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前回に引き続き、共済農場懇親会に出席してくれたなつかしいメンバーの一人を紹介しよう。
東京在住の小松 真君
大学4年生の彼はすでに大手企業への就職も決まり、今回久し振りの再会であった。
いつのことであったか思い出せないが「将来共済農場へ就職を希望するのなら、
民間会社に入って、しっかり世の中の事を勉強してから来て欲しい」と語った事があった。
高校の英語の先生のお父さんと、数学の先生のお母さんの影響でしょうか。
一時は教員への道を歩もうかと考えて事もあったらしいが、民間を選んでくれたという事に
将来に大いに期待しているところです。
その真君がまだ小学校に入るか入らないか位の頃から、よく当園にお父さんの夏休みを
利用して一緒に来ていた。
真君というとすぐ思い出すのは、虫が大好きで、よく昆虫の標本をつくっていた事。
また、当ジャム園のまわりは畑なので、甘いジャムの香りに誘われてハエが集まりやすいことに
頭を悩ませていた時、虫好きの彼に「ハエを100匹捕まえたらジャムを1つあげるよ」
と言ったら、1日も経たないうちにハエ100匹捕まえてきたという事があった。
確か小学校1〜2年生の頃だったろうか。
最終的に、滞在中ジャムを6〜7個ゲットして行ったように記憶している。
近年では高校を卒業した年、自分の将来をじっくり考えてみたいという事でアルバイトに来た。
ご両親と離れて初めて一人でのジャム園での暮らしだったと思う。
同じ年頃の仲間達の面倒を良く見てくれる頼もしい青年に成長していた。
そんな彼も、本人の志望とご両親の思いとが一致しないということに起因してか、
何回目から反抗期であったのか、家出をしてしまった。
お母さんからSOSの電話、あれは冬の凍てつく寒い頃であった。
話しでは「北海道へ渡ったらしい」という事。
アルバイト当時は少し年上のお姉さん方に「まこっちゃん」と可愛がられていた事を思い出し、
その時のアルバイト仲間達に当たってみたところ案の定、お姉さん達の家に
バトンタッチでお世話になっていた。
それを知ったお母さんは飛んで迎えに来たが、彼はその冬は自力でスキー場をかかえている
ホテルでアルバイト。ベルボーイとして、また季節労働者用の寮での暮らしなどを通じて
現実社会の厳しさを味わったようだ。
そして、大きく大人へと脱皮していったのではないだろうか。
ジャム園の前社長が亡くなる時は、まだ家出の最中で、ひとりリュックを背負って
前社長に会うために病院の待合室に来ていたとの事。
その時、結局は会えなかったらしいが、、別れを惜しんでくれたと後で聞いた。
そんな彼も来春からいよいよ社会人一年生となる。
当園での経験を胸に新たな船出に旅立とうする青年を、自分の子の様にいとおしく思う。
※写真上〜真君がまだ小学生の頃に来園した時の写真
※写真下〜高校3年生でアルバイトに来た時の写真(後方右側)
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