですることがないので 分骨と、遺影と同じ小さな思い出の写真たてを持って三重に帰ることにしました 移動の詳細は鉄な記事に載せる予定ですが あまり鉄でない画像をダイジェストでお送りします この書庫最後の記事かも知れません 朝9時半、最寄の駅から中華街行きのFライナーに乗りました じさまを港の見える丘公園で港が見える風景にご案内しようと思ったのですが どうもけっこう遠いようなのでこんな洋風の建物だけで勘弁して頂きました 新横浜駅で黄色いプリンと遭遇 これは縁起がいいぞお(^_^) 新幹線の座席はC席(海側3列の通路側)しか空いてなかったけど こんな綺麗な富士山を見ることができましたよ 全く無計画に列車に乗ったらバスの時間まで1時間あったので 津から津新町駅まで歩くことにしました じさまが亡くなってから火葬まで、全く運動していなかったからね じさまのお骨を揺らしちゃうことになるけど勘弁してね 津城跡の脇を通っています 今は広い公園になっています バスに乗って35分ほど 16時半頃ようやく三重の自宅に帰ってきました 仏壇の前にお休み頂きましたよ人(´д`;). 人(´д`;). 長旅お疲れ様でした、しばらくゆっくりしてね おしまい |
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ついに2月11日になってしまいました
と言っても生き返ることはないんですけどね こんな感じで最後のお別れをします 川越の火葬場 木々が茂っていてじさまもゆったりして頂けると思います これでぢぢいが埼玉で出来ることはだいたい終わったので 明日は三重に帰ろうと思います つづく |
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そうそう、
ばさまの時、自宅でお通夜をしたから簡単なことなのかと思って 「お通夜をしたい」って言ったら「別料金がかかります」って あー、そりゃそうか、場所もスタッフも使うもんねえ ということであっさり諦め その代わり、9日も10日もじさまの顔を見に来ることにした じさま、ごめんよ じさまのホームはこちら もう面会に来ることはないのよね、ちょっとぐっと来る・・・ 翌9日はGHの施設に写真を取りに行き そこでとっても良い写真があったのでこれを元に遺影にしてもらうことにした おだやかな良い顔でしょ?!?! それをセレモニーホールに渡すのとじさまにもお会いしてきた 一緒にじさまが好きだったおやつもお供えしたよ 火葬が終わった後、お帰り頂く後飾りも受け取った 翌10日、式は明日なので じさまがお休み頂く中陰段を組み立てる GHに行ってじさまの荷物を引き上げる 衣類やオムツなんかは施設で使うと言うことで寄付してきた 衣装ケースは私が使うことにして じさまがずっと着ていた服はじさまをお見送りする副葬品にすることに パジャマは三重でも長く着ていたもの お座布団も三重で使って座ってシッコの沁み込んだやつ(^_^)、たぶん・・・ じさまの服を見てるとなんかセツナイ(;_;) この日の午後3時半には納棺の儀 3人でじさまをお棺に納めさせて頂きましたよ いよいよ明日は葬儀の日です つづく |


