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東日本大震災の影響を大きく受けたJAみどりの管内のバラ生産者が、復活に向け大きく一歩を踏み出した。
「バラの栽培をやめようと思った時期もあった。でも、花しか作ってきたことがないから。俺には花づくりしかない」と仲間とバラ復活を決断。国からの震災復興支援事業を受け施設を修繕。今年1月から苗の定植を始め、6月出荷に向け、懸命の作業に取り組んでいる。
JAみどりの管内の南郷地域は、東日本の主力産地。有限会社など3団体2個人で、計3.9㌶を栽培。みどりのバラ部会を設立し、品質の統一化を図りながら周年出荷しており、首都圏や東北地方の卸から支持を受けていた。
東日本大震災で、JA管内は震度6強を観測。バラを栽培する施設も被害を受けた。部会員の柴山さん(49)の施設もその一つだ。約50㌃の鉄骨ハウスは大きな横揺れを受け中心に力が寄り、中央の柱が曲がり、施設自体も傾いた。また、ロックウールを使った養液栽培用のベンチが破損。約4分の1で液漏れが発生した。さらに、停電で保温システムが使えなくなり、外れた出入り口のサッシドア部分をビニールで覆うなどの応急処置に追われた。
バラは、低温に弱く長く続くと枝の伸長が止まり、花芽分化もしなくなる。保温、川の水をかん水して株の枯死を防いだが、部分的には手が行き渡らず、苗の枯死や伸長不良が見られた。
柴山さんは、21歳で就農。ユリや菊などを栽培していた。バラの栽培を始めたのは1993年。これまでバラ一筋で家族やパートを雇って栽培に打ち込んできた。
震災当時は、地元消防団に所属しており、地域の安否確認や被害調査などでバラの様子を見ることができなかった。しかし、卒業式シーズンに合わせ、調整していたバラがあり、卸などに声をかけなんとか売りさばいたという。
ベンチが破損した影響で、需要期である9月以降は市場への出荷が減少。直売所への出荷も「品質の悪いものは出したくなかった」と柴山さん。さらに、震災の影響で花の需要がなくなり、バラ単価の低迷が追い打ちをかけた。
現在は、妻と息子さんの家族だけ作業をしている。植え替える苗は柴山さんの施設だけで7,650本、部会全体では21,500本に上る。
植えたバラは、早ければ6月から出荷が始まる予定で、柴山さんは「お祝いごとには、ぜひバラを使ってほしい。みどりのバラ復活に向けて一からのスタートだ」と作業に汗を流しながら意気込みを語った。
写真=復活に向けてバラの定植作業に汗を流す柴山さん家族
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2012年02月28日
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