JABOTABEK RAILNEWS コラム

ジャカルタの電車を中心に、インドネシアの鉄道をご紹介しています。

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2周年に想う(2009.8.2)

 7月25日、JABOTABEK RAILNEWSは、HP開設2周年を迎えました。あっという間に過ぎ去った2年間でした。しかし、ここで改めて2年前のジャカルタ首都圏の鉄道を思い起してみると、その姿は現在とはずい分と異なったものでした。これは、目まぐるしくこの鉄道が発展してきた証左でもあります。それでは、以下に少しだけ2年前にタイムスリップしてみましょう。

(1)冷房車は高嶺の花、乗車機会もわずか
 2年前の今頃、庶民が冷房車に乗車することは高嶺の花でした。冷房車から成る急行の運賃はエコノミー(冷房なし各駅停車)の3倍以上なのですから ...。冷房車に乗車できるのは、「特別な人」だったのです。比較的低額の運賃で乗車できる「準急」もあるにはありましたが、その運転は中央線(Bogor 線)に限られ、本数もごくわずかでした。

 この状況が劇的に変化したのは、2008年2月のエコノミーAC(冷房つき各駅停車)の本格運転開始後です。一般庶民が安い料金で、気軽に清潔な冷房車に乗車できるようになりました。エコノミーACの運転は、その後全路線に拡がり、多くの乗客の支持を得て高い乗車率を記録しています。

 それでは、エコノミーACの成功をもたらした「源(みなもと)」は、一体何だったのでしょうか。私は、日本製中古車両の積極導入にあったと思います。インドネシア鉄道JABOTABEK 事業部(当時)は、2000年の旧東京都交通局三田線6000形無償譲り受け後、日本製中古車両の積極購入を図ってきました。鉄道マンのホンネは、自国で設計、新造された車両の導入であったに違いありません。しかし、新車購入には中古車両の10倍の資金が必要との現実を前に、多くの議論があったと聞いています。そして、最終的に日本製中古車両購入を選択したのです。これが、今日の冷房車大量増備と、乗客数、運賃収入の大幅増加をもたらしたと考えられます。昨今、「自国産業を保護し、外国に経済を支配させない」というナショナリスティックかつポピュリズム的な施策が行われがちなインドネシアにおいて、これを排し公共の利益を優先させた、勇気ある決断だったと思います。

(2)Serpong 線は複線化前夜、環状線、Tanjung Priok 線は運行休止中
 JABOTABEK RAILNEWSを開設すべく準備を始めたころ、Serpong 線では、まだ複線化工事が続けられていました。これが完工し、華やかな記念式典が催され、旧東京メトロ東西線5000系がユドヨノ大統領を乗せてデビューを飾ったのは、ちょうどHP開設と同時期でした。また、新たに緑帯を纏った旧東京都交通局6000形による、エコノミーAC「Ciujung」号が運行を開始したのもこの頃でした。当時のエコノミーACは、まだ「冷房付き各駅停車」という明確なコンセプトがなく、停車駅が限られた実質的な「準急」でした。どうして準急と呼ばずにエコノミーACと呼ぶのか、理解に苦しんだ記憶があります。「冷房車ではあるが、従来の急行電車ほど料金が高くない」ということを宣伝したかったのでしょうか。しかし、今にして思えば、この「エコノミーAC」というネーミングがあったからこそ、後に「冷房付き各駅停車」というコンセプトが生み出されたのかもしれません。「名前から生まれた商品」だったのかもしれませんね。

 環状線、すなわち東線、西線の直通運転と、Tanjung Priok 線Tanjung Priok - Jakarta Kota の電車運転は、何年もの間休止されたままでした。特に後者は、線路上に夥しい数の貧困層住宅が不法に建設され、目も当てられない状況でした。運転休止後8年を経た2008年8月、インドネシア鉄道が動きました。不法占拠住民の説得のために彼らが選んだ「次の一手」は、鉄道ファンの大量動員でした。地元鉄道愛好者団体などが主催した、「Tanjung Priok 線、懐かしのウォーキング」と称するイベントに参加した老若男女は実に300名、朝のJakarta Kota 駅は鉄道ファンとその家族で埋め尽くされました。おそろいのTシャツに身を包み、皆で楽しく沿線を散歩しながら、不法占拠住民をソフトに説得してゆきました。その賢い手法には、正直言って脱帽しました。その後、Tanjung Priok 線は紆余曲折を経ながらも、Tanjung Priok - Ancol 間がまず復活、Bekasi まで電車運転が行われるようになりました。

(3)私的臨時停車と乗務員室乗車、何でもありのあの頃
 初めてJABOTABEK鉄道に乗車したのは2007年6月のことでした。Bogor 発のPakuan急行に乗車したのですが、正式停車駅以外に、多くの駅で「運転停車」するのを目にしました。扉扱いは行わないものの、乗務員室扉を介して人々が乗り降りしているのです。やがて分かったことは、運転士さんが、友人知人や一部乗客を私的に乗降させて、場合によっては、ちょっとしたお小遣い稼ぎをしていることでした。また、当時の混雑した電車では、乗務員室に乗客を乗車させて、同様のことが行われていました。良く言えばフレキシブル、悪く言えばいい加減な、何でもありの状況でした。

