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早朝のジャカルタコタ駅、いつものように「撮り鉄」しながら10番ホームをぶらぶらと歩いて行くと、普段はガランとしているホーム先端に、何やら大きな荷物が置かれているのが目に入りました。それは食料品や農産物などを輸送するための白い布袋と、紺色の大きめのレジ袋のように見えます。近づいてみてびっくり、袋の前にヒトが倒れているではありませんか。
さらにそっと近づいてみると、そこにいたのは、小柄で痩せ形の男性、ピクリとも動かず、横向きに倒れています。行き倒れかと心配して凝視すると、わずかに肩が上下するのがわかりました。どうやら呼吸しているようです。まずはホッと一安心したところで、失礼ながらこの男性の持ち物と容貌を、しばし眺めてしまいました。
年齢は20歳くらいにも見えますが、良く見ると40代半ばくらいにも見えます。うまく説明できないのですが、年齢不詳としかいいようがありません。紺色長袖のウインドブレーカーを羽織っていますが、靴やサンダルはなく裸足、手足は泥にまみれて薄汚れています。持ち物のうち、白い袋には空のペットボトルがびっしり、廃品回収が仕事のようです。紺色「レジ袋」の中身は日常品のようですが、中を開けて見るのは、もちろん遠慮しました。
ジャカルタの鉄道駅では、構内のあちこちで寝そべっている人を見かけます。けれども、彼らは屋根の下、タイルなどの床上に寝そべっているのが普通で、屋根のないホームの先端、しかも線路のすぐ脇に寝そべる人はほとんど見かけません。大きな荷物を運んで来て、疲労と空腹で倒れて寝込んだのでしょうか。時折そばを通り過ぎる地元の人たちも、見て見ぬふりをして、無言で去ってゆきます。
インドネシア経済は、毎年6%の成長を続けており、絶好調と言われています。街中には豪華なショッピングモールや高層アパートが次々と建設され、道路には新車が溢れています。しかし、その富が一般庶民まで回ってくるのは、まだまだ先のことのようです。こんな時、いつも心が傷むのですが、自分に何かできることはないだろうかと考え出すと、いろいろな思いが頭の中をぐるぐる回るだけで、結局、何もしてあげられない自分がそこにいるのに気づきます。
さて、そんなことを考えながら、彼と彼の荷物をぼんやりと眺めていると、白い袋の上に一本の棒が乗せられているのが目に入りました。始めそれは廃品回収のための作業棒かと思いましたが、そうではありません。何故なら、廃品回収用の棒は普通金属製で、ペットボトルなどを拾えるよう、先端が「かぎづめ」状だからです。ところが、この棒は木製で直線状、どう見ても杖にしか見えません。ことによるとこの男性は、足が不自由なのかもしれません。
「杖」に近寄って見ると、それは手垢にまみれ、薄汚れていました。ところが、さらに良く見ると、最上部、傘で言えば柄の部分に、何かが彫られています。それは… 人の顔でした。ちょうど仏像のようであり、あるいはお地蔵さんのようでもあります。とても穏やかな「いい顔」をしており、ちょっと微笑んでいるようにも見えます。
「とっても心暖まる、いい顔だなあ」と思って見ていると、その顔が誰かに似ていることに気づきました。けれども、なかなか思い出せません。そして再び倒れている男性の顔を見た時、ハッと気づきました。そうです。持ち主の男性、その場に倒れているこの男性の顔にそっくりなのです。何故この男性が「年齢不詳」にしか見えないのか、20歳くらいにも見えるし、40代半ばくらいにも思えるのか…私にはようやく分かりました。仏像やお地蔵さんが、年齢不詳に見えるのと一緒です。
残念ながら、その日は所用があり、私は早々にコタ駅を立ち去らねばなりませんでした。この男性が、その後どうなったのか、どこへ向かったのかは、定かでありません。
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