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去る8月19日からジャカルタ首都圏で運転を開始した旧東京メトロ7000系の車内に、真新しい路線図が掲げられました。それまでのジャカルタの電車イメージを一新する、なかなか斬新なデザインとなっています(上写真)。ところが ...
この路線図には、残念ながら路線名が記されていません。全ての路線が「赤線」で描かれ、どこが何線か判らないのです。同様の状況は、以前に旧東急8500系8604編成の車内に試験的に(?)掲げられた路線図にも認められます(下写真)。全ての路線が「青線」で描かれ、やはりどこが何線か判らないのです。さらに、鉄道会社(KCJ)のホームページ上の路線図、運輸省鉄道総局の路線図を見ても、同様に路線名が記されていません。
それでは、我がJABOTABEK RAILNEWSの路線図では、何を引用して路線名を記述したのでしょう?これまでこのことを明確に記していませんでしたので、これを機に以下に解説します。
当初、私が参照したのは、財団法人運輸政策研究機構が2005年に刊行した、「インドネシアの運輸」という報告書です。この中の「ジャボタベック鉄道網」という資料中に路線略図と路線名が記されていました。例えば、ジャカルタコタ・ボゴール間の路線は、「中央線」とされています。それでは、その出典はどこでしょうか?残念ながら、わかりませんでした。
ところがある日、私はインドネシアの鉄道に関する権威である、Taufik Hidayat氏が、前年(2004年)に著した「岐路に立つインドネシアの鉄道業(Perkeretaapian Indonesia di Persimpangan Jalan)」の中に、同じ線名記載を認めました。この書籍は、標題の通りインドネシアの鉄道業の現状が記されているのですが、ジャカルタ首都圏鉄道路線の電化を解説した項があり、上記と同様の路線名とその区間が記述されていたのです。
それでは、さらにそのTaufik Hidayat氏の書籍における記載は、一体何を参照したのでしょう?同書籍の文献リストを渉猟すると、それが1998年に政府陸運総局(当時)が刊行した「ジャボタベック鉄道における電化資料(Data Elektrifikasi Kereta Api Jabotabek)」であることがわかります。私は、この文献までは遡っていませんが、おそらくこの資料こそが、ジャカルタ首都圏の鉄道路線名を「正式に」記載していると考えています。何故なら、政府の公式文書だからです。その路線名と区間(当時)は、以下の通りです。
中央線:ジャカルタコタ・ボゴール、54.7km、複線
西線:ジャカルタコタ・ジャティネガラ、カレット経由、18.2km、複線
タンジュンプリオク線:ジャカルタコタ・タンジュンプリオク、8.1km、複線
東線:ジャカルタコタ・ジャティネガラ、パサ−ルスネン経由、14.5km、複線
ブカシ線:ジャティネガラ・ブカシ、15.1km、複線
スルポン線:タナアバン・スルポン、23.2km
タンゲラン線:ドゥリ・タンゲラン
皆様お気づきの通り、実は現在、中央線という呼称はあまり使われていません。ボゴール線、あるいはジャカルタ・ボゴール線という呼び名の方が一般的と思われます。また、マスコミでは、南線と表現される場合もあります。同様にスルポン線はグリーンライン、西線は東線と併せて環状線、あるいはブルーラインなどとも呼ばれているようです。
明確に定義されるとありがたいのですが、「緩めの決まり」しかないところが、何ともインドネシアらしいですね。それでも実用上何とかなってしまうのが、この国の懐の深いところと言えましょう。案外日本のようなガチガチの「遊び」無き社会の方が、適応力に欠け脆いのかもしれません。
以上、ジャカルタ首都圏の鉄道路線名の話題でした。
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路線
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(1) エコノミーACが1日2往復に 昨年(2009年)のスルポン - パルンパンジャン間延伸電化開業時、同延伸区間の電車運転は1日1往復に限られていましたが、2010年3月1日のダイヤ改正に伴い、都心方面からパルンパンジャンへ直通するエコノミーACが増発され、1日2往復となりました。このうち増発分1往復については、都心側発着駅が新たにアンケに設定されています。これは、タナアバン駅における停車時間を短縮して折り返し機能をアンケに分散させ、タナアバン駅における電車、列車発着を円滑化させる狙いがあるものと思われます。 (2) チチャユール駅にも、エコノミーACが停車 延伸電化開業当初は、パルンパンジャンの隣接駅チチャユールをエコノミーACは通過、同駅には従来通り中距離客車列車のみが停車していました。