摂食障害

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 過食は恐ろしく簡単だった。
「お願い、やめて!これ以上食べたりしないで!」
そう叫ぶ自分を押さえ込めばいい。
トイレは親の部屋に近かったので、お風呂で吐き、排水溝に捨てた。
しかし、吐いた分、その倍食べなくては気がすまなかったのだ。

細い二の腕、飛び出た骨盤、太っていた頃の肉割れが、
シワシワになって残っている。
目には、吐きすぎて赤い斑点が出来た。
カロリーと値段の区別がつかなくなり、レジで混乱した。
いつも、寒かったし、死に憧れた。細い女の子が憎かった。
幸せそうな女の子が憎かった。

私が痩せた事について、学校側はスルーした。
透明になったような気分だった。
摂食障害の本を読みあさった。

私の吐きかたは、大したことがないと知った。
それが、今となっては悪化を防ぐ事ができたと分かるが、
当時は自分が弱いから吐けないんだと信じていた。
そして、次第に咽喉の粘膜が強くなり、体が吐く事を拒否し始めた。
40キロ代ではあったが、元の体重からは、30キロ近く落ちている。
27インチのジーンズを履き、オシャレが出来るようになった。

もとの、目標は無くなっていた。今は、出来れば死。

この頃、タバコとリストカットを覚えた。
過食の罰として、腕をきった。丁度、制服で隠れる位置を。
タバコは痩せると聞いていたが、頬がこけただけだった。
異常に勉強に励み、異常な食べ方をした。
寝ると明日が来る恐怖を感じて、眠れなかった。

摂食障害だけでなく、気も狂った。

ある日、地下鉄を降りて駅のコンコースに向かうとき、
私はビルの屋上に上っていると信じ込んでいた。
定期券を取り出そうとするまで、ここが駅と気付かなかった。
死にたかった。
脳は、脂肪と生命力を失った。

私は、親の会社の近くの神経内科を訪れる為、
保険証を握り締め、予約をとり、一人で病院へ向かった。

「薬で死ねるらしいよ」
頭の中で鳴り響く声。私は服毒も計画していた。

体だけでなく、脳も変化する。お分かりだろう。

 冬になるにつれ、半年で20キロ近く落とした
42キロの身体は、狂っていった。
笑うと顔にシワができ、髪の毛は抜け落ちる。
神経過敏になり、家にあるクッキーをたたき割っては
ニヤニヤしていた。食べ物に勝ったのだ、と。

脂肪が急激に減った為、寒さで気が狂いそうになる中、
ある日、プツリと何かが切れた。
「ねぇ、もう食べて良いよ」

頭の中の私がサインを出した。しかし、そんな恐ろしい事
出来るはずがない。
しかし、一瞬隙を見せた。そのとたん、過食のサイレンが鳴り響く。
コンビニで財布を握り締め、何が食べたいのか、混乱して分からなくなった。

我慢しすぎていた為、しびれがきいてどうする事もできない。
食べたい、食べたい、寂しい、食べたい、何か詰め込みたい、

ピンク色のリュック。セーラー服。ルーズソックス。ユニクロのカーディガン。
どこにでもいそうな女子高生。
4〜6時まで、菓子パンを眺めていた女子高生。
家で、チャーハンを作りながら、突然泣き崩れる女子高生。
体重0キロを目指す女子高生。

何度も言うが、麻痺した食欲はセックスに似ている。
過食に移るまで、つまり、経験するまでは怖いけど、
はまってしまえば、快楽のとりこになる。

あの冬、はじめて過食した時の事を、怖いほど良く覚えている。
帰りの名古屋駅行きのバスを待っていた。
コンビニで、スポンジケーキとツナマヨネーズの調理パン。おにぎり。
バスの中でたいらげた後、家でご飯と焼きそばを食べた。

