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ジャカルタ首都圏で活躍する旧都営地下鉄三田線6000形が、2010年8月25日、運転開始から10周年を迎えます。2000年に東京都が無償援助としてインドネシア側に72両の車両譲渡した際、都は「適切にメインテナンスすれば、10年程度活躍できるであろう」とレターに記したそうです。その言葉が、ついに現実のものになろうとしています。6000形は今日まで、寿命や整備不良により廃車、運行不能となった車両は1両もなく、ジャカルタ首都圏における日本製中古電車全盛時代の礎を築いてきました。ここにあらためて、日イ関係者のこれまでのご努力に敬意を表したいと思います。
さて、都からインドネシアへの譲渡と営業運転開始までの経緯については、2009年8月23日付コラムでお伝えいたしましたので、今回は営業運転開始後の6000形について、その動きを述べたいと思います。
三田線で運用されていた当時、6000形は全て6両編成でした。ところがジャカルタ首都圏の電車は、20m車で最長8両までの編成が組まれており、これに合わせて中間車2両を増結した8両編成が3本組成されました。これら3編成(6121F、6161F、6171F)は現在もなお、元気に運用に就いています。
(右写真は、6121F、ガンビール駅)
一方、6両編成も、7本在籍しています。このうち、編成替えが行われることなく三田線時代と変わらぬ姿で活躍しているのが、6271F、6281Fの2編成です。三田線時代の伝統を引き継ぐ、まさに保守本流の編成です。
(右写真は、6281F、パルンパンジャン駅)
当初は72両のうち、8連x 8本を運用し、残りは予備車とされる計画だったようです。ところが、途中から、6連x 8本 および8連 x 3本として、予備車無しとするよう、計画変更がなされました。これに伴い、先頭車が6両不足することとなったため、現地にて中間車(6126、6177、6182、6187、6217、6227)の先頭車化工事が行われました。その結果、改造6両編成3本が出現しました。先頭車の形状は、編成ごとに異なっていますが、いずれもインドネシア人好みの流線形を意識した姿となっています。なお、あまり知られていませんが、いずれの編成にも愛称が付けられています。6126Fは「KRL Espass」、6182Fは「KRL Rakitan」、6187Fは「KRL Lohan」です。
(右写真は、6187F、「KRL Lohan」、ブカシ駅)
2008年10月10日、カンプンバンダン駅近くで貨物列車と衝突した6181Fと、2009年8月4日にボゴール – チレブット間でHolec に追突した6151Fが、後に編成を組み直し、新6151F、新6181Fとして、2009年から2010年にかけて再デビューを果たしました。このうち新6151Fは、前面を「となりのトトロ」の「ねこバス」風に改造、4両化されて「Si JantanあるいはDjoko Lelono 2」の愛称で呼ばれています。
(右写真は、新6151F、「Si Jantan、Djoko Lelono 2」、ブキットドゥリ電車区)
いかがでしたか。紆余曲折を経ながらも、6000形が今もなお元気に運用に就いている様子が、お分かりいただけたかと思います。残念ながら(4)の事故により被災した6155、6252の2両が戦列を離れていますが、原因はあくまでも事故であり、車両の寿命、あるいは整備不良によるものではありません。これから先、6000形があと何年間活躍できるか分かりませんが、JABOTABEK RAILNEWS では、変わらぬ活躍を願い、引き続きその姿を追い続けることといたします。
トップの写真は、インドネシア大学駅付近を行く、旧都営地下鉄三田線6000形 (2008. 3. 15)
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