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「それでね、なんかいつものようにけんかになっちゃって、カレとは目下冷戦中。
まったく、いっつもこのパターンなんだよね・・・。」
教授に頼まれて一年先輩で同じゼミに所属しているつくしを探していた桜子の耳に
飛び込んできたのは、まさに今、捜索中の人物のうんざりしたようなセリフ。
もっともターゲットは彼女の予想通り、いつものように類と仲良く中庭のベンチで
くつろいでいたので、発見するのはしごく容易なことだった。
中庭のベンチはいつのまにか大学に入ってから二人の指定席となっている。
穏やかな晩秋の日ざしの中で交わされている会話も、桜子の想像があたっていれば、
これまでに何度となく二人の間で繰り返された内容のはずだった。
あまり行儀のいいこととは言えないのを承知の上で、この二人の関係に常日頃から
興味津々の桜子は、しばし事の成り行きを見守ることにした。
「今のカレだって、最初は一生懸命がんばってる君がかっこいいと思う・・・
なんて言ってのに。」
口をとがらせながら大学に入ってから何人目かの彼氏との恋愛相談を類にするつくし。
客観的かつ冷静に判断すれば、色恋の話なら総二郎やあきらにすべきで、誰が見ても
明らかに選択ミスだと思われるシチュエーション。
そのアンバランスさもさることながら、つくしの愚痴を顔色一つ変えるでもなく
穏やかに聞いている類の神経の太さに桜子は呆れていた。
彼女の知る限り目の前の男は、あっけらかんと恋愛相談をしているつくしに数年に
わたって恋心を抱いているはずなのだ。
「やっぱりデートよりバイトを優先するような女、だめなのかなぁ・・・?」
そう言いながら、小首をかしげて類の顔を覗き込む。
男を誘う計算とかまどろっこしい小細工をするような性格ではないから、無意識ゆえの
媚態のはずだが、ずいぶんあざとい動作だと桜子は思った。
「そうかな。俺はそういう牧野が好きだけどね。」
もっとも対する類は、告白とも取られかねない直球を投げかえす。
おまけに滅多に見ることのないにこやかな笑顔が追加され、つくしの頬がぽおっと
赤らんだ。
これで話している内容が、つくしの恋愛相談だというのがどうにも偽善っぽい。
バイト云々よりも、あなた達のその関係が一番の問題だと思いますけどね・・・
などと本人たちには絶対に言わないセリフを心の中でつぶやきつつ、桜子は二人の座る
ベンチに近づいていった。
怖いもの知らずの彼女をもってしても侵しがたい雰囲気をかもし出している二人の
空間だが、忙しい教授をこれ以上待たせるわけにはいかない。
「お話中、お邪魔して申し訳ありませんけれど、先輩、山西教授が教授室にお呼びです。」
「あ、そう?すぐ行く。ありがとう、桜子。じゃあ花沢類、また今度ね。」
あわただしく荷物をまとめて席を立ったつくしが去っていくと、類はいつもの
無表情にもどり傍らに置いてあったペーパーバックに手を伸ばす。
明らかに桜子は「招かれざる客」であるが、それを気にするでもなく、ごく自然に
つくしのすわっていた場所よりも少し離れて同じベンチに腰掛けた。
「よくあきませんね、恋愛相談。」
桜子は答えを期待しないまま、目の前の彫刻のように無表情な美貌を見つめた。
つくしが類に恋愛相談をするようになってから、桜子はこうしてたまに彼に声を
かけるようになっていた。
それは、不思議な関係を続ける二人に対する純粋な興味だ。
むろんおせっかいで鈍感なつくしに幸せになってほしい・・・という桜子なりの
純粋な願いもあるのは言うまでもない。
最初の頃はまったく桜子を相手にしなかった類も、最近ではあきらめの境地に
はいったのか、めんどくさくなったのか、その日の機嫌に応じて適当に反応を返したり、
返さなかったり、無言で立ち去ったり・・・と若干の反応を返すようになっている。
といっても、よほど気が向いたときだけ一言二言桜子の質問に返事をするという
俺様な態度ではあったが。
本日の王子様のご機嫌は、桜子と言葉を交わすほどよくなかったのか、はたまた
答える価値はなしと判断したのか、まったく反応することなく、ペーパーバックの
しおりが挟まれていたページに目を走らせている。
たしかそのシルバーの繊細なすかし模様のしおりは、相変わらず貧乏生活を続けている
つくしが、なけなしのバイト代で類に贈ったバースデープレゼントだ。
自分のセンスに自信が無いから・・・とつくしに頼まれて百貨店についていった
桜子はその時のことをよく覚えている。
限られた予算のなかで、類のイメージに合うものを探すんだとはしゃいでいたつくし。
その様子はまるっきり恋する乙女のそれだったんですけどね、なんてことを目の前で
シカトを決め込む愛想なしに伝える気はない。
「ちょっとはお相手に嫉妬したり、先輩の鈍感さにイラっとすることはないんですか?」
桜子がそう言うのも無理は無い。
高校を卒業してまもなく司と別れたつくしは、そのダメージから立ち直るまでに
