JABOTABEK RAILNEWS コラム

ジャカルタの電車を中心に、インドネシアの鉄道をご紹介しています。

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 相次ぐ列車衝突事故で乗客の信頼回復が急務のインドネシア鉄道ですが、残念ながら決め手となる保安装置の導入計画は、ほとんど聞こえてきません。2009年8月のジャカルタ首都圏ボゴール・チレブット駅間の電車衝突事故の際は、それでもわずかにKCJ(首都圏の電車運行業務を担当するインドネシア鉄道の子会社)の技術担当取締役が、「保安装置は高額、その設置は親会社であるインドネシア鉄道の仕事」などと発言したのがマスコミに掲載されました。ところが最近の中部ジャワの2件の衝突事故では、事故そのものは地元メディアで大きく取り上げられたものの、保安装置の設置を含む今後の具体的対策について言及した記事は、ほとんど見当たらないのが実情です。
 
 ところで、実際に現場を預かる技術者の方々は、保安装置の導入についてどのように考えているのでしょうか。私が知り合いの職員さんに伺ったところ、驚くべき答えが返ってきました。曰く、「保安装置導入の予算が確保できないことも問題だが、何よりも障害となるのは、そのような高額の装置は、盗まれるリスクが高いこと」だというのです。つまり、ATS地上子の盗難リスクを指しています。
 
 確かにインドネシアの鉄道では、線路は事実上、列車が通過するためだけのものではありません。バイク道路になっていたり、市場、子どもの遊び場、散歩道になっていたり、果ては車両限界ぎりぎりまで住宅が立ち並び、人間が入り込むことが「当たり前」になっているのです。そのため、レイル関連部品の盗難が頻発しています。かつて、このコラムでもお伝えしましたが、線路泥棒を防ぐための公共広告ビデオがあるくらいです。上記職員さんの返答は、現場のプロらしい的を得たものだと感心しました。
 
 さて、一介の鉄道ファンにすぎない私ですが、上記の返答を聞いて、ひとつだけ思い出したことがあります。それは、まだ子供の頃の話です。周囲に某鉄道会社の技術者がいたのですが、「ATS導入の際、地上子盗難の危険性が議論されたことがある」と専門家同士で話しているのを脇で聞きました。そして、盗難リスクを克服してATS導入に踏み切れたのは、「インピーダンスボンドが盗まれた記録が、ほとんど見あたらないから」と語っていました。もう何十年も前のことで、すっかり忘れていたのですが、人間の記憶とは不思議なもので、コロッと思い出したのです。当時子供だった私は、「インピーダンスボンド」の何たるかも知りませんでしたが、その言葉だけは、私の脳のニューロン回路に貯蔵されていたようです。
 
 地上子盗難の可能性が少なく、車上子の設置も少なくて済む路線、そのような路線こそが試験導入するには適しているのでしょうが、なかなか思いつきません。前者なら人が入り込みにくい中央線高架部、後者なら独立路線に近いタンゲラン線あたりが第一候補ですが、一長一短があります。いっそ、地方路線に適当なものがあれば、そちらの方がよろしいかもしれません。
 
 保安装置の導入は、まだ長い道のりと思われます。
 
 
 

三面時計の謎

イメージ 1
 
 意外と知られていないことですが、インドネシアに最初の鉄道が開通したのはオランダ植民地時代の1867年、日本のそれよりも実に5年も前のことです。インドネシアの鉄道は、以後今日まで長い歴史を誇り、駅舎や機関車など、多くの鉄道遺産を有することは、これまでにもお伝えしてきたとおりです。けれども、本日紹介するのは、今までご紹介してきたような大規模な鉄道遺産に比べれば、「小物」の類と言ってよろしいかと思います ... それは冒頭写真に掲げた時計です。これはジャカルタコタ駅に備え付けられている物で、1881年製、今年で129歳を迎えたアンティーク時計です。かつてはスカブミ駅にありましたが、後にジャカルタコタ駅へ移設されました。
 
 この時計、製造会社はFM OHLENROTHですが、SOERABAIJAの名で多くの人に知られているそうです。何故なら、時計の文字盤には、FM OHLENROTHと並んで、SOERABAIJA、つまりスラバヤの名が刻まれているからです。文字盤の直径は53cm、「4時」の部分にローマ数字の「IV」ではなく、「IIII」が使われていることが大きな特徴です。
 
 さて、私がこの時計の存在を知ったのは、インドネシア唯一の鉄道雑誌である「Majalah Kereta Api」の2010年8月号にその解説記事が掲載されたためです。ところが、この記事には不思議なことに「三面時計」なるタイトルが記されていました。冒頭の写真を、もう一度良くご覧ください(この写真は、雑誌記事に掲載されたものと同様のアングルで、後に私が撮影したものです)。これが「三面時計」に見えますか。私にはどう見ても、「二面時計」にしか見えません。写真で見えている文字盤の裏側には、もうひとつ同じ大きさの文字盤がありそうですが、それに加えてさらにもう一つ文字盤があるようには見えないのです。何故なら、上記の二面以外は、アーチ型の屋根に続く柱に固定され、文字盤があるようには見えないからです。まさに「三面時計の謎」です。そこで、私はジャカルタコタ駅へ出かけ、実際にこの時計を探してしてみることにしました。ところが...
 