しかしその後、同駅にもエコノミーAC電車が停車するようになりました。駅舎はバスの停留所のような簡素な建物、しかもこの駅、私が知り得る限りJABOTABEK 鉄道唯一の「ホームのほとんど無い駅」となっています。つまり、扉が開くとそこは地面(か、ごくわずかな盛り土) ... 乗降には相当苦労させられます。それでも、結構な人数の乗降客がいるから不思議なもので ... きっと冷房付きの快適な電車の利用は、地元住民の悲願だったんですね。 右写真は、扉が開くとホームらしき物がほとんどない!チチャユール駅 (3) 電気が来ない、パルンパンジャン - マジャ間 右写真は、パルンパンジャン駅から西方へ伸びる単線電化区間(遠方に単線用の架線柱が並ぶ) (4) 車両交換は、同一ホーム同一番線で 右上写真は、車両交換のため前方に停車中の車両へ乗り換える乗客 |
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今回はジャカルタ首都圏の話題を離れ、中央線(Bogor 線)の終点Bogor と山岳地帯のSukabumi を結ぶ全長57.2km の非電化単線路線、Bogor - Sukabumi 線の現況をお伝えします。
同線は、首都ジャカルタから西ジャワ州都バンドンへ至る西回りルートの一部として1882年に開通、長い歴史を誇ってきましたが、線路の老朽化などの問題が発生、2006年3月から運行休止になりました。その後、沿線自治体と住民の声に答え、インドネシア鉄道は軌道改修工事に着手、2008年12月になって、気動車による運転復活にこぎ着け、このほど丸1年が経過しました。 ところが、1周年を迎えた2009年12月、同線沿線は雨期に入り、受難が続いています。まず、12月初旬には、Bogor 県の最南端、Sukabumi 県との県境に近いCigombong で路盤が崩落、2週間にわたり不通となりました。復旧したばかりの12月24日夜、同じくCigombong 付近の踏切で、今度はSukabumi 行き下り列車の車輪が空転し、線路に乗り上げ脱線、再び不通となりました。明けて2010年に入り、ようやく同線は運転を再開しています。Cigombong 付近は、チサダネ川の刻む渓谷が線路脇に迫り、急勾配、急カーヴの続く同線の難所となっています。これから先、本格的な雨期を迎え、安全運行を祈るばかりです。 なお、Bogor - Sukabumi 線のダイヤは、1日1往復、Bogor 17.00 発下りSukabumi 行き、Sukabumi 5.00 発上りBogor 行き、所要時間は各々約2時間です。5両編成の気動車「Bumi Geulis」号が運転されています。 |
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先月に行われたユドヨノ大統領によるTanjung Priok 線視察が、思わぬ結果を招いています。5月に入って、大統領の命を受けた(?)スリ蔵相ら関係4閣僚が、急きょ沿線を視察する事態となりました。
ことの発端は、4月28日の大統領によるTanjung Priok 線視察にあります。この時ユドヨノ大統領は、新装なったピカピカのTanjung Priok 駅を視察するだけでなく、専用列車に乗車し、部分開通したTanjun Priok - Ancol 間を経由してPasar Senen まで移動、車中から沿線を視察する機会を得ました。ところが、大統領の目に映ったものは夥しいゴミの山と低所得者のバラック群、ショックだったに違いありません。視察を企画した運輸省、インドネシア鉄道にとっては、沿線住民の生活は守備範囲外であり、結果的にこのことが、大統領にありのままの沿線の姿を見せる結果になったものと思われます。私の記憶では、大統領がジャカルタ首都圏の鉄道に乗車するのは、2007年7月のSerpong 線複線化完工以来ですが、この時は中流層以上が主に居住する、比較的環境良好な沿線が視察対象となりました。 さて、Tanjung Priok 線視察で大統領は、その場でゴミ対策を命令、引き続き閣僚を派遣して、線路際に居住する低所得者対策を指示したようです。その結果、スリ蔵相が、「鉄道再生、沿線の整地、住民への低価格住宅の用意」の3本柱からなる計画を、2週間以内に立案するとの迅速な対応を明らかにしました。同時に蔵相は、運輸省、インドネシア鉄道、ジャカルタ州政府の役割分担についても言及しています。