 現在では、このような私的臨時停車と乗務員室乗車は、例外なく禁じられています。公共交通機関としては当たり前のことなのですが、2年前の状況は、妙になつかしくもあります。ちなみに、私もかつて何度か乗務員室に乗せていただき、「前展望」を楽しみました。けれども、金銭を要求されたことはもちろん、自主的に支払ったことさえ一度もありません。その代わり、運転士さんと記念撮影をして、後でプリントアウトした写真を差し上げると、大いに喜ばれました。日本からやって来た鉄道ファンと分かると、皆さんとても親切にして下さったのが印象的でした。今にして思えば、「古き良き時代」でした。

(4)次の2年間に向けて
 以上、この2年間の思い出を語ってみました。それでは次の2年後、この鉄道はどのような姿になっているのでしょうか。間違いなく言えることは、日本製中古車両がますます増備されエコノミーがエコノミーAC化されること、Tanjung Priok 線が全線復活運転していること、Serpong 以西の電化複線化工事が進捗しParung Panjang まで電車延長運転が行われていること ... などでしょうか?個人的な夢としては、クロスシートのPakuan 特急電車運転がありますが、実現は難しいですかね?

 
 
 旧東急田園都市線8500系8613Fが、強烈なカラーリングでジャカルタデビューしましたね。このように、インドネシアで鉄道ファンをしていると味わえる楽しみの一つに、車両や施設の色彩鑑賞が挙げられます。熱帯に位置するインドネシアは、とても色彩の豊かな国です。一歩郊外へ出れば、真っ青な空から強烈な日差しが降り注ぎ、カラフルな花々が咲き乱れています。鳥や昆虫などの動物にも、驚くほど派手な色彩を備えているものがあります。さらに、土壌も高温多湿のため有機物の分解が速く、岩石風化の過程で赤サビ成分である酸化鉄が多く残留するようになり、派手な赤土(ラテライト)となります。このような環境は、インドネシアの人々に独特の色彩感覚を育ませているようです。以下に、いくつか例をお見せしましょう。

イメージ 1(1) 旧JR東日本103系
 2008年5月初頭のことです。Jakarta Kota 駅へ行ってみると、それまで見たこともないカラーリングの電車が停まっていました。旧国鉄新潟色に近いツートンカラーから、群青色を主体とする色彩に変更された、旧JR103系です。これを初めて見た時の衝撃は、今も忘れられません。けれども、私はすぐにこのカラーリングが、お気に入りになりました。銀色の帯、真っ白なドアなども含め、日本人にはなかなか発想できない色彩だと思います。

(2) 旧HOLECのKRDE
イメージ 2 かつてジャカルタ首都圏で活躍していた電車HOLEC を、電気式気動車KRDE に改造した「プランバナン急行」です。私はこのレモン色がとても気に入っています。新しい活躍の場である中部ジャワの青い空と、深い緑の森、そしてやや淡い緑色の水田地帯にも、とてもよく映えます。日本では、「沿線観光地 XX の海をイメージした青」などという、ワンパターンの発想でカラーリングされた車両をよく見かけます。けれども、本当に優れた車両とは、その美しい海などの風土に映える色彩を纏ったものではないでしょうか。

イメージ 3(3) KRL-I 系
 「インドネシアの誇り」と称される、同国で新製されたKRL-I 系電車です。右写真は、2代目カラーリングとなります(現在はさらに、排障器を朱色に変更)。私が注目しているのは、この紫色です。青紫とでも言ったらよいのでしょうか。とてもコーディネイトが難しい色だと思いますが、淡い緑色と見事に調和しています。インドネシアもやるもんだなあ、と思わせるに十分な車両です。日本でも、お公家さんの街である京都あたりで映えそうな色彩ですね。

(4) Jakarta Kota 駅信号扱い所
イメージ 4 最近、外壁が塗り替えられた、通称、「Train Tower」です。オランダ植民地時代の建物と思われます。白壁には墨絵風の斜めの模様、出窓は青色系で着色、帯色は屋根瓦に合わせて赤茶色となりました。このカラーコーディネーションが合っているかどうか、私には少々疑問ですが、ここにはインドネシア人の好きな色(と思われる)、茶色と青色を見ることができます。これら2色は伝統のバティックなどの織物にもよく見られます。

(4) Tanjung Barat 駅
 最近、リノベーションが終了したばかりの、Taイメージ 5njung Barat 駅の入口です。こんな派手な駅の看板は、日本では見たことがありません。フォトギャラリーでも記しましたが、ファミレスかコンビニのようです。けれども、何故かここインドネシアでは、あまり違和感を感じません。きっと強烈な日差しのせいなんでしょうね。ジャカルタ近郊の駅には、設備が古く暗い雰囲気のものが多いので、このようなリノベーションは大歓迎です。

