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ジャカルタ首都圏の鉄道が来月24日で電化開業86周年を迎えます。JABOTABEK RAILNEWSでは、これまでジャカルタ首都圏における鉄道の歴史について、詳しい解説をしたことはありませんでした。そこで、これを機に今回は、ジャカルタ首都圏鉄道史について述べたいと思います。
インドネシアにおける鉄道の歴史は古く、その開業は日本より5年も早い1867年まで遡ります。しかし、当初の開業区間は現在の首都ジャカルタ近郊ではなく、中部ジャワ(現・第4地域事業部管内)のスマラングダン – タングン間の延長25kmでした。その後、1871年9月15日、現在のジャカルタコタ – ガンビール間に、ジャカルタ近郊としては初の鉄道が開通、続いて1872年にガンビール – ジャティネガラ間、翌1873年にはジャティネガラ – ボゴール間が一気に開通、現在の中央線が全通しました。
続いて開通したのは、タンジュンプリオク線のジャカルタコタ – タンジュンプリオク間で1885年、さらに、ブカシ線のジャカルタコタ – ブカシ間が1887年、タンゲラン線のドゥリ – タンゲラン間が1899年1月、ドゥリから西線タナアバン、スルポン線、パルンパンジャンを経由してランカスビトゥンまでが同年10月、西線タナアバン – マンガライ間が1922年、そして環状線北部のアンケ - カンプンバンダン間の開通が1923年などとなっています。
上記のとおり、現在のJABOTABEK鉄道線が、非電化でほぼ全線開通した後、オランダ植民地政府は1923年から電化工事に着手、翌1924年12月24日、タンジュンプリオク – ジャティネガラ間が電化完工、電気機関車牽引による客車列車が運行を開始しました。当時活躍した電気機関車には、スイスSLM、BBC社製3000型、ドイツAEG社製3100型、そしてオランダWelkspoor社製3200型があります。このうち、現存するのは3200型3201号機1両のみです。また、同じオランダWelkspoor社製、Westinghouse社製およびGeneral Electric社製電車も運用されていました。電化工事は、その後、タンジュンプリオク – ジャカルタコタ間が1927年、ジャカルタコタ – ボゴール間が1930年に完成しています。
このように、当時アジアでは先端を行く電気鉄道システムを作り上げたジャカルタ首都圏でしたが、インドネシア独立後は新たな電気機関車・電車の導入もなく、次第に輸送力が低下してゆきました。そんな中1976年、インドネシア政府は、日本製電車、現在のKL3-76系を導入し、近代化に着手しました。その後は、引き続き新型電車の導入に努める一方、2000年には都営地下鉄から冷房付き中古電車72両を贈呈され、現在の日本製中古電車全盛時代の礎が築かれたことは、ご存知のとおりです。
冒頭写真は、ジャカルタ首都圏で最も早く開通したジャカルタコタ - ガンビール間(現在は、高架線)2007年12月1日撮影、下写真は、ジャカルタ首都圏の電化に伴い導入された電気機関車3200型3201号機、2009年4月18日タンジュンプリオク駅にて撮影
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2010年11月24日
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