こころ(いのち)の糧

心にとまった言葉・・・聖書から そして 日々の出会いから

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 お薦めといっても この本はまだ読んでいないのですが・・・

 大切な読書友達である「てんこさん」のブログから 書き抜き部分を転載させていただきます

 この本の 最終部分から

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「人は少々ブルーな気分で、適度な寂しさを抱えながら生きるのがいい。

 そんな日々の中でこそ、もう一人の人との出会いが何ものにも代えがたい温もりになるし、

 道端の緑の芽吹きに奇跡を感じることが出来るようになる。

 家族に包まれることは恵みだが、家族の温もりに酔うのは危険である。

 人は人の群れの中で、真の孤独を感じる。

 そしてその孤独の痛みが、他人との関係を大切にさせる。
 
 家族の中で人は孤独を知り、他人を求める自己を知る。」

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 家族と共依存について 辛口に描かれているということです

 他の 斉藤 学氏の著書と 同時に 信田さよ子氏の著書も読んでいたので

 結構きつかったですが、↑の言葉に 

 てんこさん 同様 救われたような納得したような そして、医師でもカウンセラーでもない

 一人間 斎藤 学氏に 感動を覚えるのでした

 酔う心・・・思春期の子供たちは常に紙一重の場所に立っている

 ぎりぎりのところで病理の陶酔に接触せず 最高に輝く友情・知力体力の極限の成果をえて

 あらん限り 人生最大の成長を遂げていく

 どこに手を差し伸べ どこで手を引いて見守っていくのか・・・

 
 日記等に書きましたけど それでも 信じることですね

 ご飯を食べて 睡眠をとっているだけで 

 体も脳も強制成長しているんですから彼らは( ̄∇ ̄;)ハッハッハ

 食べても寝ても もう細胞は衰えるばかりの私が 

 できるのは 明かなる危険を知らせることぐらいで・・・

 なんていることも 極限に悩みながら 藁をもつかむ思いで いくつかの本も読み

 それなりに格闘してから思うんですよね〜

 それにしても もともと斎藤 学氏も信田氏も 主治医の紹介でもあるし

 いつも 本当に素敵な刺激に満ちている「てんこ」さんとの出会いと交流といい

 こんな私によくもあきれもせず 恵みをくださる 主に感謝です

 
 その名のとおり ゴッホの書簡(彼の最大の支援者弟テオへの手紙)を紹介しながら

 ゴッホの「生」と「死」そしてゴッホの「描く」姿を見つめた作品

 角川文庫のものを読みました



 印象深いのは

 ルノワールによるゴッホ評

 「画家と言われるのには、腕達者な職人では足りない。
 絵というものは、絵描きが好んで、
 自分の絵の機嫌をとっているということが分かるような絵でないといけない。
 ゴッホに欠けているのは、そういうところだ。
 彼の絵をすばらしいというのを耳にするが、
 彼の絵は、恋しい人を愛撫するような具合に、絵筆で可愛がられていない。」

 というもの 

 生きているうちに成功した(小林曰く)画家中の画家・・・大家の評である

 ゴッホの評としては もっともだということのほかに
 ルノワールとは そうか そうだったのだ・・・


 そして もうひとつは 巻末の小林氏と青山二郎氏の対談のなかでの
 小林氏のゴッホ

 「ゴッホという人はキリストという芸術家にあこがれた人なんだ。
 最後にあすこなんだよ。
 キリストが芸術家に見えたのだ。
 それで最後はあんなすごい人はいないと思っちゃったんだ。
 だから絵の中に美があるだとかそういうものが文化お言うものかもしれないしさ、
 だけどももしそんなものがつまらなくなれば、自分自身が高貴になればいいんだよ

 絵なんかいらない。
 一挙手一投足が表現であり、芸術じゃないか、そういう風なひどいところに陥ったので、
 自殺した
 と僕は思ってる。僕はそれが書きたいと思ってる。」

・・・・・・・中略

 「何のためにパレットを人間が持たなければいけないのだ。絵の具を混ぜなければいけないのだ。
 人間が一番大切なものを表現するのに、どうしてそんな回りくどい手段をとるのか、
 キリストみたいに一目でもって人が癒されればいいじゃないか。
 何で手がいるんだい、道具が要るんだい、ゴッホはそういうところまで来たんだよ。
 だけれどそれがゴッホの運命さ。そんなことはゴッホはとてもよく分かっていたけれども、
 どうすることも出来なかったんだよ。」

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 最高の美とは キリストの愛

 ・・・信仰と希望と愛・・・この中で もっともおおいなるものは 愛である
 (コリント13章13節)

 たといわたしが、人々の言葉や御使いたちの言葉を使っても、もし、愛がなければ、
 やかましい鐘や騒がしいによう鉢と同じである。
 (コリント1 13章1節)

::::::::::::::::::::::::::::::::::

 ゴッホは母の蔵書である美術全集でかなり小さいときから見ていた
 ルノワールもモネもゴーギャンもセザンヌも

 ゴッホは好きな画家だった 
 画家はどんな人であったのかなんて知らなかった

 色が好きで 絵の具を混ぜているときが幸せで

 そんな子供だった

 よく絵を見に行くと 一筆一筆に対象物への愛情や 描く喜びを感じることがある

 そういうことが描くことだった


 祖父の絵を描いておきたいと思った直後 祖父は自殺した

 思えばそれから ほとんど描いていない

 本物のゴッホの絵は 一枚しか見ていない

 それは・・・美術全集の絵とは全く違ったものだった
 
 一筆一筆が胸を締め付けた・・・なぜ?

 この本を読んで 少しなぞが解けて垣間見えた気がした
サブタイトルは
―18歳ですべての記憶を失くした青年の手記
坪倉 優介 著
(幻冬舎文庫) (文庫)

だいぶ前である 少なくとも5・6年前に
TVドラマで見ました 
確かテレビ朝日 主演 オダギリジョー

原付バイクで通学途中に交通事故にあい 頭部損傷

家族の顔や名前どころか
食べること 服を着方 数の概念 あらゆる記憶をなくしてしまった少年

18歳までは 目立ちたがり屋 いい加減 わがままな少年が
母親の愛によって生まれたばかりのような状態から
生きることを学び 唯一残っていた 「絵を描くこと」の記憶を開花させ
人として生きていく方法を0から学び取り
就職するまでの実話を 

人間とは「自分」を失ったとき かくも純粋な生き物であるのか
また 生きなおせるという現実
そして この世の中に母親の愛情ほど 
生きるために必要かつ有効なものはないことを物語っている作品です

ビデオを撮ってなかったのが残念!
もう一度みたいです

本「イエスの生涯」

 クリスチャンの方々からは賛否両論あるかもしれませんが
 
 遠藤周作が11才で受洗してから生涯をかけて 己の信仰を問い続けた末の作品

 イエスが「人」として生きた30余年の生涯を追っています

 そして 遠藤周作は予告どおり 次作「キリストの誕生」へと書きつなぎます




 
 イエスは確かに実在していた人物であった
 
 神の愛 愛の神を一人説いた人であった

 確かにイエスと実際とともに一時期を生きた証人たちの

 現実と事実を超えた「真実」の教えが聖書であるという証の書だと思います

 さて クリスチャンではない方に向けてかかれたこの本をどう読まれるのか?

 信仰暦浅い私が最後のページを閉じてはまた表紙を開く愛読書です

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