一年近くかかった。
そして、約1年後、ある日とつぜん仰天するような宣言をして、桜子達を唖然と
させたのだ。
曰く。
『陽だまりのように穏やかな人と普通の恋愛をする。』
彼女の性格と周りの状況から考えて、果たしてそんなことは絶対ありえないだろうと
高をくくっていた周囲の予測をよそに、つくしはその後、さわやかスポーツ青年、
やさしくて包容力のあるお兄さん、ちょっとやんちゃなガキ大将・・・などなど、
タイプの差こそあれ、顔も性格も十人並みという世間で言うところの
『けっこういい奴』と次々とつきあいはじめた。
親友でもあり、付き合いが一番長い優紀が
「もともとつくしの好きになる人は、そういう普通の男の人だったんですよ。」と
彼女の変化を喜んでいたのもつかの間。
いかんせん、そのお付き合いは長くは続かない。最長で3ヶ月。短くて2週間。
桜子の察するところ、そのいずれも『清い交際』のまま終わってるようであるのが
つくしらしいといえばらしい。
別れの原因をまとめると、以下の通り。
3位 相手の束縛がきびしい。
2位 つくしが彼氏をないがしろにしすぎ
そして見事第1位に輝いたのが、花沢類との関係が怪しすぎる、だ。
桜子に言わせれば、いくらつくしが平凡でありきたりな恋愛を望んでいると口では
言っていても、司のような圧倒的な個性を持った人間とジェットコースターのような
恋愛を経験した後、総二郎の人間離れした色香に真近で接し、さらに完璧に気配りの
行き届いたあきらにエスコートされ、120パーセントの理解者である類に見守られて
いたら、絶対にそこらのちょっとイケてる程度の男たちに満足できるはずもないのは、
あまりにも当たり前のこと。
しかもその彼らがいずれも顔も財力も知性も超一級の極上の男たちときている。
敬愛するつくしのこととはいえ、無いものねだりというにはあまりにも贅沢すぎる
話ですよね、と思わず皮肉な目で見てしまう桜子だ。
「うるさくするんなら、アッチに行ってくれる?」
ペーパーバックに視線を落としたまま、類が言い放った。
そんな不機嫌な様子にすらなれたもの・・・とばかりに、桜子は無視する。
「私だったら、もうそろそろいい加減そんな不毛なことはやめて、さっさと自分に
しておいたらって言いますけどね。」
傍から見ていたら、あきらかにつくしは類に特別な感情を持っている。
それはおそらく、恋と言ってもさしつかえない感情。
それをおそるべき忍耐強さと鋭い観察力を持って、長きにわたりつくしを見守り
続けているこの男が気づいていないはずが無い。
「時間が必要だから、いいんだよ。」
珍しくうるさそうに答えた類の言葉を、桜子は反芻する。
時間が必要・・・とはどう意味なのかと。
単純に考えれば、司との恋愛で傷ついたつくしがその親友である類と恋をすることを
自分に許すのに必要な時間・・・と取れる。
常識的にみればそれだけの月日は十分にたっているはすだ。
けれど牧野つくしという女は、そういうことに関しておどろくほど潔癖なところ
のある融通の利かない性格の持ち主だった。
だがきっと・・・、と桜子は思い直す。
もちろんそういう意味もあるだろうが、いつも夢うつつの世界をさまよっているように
見えて実はけっこう冷徹に計算することもできる類のことだから、もっと先のことを
見据えているような気がしてならない。
親友が犯した過ちを自分が繰り返さないように。
「ずいぶんと余裕ですね。絶対にいつかは自分のところに先輩が戻ってくるっていう
自信がおありなんでしょうけど・・・ひょうたんから駒で、お付き合いされてる
『陽だまりのような普通の相手』と本気で恋愛して何かの弾みで結婚とかされたら、
どうなさるんです?」
そう。
人の運命なんて、わからないものだ。
つくしに対して絶対的な自信をもっているらしい類がどこか憎たらしくて、桜子は意地の
悪いことを言ってみた。
けれど類に動じる様子はない。
「・・・余裕なんてないけどね。でもそうなったら、またいつか牧野が戻ってくるのを
待つよ。何年でもね。」
あっさりそう言ってのけた類に桜子は唖然とした。
「・・・今にはじまったことではないですけど。
あきれるぐらいしつこい性格ですね。
一歩間違えたら、ストーカーか犯罪者ですよ。
もしくはとんでもなく被虐的なドM体質か。」
つきあいきれないと桜子が席を立とうとした瞬間、類が珍しく目を合わせて
不思議なほど静かな表情で言った。
「別にしつこくもマゾでもないよ、俺は。ただ、運命の女に出会ったから仕方がない。
ただそれだけ。」
そして再びペーパーバックに目を落とした類。
もう二度と桜子のほうは見ない。
運命の女に出会ったのだと、ひたすら一人の女を追い、報われぬ思いを抱き続ける類と、
いまだ恋愛対象の相手すら見つけられない自分と・・・
どちらが幸せなのだろうかと、
複雑な思いを抱きながら桜子はそっとその場を離れたのだった・・・。
【Fin】
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