(5) 車内の物売り
 最後に、車両でも設備でもない「色彩」のご紹介です。電車内にやって来るこの物売り、イメージ 6髪留めなどのアクセサリーを販売しているのですが、何ともケバケバしい色彩の商品群ですね。ベンダーが何人か集団でいると、それはもう日本のお祭りの夜店のようです。けれどもこの人たちの存在は、駅や車内を活気づけ、華やいだ気分にしてくれます。鉄道は単なる輸送機関にとどまらず、一つの文化であり、そこには多くの色彩があるのですね。

 2008年も、いよいよ残りわずかとなりました。ジャカルタに住んでいると、日本のような年の瀬の雰囲気は感じられませんが、せめて日本でもおなじみの「今年の10大ニュース(ただし、私が勝手に選んだもの)」をお届けし、皆様への年末のご挨拶とさせていただきます。

第1位: エコノミーACの本格運行始まる
 2月から、中央線(Bogor線)、Bekasi 線で、冷房付き各駅停車「Ekonomi AC」の運転が開始されました。それまで冷房車と言えば主に急行にしか使用されていなかったものが、比較的低料金で全ての駅から乗車できるようになったのは、画期的なことです。いよいよ、庶民が冷房付きの快適な電車に乗車できる時代が、訪れたということでしょうか。
 
第2位: 深夜電車の運行始まる<BR>
 6月から、中央線(Bogor線)、Serpong 線を皮切りに、深夜時間帯の電車運行が開始されました。それらは、全てエコノミー ACとして運転されています。深夜12時すぎてもジャカルタの電車が運転されている状況など、1年前には想像すらできなかったことです。
 
第3位: 今年も日本製中古車両を増備<BR>
 旧東急8000系8両、8500系24両の合計32両がジャカルタデビューを果たしました。これにより、旧東急8000系と、その弟分の8500系は、合計80両となり、旧都営三田線6000形の72両を抜き、日本製中古車両の最大勢力となりました。また、日本製中古車両の総計も228両となり、JABOTABEK
鉄道在籍車両の約半分となりました。
 
第4位: Depok 車両基地が完成
 東南アジアで最大規模となるDepok車両基地が日本の資金協力で2月に完成、使用が開始されました。新車両基地は、車両数の増加で手狭となり、かつ毎年雨季の洪水被害に悩むBukit
Duri 車両基地に代わり、JABOTABEK 鉄道の、基幹基地としての機能を持つこととなりました。
 
第5位: ダイヤ改定実施、準急を廃止
 7月1日、インドネシア鉄道は、全国一斉にダイヤ改定を実施しました。JABOTABEK 圏における最大の改定点は、準急の廃止です。2006年にデビューした準急電車は、その役割の一部をエコノミーACに引き継いで、運行を終えることとなりました。
 
第6位: Tanjung Priok 線の復旧工事に着手
 1998年以来、旅客列車の運行が休止されていたTanjung Priok 線の運行再開が決定され、線路上を不法占拠していた住民の移転と復旧工事が開始されました。2009年には、Tanjung Priok とJakarta Kota、Jatinegaraを結ぶ電車の運転が再開される見込みです。
 
第7位: JABODETABEK 鉄道会社発足
 8月13日、JABOTABEK 圏の電車運行に特化したインドネシア鉄道の完全子会社、「JABODETABEK 鉄道会社」が設立されました。2009年1月1日を目指して、インドネシア鉄道JABOTABEK
事業部の業務が移譲される予定です。現在、主要駅の駅業務も移譲するかなど、細部の検討が行われています。
 
第8位: 旧JR103系の群青色化と8両化
 5月、それまで黄と赤の旧新潟色に近いツートンカラーに塗色されていた旧JR103系1編成が、群青色を基調とする新色となって全検出場しました。その後、残りの3編成も、全て同色となりました。また、11月には、それまで4両編成で運転されていたJR103系が、一部8両化されました。

第9位: 旅客人員が大幅増加
 ジャカルタ首都圏の通勤輸送を担うJABOTABEK 鉄道の輸送人員が大幅に増加しました。地元メディアによる速報値では、1日当たりの平均輸送人員は35万人に達し、2007年同時期の32.5万人に対し、7%強の増加となっています。
 
第10位: JABOTABEK 鉄道のホームページ開設
 インドネシア鉄道JABOTABEK 事業部は、乗客サービスの一環として、7月10日からホームページを開設しました。このホームページでは、JABOTABEK 鉄道の概要、歴史、路線、駅などが紹介されています。とりわけ注目されるのは、運賃と運転時刻情報の充実ぶりであり、これまで十分な情報が得られなかった急行電車の途中停車駅発着時刻、および通過駅の通過時刻まで網羅された「マニア向け」とも言える内容となっています。
 
 いかがでしたか。今年も本当にいろいろなことがありましたね。来年のJABOTABEK 鉄道も、きっと話題豊富なことでしょう。JABOTABEK RAILNEWSでは、2009年も皆様に鮮度の高いニュースをお伝えできればと考えています。
 

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