函館・青柳町暮らし

2010年4月、函館暮らしを始めました。愛する函館の日常や季節の移ろいなどをお伝えするフォトエッセイです。

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昨日の午後は、「啄木ゆかりの地をめぐる」という街歩きに参加。
弥生小学校から啄木一族の墓まで、35カ所をたどりながら3時間歩くという、
なんというストイックな企画なんでしょう!
110年前の明治40年、たった132日の滞在でしたが、
確かにここに啄木がいたという空気を感じることができました。 

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たとえば、函館病院跡の広場の下あたり、今のバス通り沿いにあった町会所
(明治40年の大火で焼けて、左に見えてる元町公園上の公会堂に移転)。
函館に来たばかりの啄木は、青柳町の知人宅に居候し、
ここの商業会議所のアルバイトを世話してもらって、毎日歩いて通ったとか。

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家族を呼び寄せた啄木が借家暮らしをした長屋があった、青柳町の路地の奥。
このあたりには、同人仲間の住まいやたまり場が点在していて、
21歳の啄木の毎日は、刺激に満ちていたことでしょうね。
有名な「青柳町こそかなしけれ」という歌がありますが、
かなしいは、悲しいでなく、愛おしいという意味だそうですよ。

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そして、街歩きのラストは、立待岬に上っていく坂の途中に一族9人で眠るお墓。
「死ぬときは函館に行って死ぬ」と書いたとおりに、思いがかなったのでしょうか。
言われてみれば、好きだった大森浜と青柳町の両方が見渡せる
最高の土地を選んでもらい、きっと安らかにすごしていると思います。

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街歩き終了後、せっかくだから立待岬までもうひと上り。
ハマナスの花がすでに咲き出していて、そばを通ると甘い匂いに包まれます。
かの浜薔薇(はまなす)が今年も咲いたよ。
こうして家に戻ったら、歩数計は朝から通算2万歩越え…。さすがにぐったりでした。

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