私は昨年(2008年)8月、Tanjung Priok 線復活のための運動に一鉄道ファンとして参加させていただきました(フォトギャラリー第10回参照)。その時の光景は、今も目に焼き付いて離れません。この国の底辺に暮らす人々の置かれている状況を、目の当たりにしたからです。プライバシーの問題もあり、写真撮影をなるべく控えたために、フォトギャラリーの写真は穏やかなものが多くなりました。けれども、その住環境は、とても私に耐えられるものではありませんでした。おまけに、当日胃腸の調子を崩していた私は、やむを得ず住民の共同便所をお借りするはめになり、そこで見た衛生環境は、特にショッキングなものでした。 線路およびその周辺を不法に占拠する住民にはもちろん問題がありますが、彼らの立場にたてば、他に行く場所がないからやむを得ず占拠しているのです。当時、インドネシア鉄道が不法占拠住民対策として提示した、「故郷への帰郷のための、乗車券支給」に比べれば、今回の政府決定は明らかに一歩踏み込んだものであり、かつ迅速な対応だと思います。インドネシア鉄道も、彼らの予算内でできる限りのことをしたものと思われますが、大統領視察に始まる一連の動きを見ていると、国の東西を問わず、政治家のやるべきことが見えてくる思いがします。
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今回は、JABOTABEK 圏の話題を離れ、インドネシアにおける高速鉄道計画について記したいと思います。インドネシアにはかねてから、ジャワ島のジャカルタ - スラバヤ間に高速列車を運行させる「Supercepat(超特急)」計画があり、「Argo Cahaya号」という将来の列車愛称名まで語られています。ところが最近、運輸省幹部は、インドネシア版新幹線計画について、「事業優先度が低く、未だ十分な予算がつかないため、調査を始められる状況にない」と地元メディアに語ったもようです。
日本政府も、インドネシア版新幹線計画に注目し、その実現性を検討してきました。先般報道されたその建設調査報告によれば、首都ジャカルタと第2の都市スラバヤ間685kmを結ぶ新幹線は、総工費2兆円強、工期9年が見込まれています。営業最高速度を300km/hとすると、2大都市間が3時間以内で結ばれることとなります(現在の最速列車はDL牽引の客車列車 Argo Bromo Anggrek号で、所要時間約10時間30分)。私は一鉄道ファンとして、この新幹線計画に期待しています(*)。それは、以下の通り、計画区間が、日本の太平洋ベルト地帯とよく似た状況にあるからです。<BR> <BR> 第一に、計画区間における人口集中の類似性です。ジャカルタ首都圏が2,300万人、スラバヤ都市圏はジャカルタと比較すると少々小ぶりで278万人ですが、途中のチレボン都市圏が160万人、スマラン139万人、テガル都市圏74万人、プカロンガン26万人、チカンペック15万人、チカラン10万人など、大都市がベルト状に目白押しです。そしてジャワ島全体では、本州の約半分の面積に、日本の人口を上回る1.2億人が暮らし、世界一の人口を有する島となっています。つまり、日本型新幹線のような、フリクエント、大量かつ高速の長距離輸送手段を導入するには最適の地域と考えられます。 第二は、地質状況の類似性です。ジャワ島は日本と同じく島弧 - 海溝系に位置し、軟弱な第四系や火山砕屑物が広く分布し、地盤の弱い地域が多く見られる点で日本と酷似しています。このような地質状況では、フランスTGVのような動力集中型で軸重の大きい機関車牽引方式は、軌道への負担が大きく不適格です。これに対し、日本型新幹線のような動力分散型で軸重の小さい電車方式は、軌道への負荷が小さく理想的です。建設コストを低く抑えられるからです。なお、一般論としては、島弧 - 海溝系では、地震の危険性を考慮しなければなりません。しかし幸いなことに、背弧側に位置する北ルートを選択すれば、そこは、沈み込む海洋プレートの様式が日本の地質状況とやや異なるため、プレート境界型地震および内陸直下型地震の危険性ともに小さくなると考えられます。言い換えれば、地震のリスクは残るものの、ルートの選択次第では、日本ほどの危険性はないと思われます。 ところで、インドネシアの経済レベルは、新幹線導入にふさわしいものとなっているのでしょうか?確かに、近年高速鉄道を発達させた台湾、韓国の経済レベルは、現行のインドネシアのそれよりもかなり上にあると言わざるを得ません。しかし、インドネシアも旺盛な国内消費に支えられて、世界的な金融危機と言われる今日でも比較的堅調な経済状況にあり、成長軌道に乗りつつあります。日本政府の試算では、2029年想定開通時のジャカルタ - スラバヤ間の片道運賃を100万ルピア(約1万円=現行航空運賃は約8,000円)と仮定すると、営業開始後40年間のIRRが10.4%となり、まずまずの経済性を示しています。投資環境も向上しつつあるように思われます。 しかし、何より大切なことは、環境負荷の少ない鉄道利用を今のうちに定着させ、必要以上のモータリゼーションを食い止めることではないでしょうか?ジャワ島1.2億人の住民が、貧弱な公共交通機関の利用を嫌って、必要以上に自家用車を保有する誘惑に駆られると、とてつもない資源の浪費と環境破壊が生じるのではないかと心配されます。 インドネシアは、日本型新幹線を導入すべき、世界の好適地のひとつと考えられます。 |