 どこを探しても、この時計が見つかりません。アーチ型の屋根を支える支柱は全部確認しましたが、どこにも時計がないのです。困り果てた私は、駅員さんに尋ねようと思いました。が、それは後回しとし、その前に上記の記事に写真が掲載されていた、「もう一つの時計」のことを思い出し、とりあえず、その写真撮影から試みることにしました。右下の写真が、その「もう一つの時計」です(この写真も、雑誌記事に掲載されたものと同様のアングルで、私が撮影したものです)。
 
イメージ 2
 この時計については、コンコースの目立つ場所に置かれた古そうな時計なので、私は何年も前から知っていました。鉄道雑誌の記事には明確な記述がないのですが、やはりアンティーク時計のようです。そして撮影すること2枚、3枚...私はファインダーの中に不思議な「物体」を発見しました。皆さん、右の写真を良く見てください。文字盤の上にやや細い白い柱が垂直上方に延び、さらにそこに、横長の長方形の白い箱(と言うより板に見えるが)が付いてますよね。その箱の裏側に丸い「物体」が付いているのが見えますか?
 
 もう、お分かりですね。実はこの「物体」こそが、先ほどの「二面」の時計だったのです。つまり、「三面時計」とは冒頭写真の二面と、右写真の一面を併せたものなのです。
 
 「えっ、でも冒頭写真の二面時計は、アーチ型屋根の支柱に固定されているはずだろ。おかしいじゃないか。」と思ったあなたの疑問は、ごもっともです。これ、写真だけ見ると実にわかりにくい... まるで、だまし絵のような錯覚なんです。
 
 よろしいですか。もう一度、よ〜く冒頭の写真を観察してください。「二面時計」の後ろに横長の長方形の箱がありますよね。これが、右上写真の「一面時計」の上位にある横長の長方形の箱なんです。つまり、「二面時計」は、アーチ型屋根の支柱に固定されているのではなく、白い柱時計の裏側に固定されているんです。まさか誰も「二面時計」がそんなところにあるとは思わないですよね。冒頭写真では、遠近感がうまく表現できないため、近くにある時計が、あたかも遠くにあるアーチ型の屋根の支柱に固定されているように見えるのです。
 
 こうして「三面時計」の謎は解けました。分かってしまえば「なあんだ。つまらねえ。」と思われる方もきっと多いことでしょう。けれども、私にとっては、スリルと感動の謎解きでした。こんな他愛もないことで楽しめる私は、存外、精神年齢が幼い(若いと言いたいが)のかもしれません。
 
 以上、ジャカルタコタ駅の「三面時計」の謎でした。
 
 
 
 今回は、インドネシア鉄道HPの一部である、「インドネシア歴史遺産鉄道(Indonesian Heritage Railway)」のご紹介、その最終回です。同サイトに記述されたインドネシアの鉄道遺産のうち、引き続きジャカルタ首都圏のものをご紹介します(写真は筆者撮影)。

(4) パサールスネン駅
イメージ 1 パサールスネンの由来はオランダ統治時代の1733年、当時の植民地政府によってこの地に、月曜日に市が立てられたことに始まります。「パサ−ル」とはインドネシア語で市場、「スネン」は月曜日を表す「スニン」が変化したものです。その後、市は連日開催されるまでに発展し、主に中国系住民が多く住む地域となりました。また、独立後も引き続き、商業活動の中心として活況を呈しています。

 パサ−ルスネン駅は、市場へのアクセスのために、バタビア(ジャカルタの旧名) - ブカシ間を結ぶ鉄道上で1887年に開業しました。開業当時は臨時駅に過ぎませんでしたが、乗降客の増加に伴って後に正式の停車場に昇格、1925年に新駅舎が落成しました。

 右上写真は、パサールスネン駅舎

(5) ボゴール駅
イメージ 2 ボゴール駅は、オランダ統治時代にバタビア(ジャカルタの旧名) - Buitezorg (ボゴールの旧名)線の終着駅として1872年に開業しました。その後乗客の増加に伴って1881年に駅舎を新設、現在では、ジャカルタ - ボゴール間だけでなく、ボゴール - スカブミ線の乗客も利用する主要駅として成長しています。駅は市中心部のNyi Raja Permas 通りに面し、敷地5955平方米を擁しており、入口、出札、管理部門などが入るメインビルディングと、プラットフォームを覆う付属建築物の2つの建物から成っています。

 右上写真は、ボゴール駅舎

インドネシア歴史遺産鉄道のHPアドレス:http://indonesianheritagerailway.com/
 インドネシア鉄道HPの一部に、「インドネシア歴史遺産鉄道(Indonesian Heritage Railway)」というサイトがあるのをご存知ですか。2009年に開設されたこのサイトには、有名なアンバラワ保存鉄道を始めとするインドネシアの鉄道遺産が網羅されており、英語版もあります。今回から3回に分けて、このサイトに記載されているジャカルタ首都圏の鉄道遺産について、他の資料からの情報も交えてご紹介します(写真は全て筆者撮影)。

