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今日本は年金問題で揺れておりますが、米国の公的年金システムは大変しっかりしております。米国に勤務して社会保険に加入したことのある人は、例え外国人でもその期間と納めた保険料に応じて年金が支給される可能性がありのです。以前は確か10年以上加入という制約があったと思いますが、3年前の日米租税条約の改定で、加入年数がそれ以下でも一定以上のポイントがあれば支給されるようになりました。 私は10年未満ですが、ダメモトと申請したところ審査に合格し今年受給が始まりました。日本の社会保険庁へ申請書を出して暫くすると、マニラにある米国の社会保障庁コールセンターから電話インタヴューがあって、出身地、米国在職期間や日本での職歴、重大な犯罪歴がないか、仮保釈中でないか、刑の執行猶予期間に該当しないかとか根掘り葉掘り聞かれました。係官がアジア訛りのある英語をしゃべるので慣れるのに時間がかかりましたが、分かりやすく説明してくれたので何とか理解できました。 この年金は米国に家族と共に在住した場合、配偶者や子も申請することができます。私の家族もRビザで入国しsocial security number(社会保険番号)を貰っているので、私と同時に受給申請したところ、naokoは米国では職に付かなかったにも拘らず私の半額の年金が給付されました。金額は僅かですが年に数回往復する米国への旅費の足しに、ありがたく頂いています。 今月はじめ、米国社会保障庁から便りが来ました。来年の年金額に関するもので、物価スライド制に基づき来年は2.3%増額されるという通知です。わずかな金額ですが何でも値上げのこの時期、増額通知は嬉しかったです。
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プライベート、健康
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私的な事。
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2週間ほど前から眼が充血し違和感を感じるようになりました。すぐ眼科へ行けばよかったのですが、本番前でバタバタしていたし原因も分かっていたので、家に有った目薬でしのいでおりました。2−3日前から目ヤニが酷くなり車の運転もし辛くなったので漸く眼科へ行って来ました。 実は1年前にも同じ症状が出て眼科に行きました。逆睫毛でした。医者によると、 睫毛が眼球に触れる→違和感を催す→眼をこする→眼球が傷つく→傷から細菌が入り炎症→結膜炎 という流れだそうです。睫毛が上を向くよう処理する手術があるそうですが、下手をするとまぶたが閉じなくなる・・・寝ていても眼が開いてる状態になると脅かされました。 その時は2回ほど通院し目薬だけで症状が改善し、いつのまにか治ってしまいましたが、それ以来、時々眼が充血することがあり、残っていた目薬やドライアイ向けの 使い捨て潤滑点眼液 を使っておりました。 今回の医者は前とは違う方で女医さんでした。 カルテを見て、眼球用のスコープで検眼。 「眼をこすりましたね。眼球に傷がついてます」 「軽い結膜炎を起こしています」 「下を向いてて下さい」 といって何やら器具を操作、眼を刺すような痛みに 「うっ!」何をされるか分からなかったので、ちょっと抗議の意味もこめて大げさに反応したのです。「あ、痛かったですか?睫毛抜きましたぁ」 右目から3本、左目から5本睫毛を抜きました。2本目からは痛みは感じませんでした。ちょっと怖かったですが、原因を取り除いてくれたのです。 「抗菌と抗炎症の点眼薬を2本づつ処方しておきます。前のは捨ててください」 「何ヶ月かして症状がでたら又来て下さい」 中々的確な処置をする女医さんでした。手先が器用なんですね。男性にビューラーは奨められないでしょうし。 睫毛は又生えてくる?どの位の速さなんでしょうか?髭のようにどんどん伸びてきたり濃くなったら困ります。それと睫毛本来の効用。眼にほこりが入りやすくなるとかあるのでしょうか?ご存知の方おられたら教えて下さい。
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12月28日所属の弦オケで世界初演予定の「奈良ヴァリエーション」の作曲経緯について、作曲者のDonald Appert博士ご自身が書かれたプログラムノートを和訳してここに紹介します。聴きに来て頂ける方には予告編となるようMIDIを少しだけですが織り込んでおります。これが弦楽でどのような響きに生まれ変わるか楽しみです。 “Nara Variations” に寄せて (プログラム ノート) Donald Appert June 2007 奈良はわが良き友人Jack and Naoko のホームタウンです。今年1月、兵庫にてA室内合奏団第40回定期演奏会で私の作品「エレジー」を指揮した翌日、我々は奈良観光で過ごしました。午前7時、出発しようとした時、私の頭にある音楽が浮かびました。手拍子のあと「オゥ!」と叫ぶ日本古来のセレモニーでの三本締めに触発されたのです。私は前日の演奏会の打ち上げでそれを初めて聴いたのでした。五線紙が手元になかったのでホテルにあったメモパッドに、頭に浮かんだリズムといくつかのメロディーのモチーフを書き留めました。 翌日、米国帰国直後、冬の嵐がやって来て、幸運にも大学は休校、私は8時間をピアノの前で過ごし作曲を続けることが出来ました。そして以前書きかけの弦楽四重奏のモチーフやこの4年間に蓄えた新曲の構想などを組み入れたのです。 “Nara Variations”は従来のいわゆる「主題と変奏」の形式ではなく、メロディーやリズムのモチーフを継続する変奏手法で織り込んでおり、作品全体のスタイルは調性音楽で新ロマン派的です。 練習番号1に現れる最初の旋律はミクソリディアン旋法(教会旋法の1種)ですが日本情緒がはっきりと感じられると思います。 http://jackviolin1945.awk.jp/naravari2.mp3 程なくチェロ・バス上に第2の旋律が歌われます。 http://jackviolin1945.awk.jp/naravari3.mp3 練習番号4では私の半日に渡る奈良散策によって触発された旋律「奈良散策の調べ」がヴィオラで演奏されます。 http://jackviolin1945.awk.jp/naravari4.mp3 そして低弦によるジャズ風ウォーキングベースラインの層が積み重なり合ってやがて5音音階のオブリガートがヴァイオリンに現れます。 練習番号6で、私の弦楽四重奏からのテーマが現れます。それは16分音符で3+2+3のシンコペーションパターンを用いた力強いリズミックな旋律です。 http://jackviolin1945.awk.jp/naravari5.mp3 そしていくつかの変奏を繰り返します。 練習番号11で、「奈良散策の調べ」が低弦の三本締めのリズムの上に再現します。練習番号12はそのリズム変奏のようにもとれますが、実はオレゴンのロックバンドの新曲に触発されたものです。 練習番号13でテンポが遅くなった後、ドビュッシー風に上昇コードが並行展開します。 http://jackviolin1945.awk.jp/naravari6.mp3 ヴォーン・ウィリアムズのオペラ「海へ乗り行く人々」にも使われたこの手法は1981年の私の弦楽の最初の作品”In the similitude of a Dream”に使いました。この手法は個人的に強い感情を呼び起こさせるので、私の他の作品の中にも形を変え幾度も登場します。 練習番号14ではロックのリズムが異なる変奏上に再現し、ここでも完全4度の上昇バスラインが展開します。多くの旋律のアイデアをこの1曲のなかに一体化すべく努力を払いました。 練習番号16からの幾つかの変奏では第2主題が中心になります。第1ヴァイオリンから1拍遅れで第2ヴァイオリン、更に1拍遅れでヴィオラがテーマを反復する、私が良く用いる「ミラー効果」の手法を用いています。 http://jackviolin1945.awk.jp/naravari7.mp3 そしてやがて第1楽章を終えます。 練習番号18からは第2楽章で、この4年間暖めてきた構想を具現化したものです。それはメランコリックであり、冒頭のテーマの和音のゆっくりした鼓動の流れへと導きます。変奏の手法はいわゆる連続的です。 終楽章は練習番号26からで、速い3本締めのリズムと前出の旋律の変奏で始まります。ロックのリズムが練習番号28で形を変えて再現しますが、スコアを見た友人が「フィナーレ」と記載し、「ジョーズの一節」と名づけて呉れました。別にジョーズに触発された訳ではないのですが。第2楽章の鼓動のような和音展開がテンポを速めて完全4度の上昇バスライン上に戻ってきて、三本締めのテーマのユニゾンで終結します。 この作品はA室内合奏団のために作曲され彼らに献呈されました。2007年12月28日兵庫県西宮にて彼らの手によって世界初演の後、私のクラークカレッジオーケストラで2008年6月15日に米国初演予定です。 演奏時間 約15分15秒 |
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大正6年、1917年生まれ、満90歳、jackの母親ですが、まだまだ元気で一人で買い物に出かけたり、病院へリハビリに通ったりしております。 家族や知人もこのブログを見ておりますので近影を紹介します。 大きなブローチを手にしている祖母 久しぶりに会って嬉しそう。 孫や曾孫の近況や成長振りに「えー!」と驚く 時々肩が凝ってと、 おいしそうにミルクティーを飲み干しました。
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健康診断の結果がでました。血液検査・血圧・心電図・大腸がん・触診の総合判定は「要指導」で、免罪符は貰えませんでした。でも想定範囲内の結果です。 毎回参考基準値の上限を上回るのが「中性脂肪」と「尿酸」です。 2004 2005 2006 2007 参考基準 中性脂肪 277 138 175 198 50-149 尿酸 6.5 7.7 7.5 7.5 3−7 BMI 23.1 20.1 23.8 24.4 体重 64 56 67 68 中性脂肪は食生活と運動に依存しています。2005年は野菜を中心に油揚げモノを排除した食事に変え摂取カロリー1日1800Kcal以下のダイエットに励み、毎週プール(水泳)に通ったことで初めて基準値内に入りました。このとき体重は56Kg、全年比−8kgでズボンがだぶだぶ、頬もこけて老けて見えてあまりよろしくありません。中性脂肪が食事と運動で制御できることが分かったので、2006年以降は方針転換、カロリー摂取制限を止め、水泳もサボったために予想通り体重の増加とともに中性脂肪の値が増加しております。 尿酸値はここ●十年いつも上限ボーダーにあり、通風発作らしきものも1−2年に1回はあるので、投薬を始めたこともありますが、一向に改善されないので現在治療しておりません。これはもう体質と諦めております。 ということで、カロリーの摂り過ぎと運動不足に注意したいと思います。まずは果物の摂取を減らします。焼酎とワインは止められないので。水泳も再開したいのですが。。。
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