jack のヴァイオリン練習室

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犬/猫

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犬達の記録。
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閉所願望症?

閉所恐怖症は有っても閉所願望症って言葉があるのかどうか知りませんが、ナイトラス君のことです。


裏庭の塀の修理が終って隣の犬を気にすることなくナイトラスを庭に離せるようになりました。ここ2−3日は雨季にもかかわらず晴天続きです。ナイトラスは日向ぼっこが大好きです。

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ところが事件が起こりました。ナイトラスが見えなくなりました。家の中にも裏庭にもどこを探しても居りません。

ナイトラスは時々我々の隙を狙って外に飛び出す習性があるのです。以前オケのリハに出かけようとしてガレージドアを開けて楽器を積み込んでいる最中に閉め忘れたキッチンの勝手口から飛び出しました。捕まえるの小一時間かかりお陰でリハは遅刻しました。


今朝は近くの庭師が庭のメンテに来ていたので、裏木戸を閉め忘れていったかと思って慌てました。裏木戸もガレージドアも全部閉まっておりました。これで庭のどこかに居るはずです。



ナイトラスのもう一つの習性は狭いところにもぐりこむのが好きなのです。閉所願望症?このパティオの床下に潜り込んで出られなくなった前科が何度かあります。ネズミがこの下に棲んでいるようで、それを追いかけて潜り込んで以来床下がヤミツキになったようです。


今回もそうでした。床下に居りました。

呼んでも知らん顔
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出られないのです。入るときは後ろ足を踏ん張って頭を横にして潜り込めますが、床下は狭いため手(足)がかりが無く自力では出られないのです。大好物のクッキーにも顔を背けます。それで照れ隠しの大あくび。
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ワシはここが好きなんじゃ」てな顔。
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再び孤高の犬です。
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仕方が無いので入り口の土を掘って掻い出してやり、再びクッキーを穴の外に置きましたが、犬にもプライドがあるのかそ知らぬ顔です。


一計を案じ、そのままにしてそこを離れて隠れて見ていると、体を横にしてクッキー欲しさで必死になって自力で這い出して来ました。残念ながら写真は撮れませんでした。体中泥まみれでした。

この隙間は板で封印しました。
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右側の危険箇所も。ナイトラスは折角の楽しみが一つ減ったとうらめしそうです。
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一件落着!出かける前でなくて良かったです。

ドッグランに遊ぶ

ナイトラス君の近況報告です。

家から車で5分のところにドッグランがあります。休日には朝から犬好きが集まりますので久しぶりに連れて行くことにしました。

公園の前に車を止めます。公園といっても遊具は滑り台とブランコ程度で、自然の森とフィールドの先に広大なドッグランがあるのです。

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この森の小道を歩いていきます。
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森を抜けると急に視界が開けてフィールドがあります。
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朝霧に煙る向こうの方で何か球技大会やっているようです。


近寄ってみると
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小学生の女子サッカーでした。1チーム5人のフットサルのようでした。ゴールネット無しで、コーナーポイントをゴールポスト代わりに置いています。休日の朝、サッカー好きの家族が応援に来るのは日本と同じです。米国のサッカーは男子より女子の方が層が厚いです。



すぐそばのドッグランは犬の大きさ別にsmall, large, any sizeの3つとほかにも養生中が1つあります。any size に入れますと先客がごあいさつ。
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走るのはナイトラス得意です。

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アメリカでは犬は番犬やペットではなく飼い主がcompanion (連れ合い)として扱いますので、とてもフレンドリーでしかも良く躾けられています。戯れ合うことはあっても喧嘩は滅多にありません。飼い主同士も会話を楽しみます。

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ナイトラスは久しぶりに走り回れてご満足のようでした。
今日6月8日はジャーニー君の命日です。去年10歳と5ヶ月で亡くなりました。

http://jackviolin1945.awk.jp/115_1524.JPG
(2004年6月6日米国オレゴン州ポートランド自宅にて。手にしているのはテニスボール。一度に3個咥える特技を持っていました。)
左がジャーニー、右はナイトラスです。

ジャーニーは1996年1月米国ワシントン州の農家の馬小屋でロットワイラーを父に、ラブラドールを母に5人兄弟の末っ子として生まれ、2週間後に我が家にやってきました。"journey"は「旅」を意味し、娘のyumiが名づけましたが、その時は太平洋を1往復する旅行犬になろうとはだれも予想しませんでした。

