Green W.

遅くなったけれど類、お誕生日おめでとう!(しかしいまだに話は総つく。しかも季節は12月・・・)

4.短編集【類×つくし】

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4-4.不可思議な関係

「それでね、なんかいつものようにけんかになっちゃって、カレとは目下冷戦中。

まったく、いっつもこのパターンなんだよね・・・。」

教授に頼まれて一年先輩で同じゼミに所属しているつくしを探していた桜子の耳に

飛び込んできたのは、まさに今、捜索中の人物のうんざりしたようなセリフ。

もっともターゲットは彼女の予想通り、いつものように類と仲良く中庭のベンチで

くつろいでいたので、発見するのはしごく容易なことだった。

中庭のベンチはいつのまにか大学に入ってから二人の指定席となっている。

穏やかな晩秋の日ざしの中で交わされている会話も、桜子の想像があたっていれば、

これまでに何度となく二人の間で繰り返された内容のはずだった。

あまり行儀のいいこととは言えないのを承知の上で、この二人の関係に常日頃から

興味津々の桜子は、しばし事の成り行きを見守ることにした。

「今のカレだって、最初は一生懸命がんばってる君がかっこいいと思う・・・

なんて言ってのに。」

口をとがらせながら大学に入ってから何人目かの彼氏との恋愛相談を類にするつくし。

客観的かつ冷静に判断すれば、色恋の話なら総二郎やあきらにすべきで、誰が見ても

明らかに選択ミスだと思われるシチュエーション。

そのアンバランスさもさることながら、つくしの愚痴を顔色一つ変えるでもなく

穏やかに聞いている類の神経の太さに桜子は呆れていた。

彼女の知る限り目の前の男は、あっけらかんと恋愛相談をしているつくしに数年に

わたって恋心を抱いているはずなのだ。

「やっぱりデートよりバイトを優先するような女、だめなのかなぁ・・・?」

そう言いながら、小首をかしげて類の顔を覗き込む。

 男を誘う計算とかまどろっこしい小細工をするような性格ではないから、無意識ゆえの

媚態のはずだが、ずいぶんあざとい動作だと桜子は思った。

「そうかな。俺はそういう牧野が好きだけどね。」

 もっとも対する類は、告白とも取られかねない直球を投げかえす。

 おまけに滅多に見ることのないにこやかな笑顔が追加され、つくしの頬がぽおっと

赤らんだ。

 これで話している内容が、つくしの恋愛相談だというのがどうにも偽善っぽい。

 バイト云々よりも、あなた達のその関係が一番の問題だと思いますけどね・・・

などと本人たちには絶対に言わないセリフを心の中でつぶやきつつ、桜子は二人の座る

ベンチに近づいていった。

 怖いもの知らずの彼女をもってしても侵しがたい雰囲気をかもし出している二人の

空間だが、忙しい教授をこれ以上待たせるわけにはいかない。


「お話中、お邪魔して申し訳ありませんけれど、先輩、山西教授が教授室にお呼びです。」

「あ、そう?すぐ行く。ありがとう、桜子。じゃあ花沢類、また今度ね。」

 
 あわただしく荷物をまとめて席を立ったつくしが去っていくと、類はいつもの

無表情にもどり傍らに置いてあったペーパーバックに手を伸ばす。

 明らかに桜子は「招かれざる客」であるが、それを気にするでもなく、ごく自然に

つくしのすわっていた場所よりも少し離れて同じベンチに腰掛けた。

「よくあきませんね、恋愛相談。」

 桜子は答えを期待しないまま、目の前の彫刻のように無表情な美貌を見つめた。

 つくしが類に恋愛相談をするようになってから、桜子はこうしてたまに彼に声を

かけるようになっていた。

 それは、不思議な関係を続ける二人に対する純粋な興味だ。

 むろんおせっかいで鈍感なつくしに幸せになってほしい・・・という桜子なりの

純粋な願いもあるのは言うまでもない。


 最初の頃はまったく桜子を相手にしなかった類も、最近ではあきらめの境地に