(1) ジャカルタコタ駅
イメージ 1 ジャカルタコタとはジャカルタ市を意味します。この駅は、オランダ植民地時代にはBeos、あるいはBatavia Zuid の名で知られていました。Beosとは、Bataviasche Ooster Spoorweg Maatschappij (東バタビア鉄道)の略、Batavia Zuid とは南バタビア(南ジャカルタ)の意味です。何故「南」バタビアと呼ばれたかと言うと、この駅とは別に、ジャカルタ - ボゴール間を結ぶ他の鉄道会社ターミナル、「北」バタビア駅も存在していたからです。

イメージ 2 植民地時代の1870年ころに先代の駅舎が建設されましたが後に閉鎖、1926年になって現在見られる建築物として復興建設が始められました。そして1929年8月19日に工事が完成、同年10月13日から正式に供用が開始されています。

 なお、駅舎は、オランダとインドネシアの建築様式が折衷された貴重な建物であるため、1993年に「歴史・文化建造物」に登録されています。

 右上写真は高い天井を有するコンコース、右下写真は、おそらく正式な正面入口(通常は閉鎖)と思われます。酷暑のジャカルタ市内にあって、風通しもまずまずで涼しく、気持ちのよい場所のひとつです。

(2) タンジュンプリオク駅
イメージ 4 この駅の存在は、19世紀末にオランダ領東インドによって建設されたタンジュンプリオク港と無縁ではありません。タンジュンプリオク港は、それまで使用されていたタンジュンクラパ港を移設する形で、新たなバタビア(現ジャカルタ)の外港として建設されました。ところが当時のタンジュンプリオクは、危険な森林と沼沢地域内にあり、南方に位置するバタビア市内への安全な輸送手段、鉄道が必要でした。タンジュンプリオク駅は、港とバタビア中心部を結ぶ鉄道の起点駅として1885年に建設されたのです。

イメージ 3 しかし、開設当時のタンジュンプリオク駅は今の駅より1km ほど北にありました。現在の駅舎の完成は1914年、General AFW Idenberg (在任1909 - 1916年)知事の時代に、Staats - Spoorwegen 鉄道会社の Ir. C. W. Koch を主任技術者に迎えて建設されました。工事は、ヨーロッパからの130人を含む1700名を超す労働者を必要としました。その結果、8面のホームを有する敷地と、アールデコとキュビスムの影響を受けた壮麗な駅舎が出現しました。同駅は決してジャカルタの中央駅ではありませんが、ここまで大規模な駅となったのは、港で客船に乗り換える欧州人たちの、待合場所としての機能を持たせる必要があったからです。

 その後1925年4月6日、ちょうど Staats Spoorwegen 鉄道開業50周年記念日に電化開業、1930年にはタンジュンプリオクからボゴールへ直通するEL牽引列車が営業を開始しました。この記念すべき電気機関車のお話は、次回といたします。

 右上写真は、ホーム入口にあるゲートと時計、下は大屋根に覆われた長大なプラットフォームです。20世紀初め、タンジュンプリオク港からジャワ島へ上陸した欧州人たちは、この光景を見て何を思ったのでしょうか。

インドネシア歴史遺産鉄道のHPアドレス:http://indonesianheritagerailway.com/
 
イメージ 2
ジャカルタ首都圏の電車運転区間のうち中央線の高架部、ジャヤカルタ - チキニ間の各駅で、乗降客のためのサービス向上の一環として、案内表示板の更新が進められています。各駅でシンボルカラーを設けており、例えばジャヤカルタ駅は赤、サワーブサール駅はライラック、ジュアンダ駅は水色で統一されています。そこで以下に、ゴンダンディア駅を例に、新案内表示の様子をご紹介したいと思います。

イメージ 1 ゴンダンディア駅では、ホームを始め駅舎、案内表示を含めた駅全体の「黄 - 橙色化」が進行、ホーム上屋の支柱をはじめ、番線表示、出口表示、駅名表示などが、いずれも「黄 - 橙色」で統一されました。これに伴い、駅構内の様相が一変、すっかり明るく、清潔な雰囲気となりました。

 ただし、全ての表示が「黄 - 橙色化」されたかというと、そうではなく、線路歩行の禁止、指定場所以外での喫煙禁止など、「禁止事項」や「注意事項」を記した表示板は、警告の意味も込めて赤色を基調に描かれています。そのため、メリハリの効いた案内表示となっています。

イメージ 3 写真は、黄色 - 橙色を基調とする番線表示とホーム上屋支柱(右最上部)、同じく駅名表示(右中上部)、赤色を基調とする禁止事項表示(右中下部)、同じく指定場所以外における禁煙表示(右最下部)です。禁止事項については、その根拠となる法令、地方条例の出典が明記されているところが、徹底していますね。
 
イメージ 4
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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