じゃじゃ馬 日記

じゃじゃうマンの喜怒哀楽 「晴れ時々曇り ところにより一時にわか雨が降るでしょう」

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。義務感満載パート7 ケータイ投稿記事

(この連載シリーズでは、澤田様から頂戴したご見解の要約を掲載するようにしています。)

1、その部分に関しての向上心の欠如。(=大して重要なことではないという認識)
2、だから自分でも改善されない原因が分からない(=その原因に対して追究する気がないから)
3、重要だと感じていないことに対しては、「やらなければならないという強い『使命感』」または、「強く怒られる」や「ペナルティを課せられるという『恐怖心』」が発生しない限り、自身の心を動かせない。【外的要因】
4、自身が何かしらの経験を通して、本当にそれが必要だと感じたときに初めて意識付けが始まる。【内的要因】
5、しかし未だにその重要性はさほど感じていない。





前回まで4回に渡り、『「3」手法による「失うもの」』についてのリスクに関して記してきました。
やっぱり長くなってしまいましたね…。

ちなみにそのような環境でも、良い意味での『ふてぶてしさ』を備えている選手は大丈夫だと思います。
そうでない選手が「陥りやすい危険性の話」。ということを補足しておきます。

そしてチームスポーツなので、選手が複数人在籍しているわけですから、一人ひとりの性格も違えば理解力も違います。
同じことを伝えるにも、伝え方を変える必要がある時もあります。
方針はあっても方法は一つではないことも加えておきます。



さて、元々のテーマに戻します。

あまりにも長すぎて忘れちゃっていませんか?(笑)
改めて説明し直しておきますね。

『再三の忠告やアドバイスに対して変化がない選手』の、こちら的「謎」の解明と今後の向き合い方についてです。

その研究材料の一例が澤田様のご見解です。



第一段階として、単純にその選手の『内的要因による向上心の欠如』という疑惑は否めません。
っていうか…それしかないかと…。

もし他にあるとするのであれば、こちらが求めていることを理解できていない可能性です。
ですのでそこは話して確認すべきですが、もし理解しているのであれば、本人の『意識付け』の問題であることが確定します。

さて、どうしますか?


「鳴かぬなら、殺してしまえホトトギス」(織田信長)
「鳴かぬなら、鳴かせてみせようホトトギス」(豊臣秀吉)
「鳴かぬなら、鳴くまで待とうホトトギス」(徳川家康)

指導者それぞれの性格や考え方が関係してくると思いますが…。

自分は3つとも肯定も否定もしません。
逆に言えば3つとも肯定も否定もします。


育成年代の指導者である以上、いきなり信長流になることはなく、まずは秀吉流と家康流を使い分けながらになると思います。
プロチームの監督なら話は別かもしれませんが…。

ただ、一言で秀吉流と言っても『鳴かす』ために「どのような手法を使うのか?」によって、話が変わってくると思います。
自分の理想としてはこれまでに記してきた通りです。

そして家康流は、基本的な姿勢としては大事なことだと思いますが、「原因がはっきりしているのにも関わらず改善の余地がない場合」は、逆にその姿勢は無意味なものになるので、見極めも肝心かと思います。

それでも鳴かぬ場合の話が、この連載シリーズのテーマなのですが…。

ん〜…。



『鳴かぬなら、「鳴く気は無いよ」と言ってくれ…』(じゃじゃうマン)



今回はここまで。

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