はいったのか、めんどくさくなったのか、その日の機嫌に応じて適当に反応を返したり、

返さなかったり、無言で立ち去ったり・・・と若干の反応を返すようになっている。

 といっても、よほど気が向いたときだけ一言二言桜子の質問に返事をするという

俺様な態度ではあったが。

 本日の王子様のご機嫌は、桜子と言葉を交わすほどよくなかったのか、はたまた

答える価値はなしと判断したのか、まったく反応することなく、ペーパーバックの

しおりが挟まれていたページに目を走らせている。

 たしかそのシルバーの繊細なすかし模様のしおりは、相変わらず貧乏生活を続けている

つくしが、なけなしのバイト代で類に贈ったバースデープレゼントだ。

 自分のセンスに自信が無いから・・・とつくしに頼まれて百貨店についていった

桜子はその時のことをよく覚えている。

 限られた予算のなかで、類のイメージに合うものを探すんだとはしゃいでいたつくし。

 その様子はまるっきり恋する乙女のそれだったんですけどね、なんてことを目の前で

シカトを決め込む愛想なしに伝える気はない。


「ちょっとはお相手に嫉妬したり、先輩の鈍感さにイラっとすることはないんですか?」

 桜子がそう言うのも無理は無い。

 高校を卒業してまもなく司と別れたつくしは、そのダメージから立ち直るまでに

一年近くかかった。

 そして、約1年後、ある日とつぜん仰天するような宣言をして、桜子達を唖然と

させたのだ。

 曰く。

 『陽だまりのように穏やかな人と普通の恋愛をする。』


彼女の性格と周りの状況から考えて、果たしてそんなことは絶対ありえないだろうと

高をくくっていた周囲の予測をよそに、つくしはその後、さわやかスポーツ青年、

やさしくて包容力のあるお兄さん、ちょっとやんちゃなガキ大将・・・などなど、

タイプの差こそあれ、顔も性格も十人並みという世間で言うところの

『けっこういい奴』と次々とつきあいはじめた。

 親友でもあり、付き合いが一番長い優紀が

「もともとつくしの好きになる人は、そういう普通の男の人だったんですよ。」と

彼女の変化を喜んでいたのもつかの間。

 いかんせん、そのお付き合いは長くは続かない。最長で3ヶ月。短くて2週間。

 桜子の察するところ、そのいずれも『清い交際』のまま終わってるようであるのが

つくしらしいといえばらしい。


 別れの原因をまとめると、以下の通り。 

  3位 相手の束縛がきびしい。 

  2位 つくしが彼氏をないがしろにしすぎ 

 そして見事第1位に輝いたのが、花沢類との関係が怪しすぎる、だ。

 桜子に言わせれば、いくらつくしが平凡でありきたりな恋愛を望んでいると口では

言っていても、司のような圧倒的な個性を持った人間とジェットコースターのような

恋愛を経験した後、総二郎の人間離れした色香に真近で接し、さらに完璧に気配りの

行き届いたあきらにエスコートされ、120パーセントの理解者である類に見守られて

いたら、絶対にそこらのちょっとイケてる程度の男たちに満足できるはずもないのは、

あまりにも当たり前のこと。

 しかもその彼らがいずれも顔も財力も知性も超一級の極上の男たちときている。

 敬愛するつくしのこととはいえ、無いものねだりというにはあまりにも贅沢すぎる

話ですよね、と思わず皮肉な目で見てしまう桜子だ。


「うるさくするんなら、アッチに行ってくれる?」

 ペーパーバックに視線を落としたまま、類が言い放った。

 そんな不機嫌な様子にすらなれたもの・・・とばかりに、桜子は無視する。

「私だったら、もうそろそろいい加減そんな不毛なことはやめて、さっさと自分に

しておいたらって言いますけどね。」

 傍から見ていたら、あきらかにつくしは類に特別な感情を持っている。

 それはおそらく、恋と言ってもさしつかえない感情。

 それをおそるべき忍耐強さと鋭い観察力を持って、長きにわたりつくしを見守り

続けているこの男が気づいていないはずが無い。