過食にしては少ないであろう。しかし、この日まで私は
トーストとみかんしか食べていなかったのだ。
オナニーで使うペンを、ある日ほうきの棒にしたのと同じ。

一人で拒食になり、誰にも気付かれず過食に移った。
この日初めて、嘔吐をし、下剤をあおった。

やはり、誰にも気付かれず、一人きりで。
快楽も、ショックも一人きりで。

 ダイエットは私を虜にした。
信用できるものは、食べ物だけ。それに関わる自分だけ。

「痩せたよね」「痩せすぎよ」「何でそんなに痩せたの?」
「本当に食べてるの?」「太ってる時の方が可愛かったよ。」
「もっと食べなさい。」「凄いよね。」

誰も、充分頑張ったとは言わなかった。もう、いいんだよ
とは言わなかった。だからやめる必要もないと信じていた。

嫉妬の目、羨む目、化け物を見るような目、手品師を見るような目。

心配しないで、とは言うまでもない。私は一人になっていた。

拒食時によくある行動、スーパーの食品売り場を延々と歩き続ける。
菓子パンコーナーから離れられない。
数字にとり付かれる日々。

グラウンドで、陸上部の学生がタイムを計っているとき、
私は15分おきに体重計で体脂肪と重さを量っていた。
夜にグラウンド10周。足に1キロずつおもりをつけて。

秋だった。鬱々とし、いつも悲しかった。
洋服ははまる。結局努力は誰の目からしても、
私の一人芝居に過ぎなかった。

忘れもしない、11・9NYテロ事件。
私は英語コースでありながら、知らなかった。
皆が騒いでいて、やっと気付いたのだ。

死者の数、私の体重の数、泣き叫ぶ被害者、きしむ私の身体、
いっその事、私に追突してくれれば良いのに、と思った。
拒食は短い期間で、過食という悪魔を残して、
私から逃げていった。

ゲームのようにダイエットは続いた。
もともと最高体重からは、風邪をひいたりで10キロ近く落ちていた。

周囲も痩せたことに気付き始めた。高校入学時は64キロ。
1〜2年で69キロまで増えて、ダイエットを始めて、50キロ代になっていた。
ようやく、だ。10キロ減量して、やっと気付いてもらえる。

夏休みになると、拍車をかけた。1200カロリーに3〜4時間の水泳。
ダイエットに、摂食障害に、はまっていた。
私が考えていた事は日々のカロリーと、水泳をどれだけ泳ぐか。
体重よりも自分の課せられたノルマを達成する事に重点を置いていた。

夏休みが終わり、多少痩せた自覚はあった。
体脂肪率17%、体重44キロ。

今まで、太っていて、Lサイズがはまらない女の子だったのに、
痩せている女の子の体になっていた。

周囲は驚いた。女子高だった為、余計に過敏だった。
他教室から覗きにくるコもいた。

彼女達の間では、私が拒食症だと決め付けられ、
学食では食事をする度に、口にものを運ぶ度に、
看護婦よろしく女生徒にまじまじと見つめられた。
「食べてるよ、ホラ」「でも一口が小さいよね」

これが私の、人前で食べる事ができなくなった原因だ。
少しでも、残さず食べる食事をすると、
「そんなによく食べられるよね」
と言われた。
食べたら何か言われる、食べなくても何か言われる。
混乱する心を抑えつつも、「痩せれば大丈夫」と言い聞かせた。

Lサイズがはまれば良い、いじめられたくない。
最初の目的は消えていた。
脳は次第に、痩せる事、体に罰を与える事、苦行に耐える事
と、おかしな方向に私を義務付けるようになっていた。
安全な食べ物と、口にしてはいけない食べ物、
パンの食べ方、順番、フルコースディナーのような位置づけ。

そして、性の対象でもあった。
分かりやすくいえば、膣と口の違い、
食事をする、つまり、口にモノを入れる。
セックスを連想させるものにまで、変わっていた。

 最初のうちは、今まで入らなかったLサイズの服が、
はまる様になればいいとダイエットを始めた。
そうしたら、いじめられなくなるだろうし、
まるで漫画のように周囲の反応も変わるだろう、という淡い想像をしていた。
しかし、70キロ代の人間が2〜3キロ変わった所で誰も気付いたりはしない。
「ブタ」だの「デブ」だの言っている人間に、見せ付けなければ意味がないのに。

ダイエットは綺麗になるためじゃなく、
自分との格闘になっていた。CMのように‘人生がかわるような‘夢物語を追いかけ始めた。

ダイエットをしている生活スタイルが、かっこいいと思うようになっていた。
太っていた頃は、痩せている自分を想像していたけれど、体重が減るにつれ
想像の中の太った自分に話しかけるように言い聞かせた。
強い言葉で、自分を傷付ければ
それがダイエットの励みになると思っていた。
「醜い女、痩せないと誰からも愛されない。痩せろ。」

当時、たかの由梨エステティックの宣伝番組として、
太った女性達がダイエットで綺麗になる
という企画番組をたまたまビデオで撮った。

置いていかれる衝動にかられた。絶対負けるものか、痩せてやる。

何に対して、置いていかれるのか、負けたくないのか、
曖昧だからこそ、無意味に自分を追いこめられる。
この時8〜10キロ落ちていた。六十キロ代。
まだ、気持ちはすがすがしく、自分を追い込んではいなかった。

明確には、自分がいつ痩せて、心を蝕み始めたのかが分からない。
「少しずつ、ある日突然に、」
この表現が一番的確なのである。

小さい食事制限のダイエットから、死へ向かう減量まで、
そう遠くはない。

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