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ある日のジャカルタコタ駅、12番線に進入してきたエコノミーRheostat 車8両編成が、前2両ほどホームに進入したところで突如非常制動が作動、停止してしまいました。「人身事故か?」と心配していると、どうも様子が違うようです。職員さんが、後方の制御車間の連結器(4両目と5両目の間)の方へ向かっているからです。同駅で最も長い10番線ホームの端に回って眺めると、連結部に人々が集まり、連結器付近を見つめていました。
良く見ると、制御車間のブレーキホースが接続部から損傷して外れ、だらりとぶら下がっているではありませんか。「これは復旧まで時間がかかるだろうな。転轍機の上で停止しているし、ダイヤも相当乱れるだろうな。」と覚悟を決めていると、最初にかけつけたと思われる職員さんが、トランシーバーでどこかに連絡、応援を待ちます。 そしてわずか5分後、別の職員さんがスペアのブレーキホースを持って現れたではありませんか。その後、交換までわずか5分、最初の非常停止から15分後には復旧し、電車は何事もなかったかのように運転再開、前進してホームにすっぽりと収まりました。 何という早業でしょう。最近の日本の電車の制御車間には、あまりブレーキホースは使われていないようですが、仮に日本で同じ事故が生じたら、復旧にどれくらい時間がかかるでしょうか?インドネシアでこんなに修復が早いのは、日ごろの訓練の賜物か、それとも日常茶飯事のトラブルだから? ジャカルタ首都圏の電車故障修理の一コマでした。 |
車両
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ジャカルタ首都圏の電車運行業務を担当するKCJ (PT Kereta Api Indonesia Commuter JABODETABEK)は、1月7日、地元メディアに対し、2010年に40両、2010 - 2011年合計で120両の日本製中古電車を導入すると発表しました。今回は具体的な導入時期と両数、すなわち、「2010年第1四半期20両、第2四半期20両」が明らかにされている上に、車両製造年、導入のための予算などが示されたことから、確度の高い情報と思われます。なお、車種は公式には発表されていませんが、入札経緯などから見て、東京メトロ7000系と考えられます。
思えば、2009年2月22日に旧東急8500系8613F 8両が、海路ジャカルタ入りして以来1年弱、次の日本製中古電車導入が決定されるまで、長い道のりでした。同年3月9日に行われた地元鉄道雑誌のインタビューでKCJ社長は、「引き続き東急8000系(実際には8500系?)の導入を計画しており、9月に80両が到着する」と発言していました。ところがその後、同系列の導入計画は頓挫してしまいます。 報道に東京メトロ7000系の文字が初めて現れたのは、2009年6月初旬の地元鉄道乗客団体「KRLmania」のHP でした。6月5日にKRLmania とKCJ がフォーラムを開催し、席上、KCJ社長から、2009年に東京メトロ7000系80両の導入計画があるが、このうち40両が未だ東京にて稼働中であること、仮に残る40両の導入にとどまる場合でも、他の導入車両候補があることが明らかにされました。しかし、その後正式発表、報道ともに途絶えてしまいます。 2009年8月27日、KCJはHP上において、「外国製中古電車」50両導入に関わる輸入業者選定のための入札をアナウンスしました。締切日は9月8日とされていました。今度こそと期待を持たせるものでした。ところが、KCJは締切日の9月8日になって、HP上で突然、入札中止を発表しました。理由は「技術的に解決すべき問題が発生したため」とされ、その後、修正入札締め切りは11月12日まで延長されました。しかし、今度は応札企業が規定に達せず、リテンダーがアナウンスされてしまいました。 こうして、さらに待つこと2カ月、ついに冒頭のメディア発表となりました。本当に長い道のりでした。何はともあれ、今回の発表を、地元一鉄道ファンとして祝福したいとます。週末の朝、ジャカルタ市内から郊外の行楽地ボゴールへ向かう日本製中古電車の車内 ... そこには最近、子どもたちを含む多くの家族連れを見ることができます。冷房の効いた快適な車内では、乗客の皆さんの楽しそうな顔が並んでいます。実際、彼らと話をすると、日本製中古電車の性能、居住性、耐久性に大変満足しており、さらなる導入を待ち望んでいることが良くわかります。 日本人として、心から誇らしく思える瞬間です。今後の導入と活躍に、期待したいと思います。 |
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今回はジャカルタ首都圏の話題を離れ、東ジャワ州スラバヤ地区の第8地域事業部管内で就役する、旧JABOTABEK 鉄道の電車「Hyundai」、現電気式気動車(KRDE)「Arek Surokerto」の現況を、お知らせします。
Hyundai は、主要機器の供給をスイスABB 社および韓国 Hyundai 社から受けて、1992年から1993年にかけて、インドネシアの車両メーカーであるINKA社で組み立てられた、同国初のVVVFインバータ制御車(GTO 使用)です。編成は2M2T の4両で、2編成8両が製造されました。ところが、就役後、間もなく衝突事故に遭遇、その後も故障が相次いだため、2000年以降は運行に就くことなく、やがてKRDEへ改造のため、全車がINKA社へと送られました。 具体的な改造作業は、一旦電装が解除され、カミンズ社製ディーゼルエンジン(1編成当たり、559kW X 2基)、IGBT-VVVFインバータ制御装置(?)、誘導電動機(?)などが新たに搭載され、同時に車体更新が行われました。5両編成2本が竣工(中間車2両は新造か?)、2009年5月に第1編成、8月に第2編成が、スラバヤ - Mojokerto 間の大都市近郊区間列車「Arek Surokerto」として、それぞれデビューしました。運賃は3,500ルピア、両駅間を60分で結んでいます。8月29日、運輸相を招き Mojokerto 駅にて、Arek Surokerto号の出発式が盛大に行われています。なお、第1編成は当初、白を基調とし、黄、赤、青帯を纏ったカラーリングでデビューしましたが、その後、新たに就役した第2編成のカラーである、緑、青、白の3色に変更、統一されました。 ところが10月19日、このうちの第2編成(?)が山羊と衝突、エンジンに接続する整流器など3箇所が損傷しました。その結果、同編成は再びINKA社に送られ、修理が行われました。旧Hyundai KRDEは、先輩格の旧Holec KRDEと異なり、エンジンシステムが床下に搭載されているものと思われ、線路上障害物との衝突には弱いものと推測されます。また、もう1 編成についても理由は定かではありませんが、営業運転を行っておらず、スラバヤのSidotopo 機関区に留置されたままとの情報があります。 明けて2010年1月1日、修理を完了したばかりの第2編成(?)が、営業運転中にブレーキ故障して立ち往生、再び運行休止に追い込まれたとのことです。このように、旧Hyundai KRDEは、その特徴あるシステムとスタイルで華々しくデビューを飾ったものの、困難が続いており、スラバヤ地区の通勤、通学客に影響が拡がっています。一刻も早い復帰を願っています。 なお、KRDE 「Arek Surokerto」の写真は、WIKIPEDIA インドネシア語版などで見ることができます。 |