 「時間が必要だから、いいんだよ。」

 珍しくうるさそうに答えた類の言葉を、桜子は反芻する。

 時間が必要・・・とはどう意味なのかと。

 単純に考えれば、司との恋愛で傷ついたつくしがその親友である類と恋をすることを

自分に許すのに必要な時間・・・と取れる。

 常識的にみればそれだけの月日は十分にたっているはすだ。

 けれど牧野つくしという女は、そういうことに関しておどろくほど潔癖なところ

のある融通の利かない性格の持ち主だった。


 だがきっと・・・、と桜子は思い直す。

 もちろんそういう意味もあるだろうが、いつも夢うつつの世界をさまよっているように

見えて実はけっこう冷徹に計算することもできる類のことだから、もっと先のことを

見据えているような気がしてならない。

 親友が犯した過ちを自分が繰り返さないように。


「ずいぶんと余裕ですね。絶対にいつかは自分のところに先輩が戻ってくるっていう

自信がおありなんでしょうけど・・・ひょうたんから駒で、お付き合いされてる

『陽だまりのような普通の相手』と本気で恋愛して何かの弾みで結婚とかされたら、

どうなさるんです?」

 そう。

 人の運命なんて、わからないものだ。

 つくしに対して絶対的な自信をもっているらしい類がどこか憎たらしくて、桜子は意地の

悪いことを言ってみた。

 けれど類に動じる様子はない。

「・・・余裕なんてないけどね。でもそうなったら、またいつか牧野が戻ってくるのを

待つよ。何年でもね。」

 あっさりそう言ってのけた類に桜子は唖然とした。

「・・・今にはじまったことではないですけど。

 あきれるぐらいしつこい性格ですね。

 一歩間違えたら、ストーカーか犯罪者ですよ。

 もしくはとんでもなく被虐的なドM体質か。」

 つきあいきれないと桜子が席を立とうとした瞬間、類が珍しく目を合わせて

不思議なほど静かな表情で言った。

「別にしつこくもマゾでもないよ、俺は。ただ、運命の女に出会ったから仕方がない。

ただそれだけ。」

 そして再びペーパーバックに目を落とした類。

 もう二度と桜子のほうは見ない。


 運命の女に出会ったのだと、ひたすら一人の女を追い、報われぬ思いを抱き続ける類と、

いまだ恋愛対象の相手すら見つけられない自分と・・・

どちらが幸せなのだろうかと、

複雑な思いを抱きながら桜子はそっとその場を離れたのだった・・・。


【Fin】

4-3.桜色

「みてみて、花沢類!桜が綺麗に見えるよ!」

 淡く薄紅のモヤがかかっているかのようにも見える校庭の桜並木を見下ろして、

牧野がおおはしゃぎしている。

 今日は彼女の卒業式。

 式が終わった後、二人でこっそり非常階段で待ち合わせした。

 三条にむりやり着付けされたと、照れたように言う彼女の今日の衣装は、細かい桜の

花びらが染め抜かれた朱鷺色の江戸小紋に鶯色のはかま姿。

 サイドの髪を着物と同じ色のリボンでとめた姿は、昔の女学生みたいに本当に

かわいらしくて、殺風景な非常階段にぱあっと華やかな光が舞い降りたよう。

 あんたがどんな格好をしていても、俺にとっては基本的にそんなに重要なことじゃ

ないけれど。

 でも、やっぱりそんな姿をしていると、この腕の中に抱き込んで一生閉じ込めて

しまいたいと、かなわぬ願いを持ってしまう。


「牧野つくし、無事、高校を卒業しました!」

 卒業証書を見せながらおどけたような口調でまっすぐに俺を見つめる牧野は、

やっぱりとても綺麗だ。

 俺の心を虜にしたまま、彼女は明日、アメリカへ旅立っていく。

「卒業、おめでと。」

「ちゃんと卒業するなんて、夢みたいだよ!」

 そういいながらキラキラ微笑む牧野。

「なんだか、あっと言う間だったなぁ・・。初めてここで花沢類と話したこと覚えてる?」

 その時のことを思い出したのか、牧野はクスクス笑ってる。

 もちろん、俺だって忘れてない。

 あんな強烈な登場の仕方、あんた以外の誰ができると思う?