その後4年間、南は車で6時間かかるオレゴン州南部のクレーターレイクまで、北は車で4時間のワシントン州カスケードループ、西は車で3時間のオレゴン海岸まで旅行のときはいつも一緒でした。
下は生後2ヶ月の頃のアルバムです。可愛いでしょ。足が太くて将来大きくなることを十分予想させました。
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(1996年3月10日米国ワシントン州ヴァンクーヴァー自宅にて)


2000年7月私が帰国し、ジャーニーも日本へ連れて来ることになりました。ところが航空会社は夏の期間は犬の搬送を受け付けないのです。搬送途中で空港の直射日光を受けて40度を越す暑さになることがあるからです。それで彼は娘のところで涼しくなるまで待つことになりました。その年の10月にnaokoが迎えに行ってつれて帰りました。

ポートランドからシアトルまでは車、当時はノースエウエスト航空でシアトル−関空ノンストップ便が飛んでおり最も短時間で大阪まで来れたのです。生き物は空調してある機内荷物室に大型ケージごと入れられ厳しい温度変化にさらされることはありません。関空の動物検疫所で2週間留め置きされ漸く奈良の我が家へ引越ししてきたのです。

日本でも旅犬でした。温泉好きの私達に連れられ伊豆、信州、和歌山、霧ヶ峰、淡路島、南奈良、などなど犬が泊まれるホテルを探しては一緒に旅行しました。

困ったのは日本の夏の暑さです。ジャーニーは暑さに弱く夏は朝早く気温の上がらないうちから散歩に連れて行き、日中は空調を入れっぱなしでも辛そうでした。

それで2004年5月再度米国の娘のところへ戻すことにしました。シアトル−関空便が亡くなっており、仕方なくユナイテッド航空で関空からサンフランシスコへ飛びました。サンフランシスコの入国時の検疫は簡単で入国審査のあと荷物を受け取り暫くするとジャーニーがケージに入れられて出てきました。関空で預けてから14時間くらい経っているのですが空港の外へでてもおしっこをしませんでした。レンタカーでサンフランシスコ郊外で車を止めて初めて長いおしっこをしました。途中1泊してつれてきたのです。一番上の写真がその直後の写真で、先住犬ナイトラス君ともうまくやっていけました。

その後、私達は米国と日本を行き来しジャーニーも私達が行くと歓迎してくれ、すぐに何週間も前から一緒にいるような気分になり和ませてくれました。帰り支度を始めると「もう帰るのか、どうせまた来るんだろ」見たいな諦め顔で我々を見ます。

2006年5月、突然吐く息が荒くなり散歩も行きたがらなくなりました。最初は風邪くらいに思っていたのですが次第に歯茎が黄色くなり貧血気味で熱もあるようだったので、行きつけの獣医へ連れて行きました。診断は内出血による貧血でした。腫瘍の疑いがあるとのことで精密検査のためダウンタウンの救急医療センターへ入院しました。

センターは24時間体制で診療と治療を行ってくれる最新設備の病院です。検査と輸血・点滴の繰り返しで一向に良くなる気配はありません。入院3日目に検査の結果がドクターから伝えられました。腫瘍ではなく""IMHA" と言われました。初めて聞く病名で専門用語で説明を受けても分からないので紙にスペルを書いてくれて家でインターネットで調べました。「免疫介在性溶血性貧血」という原因不明で治療法も対症療法しか出来ない、何らかの原因で抗体ができて自分の赤血球を攻撃し貧血を引き起こす怖い病気です。

次の日に病室のジャーニーに合わせてくれました。寝ていましたが我々に気がつくと家に帰れるものと思い点滴をはずして起き上がりました。その後、ドクターから、これ以上治療しても治る見込みが無くジャーニーも苦しむだけなので

"...Let him sleep...."


