こころ(いのち)の糧

心にとまった言葉・・・聖書から そして 日々の出会いから

マザーテレサから

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今日心に留まったのは

 私がお願いすること。

 飽くことなく与え続けてください。

 しかし残り物を与えないでください。

 痛みを感じるまでに、自分が傷つくほどに与えつくしてください。


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 痛みを感じるほど 傷つくほど・・・に

  

マザー五つの沈黙

 沈黙は、祈りの美しい実です

 私たちは言葉の沈黙だけでなく

 心の沈黙 目の沈黙 耳の沈黙 精神の沈黙

 私が五つの沈黙と呼んでいるこれらの沈黙を身につけなくてはなりません

 さあ、あなたの5本の指を使って言ってみて、そして覚えてください

                                By マザーテレサ


 朝 目が覚めた瞬間から 祈りの時間を持つこと

 今心にあるもの 今目の前にあるもの 今聞こえていること 今考えていることから離れること

 それが御心を知ること・・・なのでしょうか?

 自分自身の姿を見る方法であり あるがままの小さな小さな私を主に差し出す方法なのでしょうか?

 「五つの沈黙」わたしも心して身につけたいと切に思うのです

心の飢え

  「飢えている人がいます」


 でもそれは、パンがないためではありません

 愛、思いやりへの飢え、だれかの「自分」でありたいという思いがみたされない飢えなのです

 裸の人もいます

 服がないということではありません

 見ず知らずということだけで、やさしい心づかいをしめしてもらえないという意味で裸なのです

 でも、それらの人びとに話すことはできるだけ少なくしましょう

 説教してきかせても、それは人とふれあう場にはなりません

 ほうきをもってだれかの家をきれいにしてあげてごらんなさい、そのほうがもっと雄弁なのですから

最大の病 最大の悪

今日の最大の病気は、らいでも結核でもなく、自分はいてもいなくてもいい、だれもかまってくれない、みんなから見捨てられていると感ずることである。

 最大の悪は、愛の足りないこと、神からくるような愛の足りないこと


マザーテレサ
主よ、私は思いこんでいました。

私の心が愛に漲っていると。

でも心に手を当ててみて、

本音に気づかされました。

私が愛していたのは、他人ではなく、

他人の中の自分を愛していた事実に。

主よ、私が自分自身から解放されますように。





主よ、私は思いこんでいました。

私は与えるべきことは何でも与えていたと。

でも、胸に手を当ててみて、

真実がわかったのです。

私の方こそ与えられていたのだと。

主よ、私が自分自身から解放されますように。





主よ、私は信じ切っていました。

自分が貧しい者であることを。

でも、胸に手を当ててみて、

本音に気づかされました。

実は思い上がりと妬みとの心に、

私がふくれあがっていたことを。

主よ、私が自分自身から解放されますように。


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マザーテレサのような方が このように思ったというのは・・・・

と思いましたけれど

彼女のような方だから このように自分の本音 

人であれば必ずや持ち合わせている思い上がりやねたみに気づけたのでしょうね〜

完全に開放されるのは・・・仏教なら悟りということになるのでしょうか?

人としてこの地上に生きる限りありえないことでしょうね

でも 何度も何度も自分を見つめ

何度も何度も祈り続けることで 神様が 都度 力を貸してくれるのだろうと

理屈ではわかりますが

↑のような物を文字で読まないと 

一人ではまさに迷える子羊

あっという間に道をそれてしまう・・・

さあ また一から出直しですね

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