「いろいろあったよねぇ。やっぱりあたしは、今でもここが学校の中で一番好きな場所だよ。

ここで花沢類に会って、励まされて、恋して、失恋して、親友になって・・・。」

 遠くを見るように一つ一つの出来事を口にする牧野。

 いつもちょっとどこかずれていた、俺と牧野の時間軸。

 そのことに痛みを感じるのも、きっと今日が最後。

「そうそう、花沢類にこれを渡そうと思ってたんだ。」

 そう言いながら巾着から彼女が取り出したのは、掌にちょっと余るぐらいの、きれいに

ラッピングされた細長い箱。

 開けていい?とたずねると、恥ずかしそうに頷いた。

 包装紙をはがしてみると、現れたのはカワセミ色の万年筆。

「ちょっと早いけど・・・お誕生日おめでとう、花沢類。」

 ・・・覚えていてくれたんだ。

 うれしくて、そのくせなぜか哀しくて、言うべき言葉がみつからない。

 光沢のある蒼色が、目にしみる。

 じっとそのまま万年筆をみつめていると、牧野があわてたように言った。

「え・・・ええと!気に入らなかったら使わなくていいから!ほら、安物だ・・・

し・・・?」

 次の言葉を聞く前に、俺は牧野をしっかりと抱きしめていた。

 突然の俺の行動に、牧野が慌ててるのは百も承知。
 
 だけど、ごめん。

 なんで俺はこんなにあんたのことが好きなんだろう。

 それなのに、なんであんたはアメリカにいっちゃうんだろう。

 他の男のところへ。

 俺の、親友のもとへ。


「・・・花沢類?」


「うれしくって、泣きそう。」

 本当のことは言えない。

 だから抱きしめたまま、彼女の髪に顔をうずめるようにして、半分だけ真実を言葉にする。

 それから。

「・・・気をつけて。幸せに、ね。」

 時間にしたらきっと、ほんの数秒の抱擁。

 精一杯の祈りをこめて、最後にぎゅっと腕に力をこめた後、俺は彼女から身体を

引き剥がした・・・

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


「・・・い・・・類!・・起きないと風邪ひくよ!」

 目の前が真っ暗になるような混乱から救い出してくれたのは、声にすら太陽の

明るさを宿しているような、いとしい人。

ぼんやりとした頭のまま、ゆっくりと目を開けると、澄んだ瞳が目の前にある。

「・・・類、いくらあったかくなってきたからって、こんなところで寝ちゃだめじゃない。」

 ハラハラと薄桃色の花びらが俺と彼女の間に何枚も何枚も舞い落ちてくる。

 ああ・・・そっか。

 久々の休日。

 あまりにも家の庭に咲いた桜がきれいだったから、芝生の上で寝転びながら

眺めているうちに寝ちゃったらしい・・・。

 桜の木の下で、よみがえった昔の記憶。

 今となっては、懐かしい思い出。

 でも。

 その時感じた喪失感だけは、夢から覚めた今も忘れようがないほど生々しい。

 確かな証が欲しくて、目の前の柔らかな肢体を強引に腕の中に倒れこませた。

「・・ち・・・ちょっと!類!?」

 戸惑ったような声とトクトクと脈打つ彼女の鼓動を感じ、安心する。


「つくし。おかえり。」

「・・・・・?・・・類、ちょっと。まだ寝ぼけてる?」

「寝ぼけてないよ、奥さん。」

「こら、類!だから、かぜひくから!」

 つくしはまだ暴れているけど。

 その感触すら愛おしい。

 降りしきる花吹雪の下、暖かな身体をじっと抱きしめたまま、俺はそっと微笑んだ。