と安楽死を暗に勧められました。家につれて帰りたかったのですが、ジャーニーが余計に苦しむことになるからダメだといわれました。悲しい決断でした。治療室に歩いて連れてこられたジャーニーは家に帰れるものと喜んでいるようでしたが、すぐに座り込んでしまいました、ドクターが注射するとほんの2−3秒で我々の腕の中で眠るように天国へ最後の旅へ発ったのでした。これ以上はその状況は悲しくて書けません。





1週間ほどして病院から頼んでおいた遺髪と共にジャやーニーの手形が送られてきました。


ジャーニーは水泳(もちろんバタフライではありません、犬掻きです)が得意でした。手形でわかるように泳ぐときの手のひらプラス水掻きの大きさは凄かったです。 こちら に2003年夏に和歌山で撮った写真をアップしています。


ジャーニーは音楽耳を持っていました。私が楽器を取り出してさらい始めると、首を振りながら部屋を出て行きます。高い音に弱いのです。ついには楽器のケースを開けただけでサッサと出て行くようになりました。「あーあ、又か、こんな下手なヴァイオリン聴いていられるか」みたいな顔をして。

でも病気になって病院へ連れて行く最後の日はちょっと違っていたんです。暑くてガレージの片隅で寝ていた彼がひょこひょこと上がってきて私のさらうヴァイオリンを聴きに来てくれたのです。そして好物のうどんを与えると美味しそうに食べていたのが、今でも思い出されます。




久しぶりにバッハのシャコンヌを録音してみました。彼はこれを何回聴かされたことか。エレジーのつもりですが、たぶん天国でも聴こえない所に逃げ出したに違いありません。「jack、まだまだ修行が足らんよ」といっているようです。ったく、ジャーニーが逃げ出さない演奏ができるのはいつのことやら。。。。

メモリアルデイ休日

5月28日(月)はメモリアルデイ(南北戦争に起源を持つ戦没将兵追悼記念日)で休日です。ナイトラスの朝の散歩は久しぶりに近くのドッグ・ランまで行ってきました。車で5分のところ、公園の横に車を停めて森の中の小路を歩きます。


黄色や白の草花の中で、ハイ、ポーズ。

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森を抜けるとフィールドがありその向こうにドッグ・ランがあります。



ドッグランのパドックは3つあります。左が小型犬、右が大型犬用の入り口。もちろん入場無料。でもここへ入いる人はほとんどいません。



フレンドリーな犬は3つ目のany sizeのほうへ入れます。



先客の2頭がお出迎え



早速、犬式挨拶

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別の3頭が寄ってきます



コイツはでかくてちょっと苦手



威嚇してはじゃれ合います



相手にしてくれるオジサンは好きです。美人は居たが逃げられたような。



駆けっこは得意のナイトラスでした。



このあとは娘達はダウンタウンでショッピング。メモリアルデイの週末はバーゲン・セールであります。私はゆっくりとブログのチェック。ヴァイオリン、今日は基礎練習を少しだけ。


午後7時、近くのレストランで家族3人久しぶりの外食。ナイトラスは留守番です。



店内。休日なので結構客が入っています。



ここはワイン持込OKなので、お気に入りの アーチェリー・サミット のレッド・ヒル(ピノ・ノア)を持ち込み。

http://jackviolin1945.awk.jp/159_5904.JPG
因みに持ち込み料は$10でした。


アペタイザーは煎餅状クラッカーに手前はブリーのブルーチーズと右の丸いのはオーブンで焼いたガーリック。中身をペーストのようにパンにつけても美味いです。ワインにぴったり。

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フレンチ・オニオン・スープ。分厚いチーズですね。2カップを3人でシェア。



オリーブオイルたっぷりの野菜サラダ。ナッツがうまい。



私はリブアイステーキ。食べきれないのは分かっていますが、残り物は箱に入れて持ち帰りナイトラス君のご馳走になります。

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yUmiはポーク。



naokoはサーモン。



デザート。



家族で行くと何でもシェアできますので色々楽しめました。
2ヶ月振りですが喜んで迎えてくれました。早速お土産のおねだり。



「早く呉れよ」



「もう離さなんぞ!」



「ここまでおーいで」と挑発します。





朝の散歩ではあいかわらず好奇心旺盛。いつも何か気になるようです。こどもと特に若い女の子には興味津々。一体誰に似たんや!

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「わしはカメラに撮られるのはいや」だそうで、カメラを向けると顔を背けます。



でも大分賢く、大人しくなりました。日本語も少し理解できます。半年前は飼い主の名前さえ理解しなかったので大きな進歩です。

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