ジャムおばさんのニコニコ日記

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2009秋の章

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年賀状にみる思い

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今年も大勢の方達より年賀状を頂いた。

最近一番気掛かりだったのは、やはり遠く外国へ行っている元アルバイトの子たちの事。

その中でも呉ちゃん(正式には呉優美さん、私達はオゥちゃんと呼んでいた)は一昨年より
ハングル語の勉強のために韓国に留学中。

日本で生まれ育った彼女は、いずれ日本で韓国語の教師になりたいという夢があり、
そんなオゥちゃんからも年賀の便りが届いていた。

新年の挨拶の後に

「私は…寒すぎて元気がないです。

この前最高気温ー5℃、最低気温ー15℃でした。

富良野もこれくらい寒いですか?その時調べて見たら札幌よりソウルの方が寒かったですよ!!

北海道の方が寒いと思っていたら!

もうつらいです。こういう寒さの中で生活している皆さんを尊敬します。

何か寒さに耐える方法があれば教えて下さい。」

とあり、比較的温暖な地域で育った呉ちゃんはどうしているのかと、いてもたってもいられず
彼女の携帯に電話をかけてみた。

久し振りの彼女の声に一先ずホッとして様子を聞いたところ、アパートの移動式石油ストーブの
調子があまり良くないようで、その話しを聞いてかつて数十年前の私の幼い頃を思い出した。

あの頃はどこの家も石炭か薪ストーブで、家族皆が集まる茶の間だけにしか暖房がなく
その上どこもかしこもスースー隙間だらけで雪が吹き込んでいた。

寝る部屋にはストーブなどないので、湯たんぽを使用。

寝る2〜3時間前に入れておくと布団の中がポカポカし、特に背中が暖かく、布団に入ってからは
それを奥の方に移動させ足下を暖める。

そんな時代を思い出して、今の北海道の住宅はなんと恵まれているのだろうかと思った。

今ではどの部屋の壁にも断熱材が入り暖気が逃げない為、家の中で冷たいビールを飲んだり
アイスクリームを食べたり出来る。

室内で厚手のセーターなど着ていたらむしろ熱いくらいである。

呉ちゃんに「まず湯たんぽを買ってみては?お湯を沸かすだけでOKよ」とススメながら
「でも使い慣れないものを買うのも億劫だろうから送ってあげようか?」とか話していると
1月20日に日本に帰ってくるとの事だったのでホッカイロをうまく使う事で一件落着。

そしてもう一人、昨年ワーキングホリデーで3ヶ月間アルバイトに来て、生活を共にした
台湾のカピちゃん(洪佳美さん)からも年賀状が届いた。

ここでの仕事を終え、残りの期間を東京でアルバイトをしたいという事で10月に上京し、
その後アパートを借りて仕事も見つかり落ち着いた、と人づてには聞いていた。

彼女は日本語がとても上手で、一緒にいる私達は何の不自由もなく一緒に生活していたが
時折少し寂しそうな顔をする時があったので聞いてみると、日本語の微妙なニュアンスが
分からなく「なぜみんなが笑っているのかわからない」と。

「何でも分からない事があったら聞いてね」と話し、それから徐々に明るくなっていってくれた
事が印象的だった彼女のその後を気掛かりに思っていた頃に届いた年賀状。

直筆の日本語で書かれた、その元気そうな知らせににホッとしました。

「北海道にいる間お世話になりました。

皆さん元気ですか?

あっという間に、東京に来て3ヶ月になりました。

今、牛丼屋でアルバイトをしています。

毎日忙しくて、最近ようやく慣れてきて生活も落ち着いたと思います。

北海道からのポストカードありがとうございます。

今は寒いけど、皆の笑顔を見て心が暖かくなりました。

北海道大好き!!

今年も帰国する前に、いろいろ体験して頑張ります。」

富良野で生活を共にし、それぞれの夢や希望に向かって旅立っていった我が子のような
彼女らに、遠い北の大地よりエールを送りたいと思う。

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9月28日(水)12時20分より23分間

NHK「ふるさと一番」という番組に出演!

当園の広大なニンジン畑とジャム加工場が紹介された。

当園には現在38種類のジャムがあり、そのはじまりが実はニンジンジャムだったのです。

昭和49年6月、47Haの土地を求めて農業を始めた。

当時はまだ若者、今は亡き夫の大久保尚志をはじめ5人の男性が東京から富良野へ移住し、
共済精神のもと農業を始めた。

鬱蒼と茂った森を斧とクワとスコップとノコギリと人力で開墾するが思うように進まず、
3年経って初めてトラクターを購入する事が出来た。

その後開墾は人力の何倍もはかどり、ジャガイモ・ニンジン・豆・ビート・キャベツ等々
「百姓」って本当の語源は分からずとも「まさに百姓!」っというくらい何でも作りました。

とにかくありとあらゆる作物を作らないと、その年によって天候も相場も違えば、
何が当たるか分からないという中でしたので必死の思いでした。

収穫された後に、形が悪いというだけで畑に置いていかれるニンジンが勿体なくて

「これで何か出来ないものか…」

と、農閑期に試行錯誤を重ね、その結果生まれたのがニンジンジャムだった。

ニンジン臭さを消すためにリンゴとレモンを入れ、子供にも食べてもらいたいという思いから
商品名を「キャロットジャム」にし、添加物無しでニンジンのあのきれいなオレンジ色を
出すためにありとあらゆる工夫をした。

素材の旨味を活かすにはまず強火で一気に煮詰める事が大切。

最初のうちは静かでも、沸騰するにつれ段々マグマの様にボンボン跳ねるので
火傷薬をそばに置いて煮詰めなければならなかった。

その後、南瓜のジャム、山ぶどうのジャム、コクワのジャムと次から次へと生まれ、
今では38種類までにもなった。

人によっては「探すのが大変だよ」とまで言われる。

そんな経緯で生まれたふらのジャムの元祖である「キャロットジャム」がテレビで紹介され、
その後になんとアメリカから一通のメールが届いた。

その方はカリフォルニア州在住の木村卓爾さんという方で内容がとにかく熱烈!

「9月28日にTV Japanという TV局でNHK「ふるさと一番」が放映され、貴女様の
 にんじんジャムを拝見し、すばらしいアイデアに敬服致してます。

 私はにんじん健康を信じ、毎朝ニンジンジュースを一年中飲んでいます。

 『医者いらずのニンジンジュース健康法』を熟読。

 そこでさらに貴女様の番組を拝見し、ますますニンジンジャムが作りたくなり、
 何回となく試してみましたが、毎回パサパサになってしまいます。」

という事だったので、簡単な作り方のポイントを教えて差し上げた。

その後「ニンジンジャムを購入したい」と小切手が送られてきたので、早速当園の
キャロットジャムを送って差し上げると、またも嬉しいメールが届いた。

「ともかくニンジンがこんなに美味しい 旨い これ本当にニンジンの成分ですか?
 というくらい美味しく頂きました。
 明朝 トーストにつけて頂こうかと考えております。
 繰り返し こんなに 美味しい ニンジンジャムをお送り下さり心から御礼申し上げます」

メールを使い慣れていない私にとって、瞬時にアメリカの方と交流できる事に
あらためて驚きを憶えた経験であった。

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