                <Fin>

4-2.Fever 【後編】

 診断結果はただの風邪で、注射を打ってもらった牧野を家につれて帰った。

 家に帰ってから熱がさらに上がったみたいで、呼吸するのも苦しそう。

 そんなになってもまだ「バイトが・・・」とか言ってるから、ちょっとムカついて、

目の前で無理やり携帯を奪いとって、バイト先に休むと連絡をした。

 そこまでされてやっとあきらめたみたいで、ベットに横たわってぐったりとしてる。

 だいたいそんなに調子悪いなら、学校なんか来ちゃだめだと思うのに。

 どこまで無茶をすれば気が済むんだろう。

 「ごめんね・・・花沢類。」

 その上、苦しそうな声でまた遠慮している。

「いっつも花沢類には助けてもらってばっかり。」

 そんなことをかすれた声で言いながら、熱に潤んだ目で俺を見るから、不謹慎にも

自分の中に熱が生まれたのがわかった。

 あまりにも言い尽くされたことだけど、熱で赤みを増して、涙目でぐったりと

横たわる姿は、色っぽく見えてしまう。

 病人相手に、さすがにそれはシャレにならないから。

 高まりそうになる欲をごまかすためにちょっと不機嫌を装う。

「そんなに俺に悪いと思うんだったら、ちゃんとしんどいときは無茶しないで休んでよ。

それから、苦しいときには助けてって言いな。」

 俺がこんなに必死に努力しているのに。

 彼女はさらに俺をあおるのをやめようとしない。

「あたしを助けてくれるのは、いっつも花沢類で。支えてくれるのも花沢類で・・・。

あたしはいったい誰と付き合っているんだろうって思う。」

 苦しそうに言う牧野に錯覚しそうになる。

 ねえ、俺はほんとにあんたが好きなんだから・・・そんな風になけなしの理性を

試すようなマネ、やめてほしい。

「牧野、しんどいくせにしゃべりすぎ。もう黙って。」

 それでもわからずやの目の前の愛しい人は黙ってくれない。

「このごろ、何かあると花沢類に頼ろうとしてる自分に気づくの。・・・今日だって、

しんどいってわかってたのに、あそこに行けば花沢類に会えるからと思って・・

気がつくと学校に行ってた。」

 
 牧野、自分が言ってる言葉の意味わかってる?

 それじゃあ、まるで告白だ。


「・・・あたしは、ほんとはずっとずるい女なんだ・・。」

 そうだね・・・あんたはほんとにずるいよ。

 俺は牧野のことなら、司より、それこそ牧野自身よりもわかってしまう。

 あんたが自分でも心の奥底に押し込めて気づかないようにしている感情ですら。

 今だって、体が弱ってて、司と思うように連絡取られないから、寂しくて、

弱気になって俺を必要だと錯覚しているだけ。

 元気になったら、そして司が目の前に現れたら、まるで磁石に引き寄せられる鉄のように

あいつのところに行くくせに。

 でも、そうだとわかってていても、俺はあんたのためなら何だってしたいと思うんだ。

 惚れた弱みってやつ?



 牧野の黒い瞳が俺を見つめている。

 現実と夢の境目をさまようような危うい瞳で。

 本人が自覚しないまま、甘えたい、抱きしめてほしいって訴えてくる。

 誰だってたまらなく寂しくなる時や人の体温が恋しくなることがあるのに、

普段はじっとそれを押し殺して、こんな風に弱ってガードが緩んだときでしか、

本音の出せないかわいそうな牧野。

 

 俺は彼女の目が命ずるままに、傍らに近づいた。

 そのまま、彼女の顔の横に手をついて覆いかぶさりながら、体重をかけないように

小さな体をすっぽりと腕の中に収める。

 牧野が黙ったまま無垢な顔して俺に問いかけてくるから、そっと彼女の頬を包んだ。

「大丈夫。これは、夢だから。あんたは好きなだけ、俺に甘えていいんだよ。」

 牧野が何も余計なことを考えないように、免罪符を掲げる。

 俺のいつわりの呪文に安心したかのように、彼女がふっと息を吐いた。

 その吐息に誘われるように、熱で少しあれた唇にそっと口づけする。

 熱い、熱い、牧野の体。

 汗ばむ肌がしっとりと手に吸い付く。

 なんてあったかくて心地いい手触りなんだろう。

 反対に、俺の体が彼女の熱を冷やしてくれればいい。

 少しでも、牧野が楽になるように。

 いつの間にか目を閉じていた牧野も、ゆるやかに俺に応えていた。

 俺もあんたと同じぐらいにずるいから。

 牧野が望むなら全部、熱の見せた幻にしてあげる。

 あんたのためなら、俺は何だってできるから。


              <Fin>

4-1.Fever 【前編】

 一年遅れで牧野が英徳大学に入学してきた。

 司がアメリカで生活を行っている今、二人は4年後の約束を果たすために遠距離恋愛中。

 彼女がまだ高校生だったときだって何かと理由をつけては会っていたけど、おなじ

学部を選択した俺たちの距離は必然的に近づいていた。

 意外にも成績がよかったらしい牧野は、英徳に特待生として入学していて、

授業料は免除。

 若干の奨学金も出てるらしいけど、一人暮らしの彼女は生活費を稼ぐためにあいかわらず

アルバイトにいそしんでいる。

 俺にしてみれば、もっと司に甘えればいいと思うんだけど、そうはいかないと牧野は

言い張っているらしい。

 ほんとに頑固なんだから。



 大学入学後は、高校時代の非常階段が文学部の中庭のベンチに代わり、俺たちは

暇があればよくそこで一緒にすごした。

 俺にとっては楽しいひと時だったけど・・・日にちがたつにつれ、しだいに牧野の

顔から笑顔が消えているような気がして、それだけが気がかりだった。

 彼女は愚痴らしい愚痴を言わないけど、お互いに忙しい司と牧野に時差の壁と距離が

重くのしかかっているんだと思う。

 いつだったか、ポプラの葉が落ちるさまを二人で眺めながらベンチに座っていたとき、

牧野がポツリとつぶやいた。

「なんか寂しいね・・・」

 その一言を聞いたとき、思わず彼女を抱き寄せようとするのを我慢するのにどれだけ

忍耐力を要したか。




 そんなある日。

 いつものように牧野とベンチに座る。

「今日も寒いね、牧野。」

 そうは言ったものの、風は冷たいけど太陽の光が降り注ぐここはポカポカと暖かくて、

そんなに居心地が悪いわけじゃない。

「うーん・・・そうだよね・・・。」

 いつもの彼女らしくないその様子に、俺は違和感を覚えた。

 なんとなくぼんやりとした感じ。

「なんかあった?」

 横に座りながら牧野の顔を見る。

「昨日、道明寺から電話があってね・・・。夜中に5分だけ。道明寺はそのまま仕事

だったみたい。」

 まるでせりふの棒読みのような言葉。

 寝不足のせいかな・・・でも、それにしては様子がおかしい。

「司の電話、待ってて寝不足?」

「別にそんなつもりじゃないんだけど・・・。なんか24時間、寝てる間も携帯、気に

してる気がする。」

 そんなの、待ってないで自分からかければいいのにって俺は思うけど・・・。

 でも、それができない甘えべたな牧野。

 たまに見ててじれったくなる。

「そういうのって・・・結構つかれちゃうみたい・・・」

 らしくない弱気なセリフ。

「牧野、あんた、おかしくない?」

「そうかぁ・・・なんかぼおっとするけど。」

 やっぱりおかしい。

 額に手をやると、触れたところが燃えるように熱かった。

「すごい熱だよ。今すぐ病院行こう。」

 手のひらで感じたかぎりじゃ、相当な熱で。

 なんだってこんなところに座ってるんだよ。

 馬鹿なことするにもほどがある。

「あ、でも、この後バイトがあるから・・・。」

「そんなに熱があるのに、行けるわけないじゃん。」

 ぐずる牧野を無理やり引っ張って、病院に連れて行った。

 ほっとくと、どこまでも無茶をする牧野だから、時々こうして誰かが軌道修正して

やらなくちゃいけない。

 司の代わりに今その役目をしているのが、俺だった。

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