居合道日誌

無双直伝英信流と全剣連制定居合を稽古しています。

会津

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1月6日、待ちに待った八重さんの大河が始まりました。
 
集中してみたいのですが、テレビ東京が
例の1億5千万のマグロをあげた美吉丸を
放映しています。
こちらも気が気ではありません。
 
 
録画できないのが口惜しい!
 
 
八重さんの家を確認できましたので、
揚げておきます。
 
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会津武士の国替え

今日の午後、NHK総合で燃えよ剣1回を再放送してました。
廣澤(斉藤暁)さんも、出てましたょ。(^ ^)v
 
そういえば、先日知人から送ってもらった、新聞記事を思い出しましたので、
備忘録としてここに書いておきます。
 
≪ロスの灯り≫
「1870年春。新潟港からアメリカの外輪蒸気船「ヤンシー号」が北に向けて出向した。
乗せられていたのは、戊辰戦争に敗れた旧会津藩士とその家族だった。
 幕末の雄藩、会津23万石は、賊軍の汚名を着せられ、国替えさせられた。明治に
起きた国替えである。会津武士とその家族計1万7千人余りは、ヤンシー号や陸路で
青森に向かった。その中に、元知事、北村正哉の曽祖父、豊三がいた。
 1871年の廃藩置県までわずか1年余りだけ存在した半がある。青森の「斗南藩」。
いまの青森県むつ市を中心とする下北半島の一帯と、少し離れた三戸郡を中心と
する内陸部だ。それが、彼らが行き着いた土地だ。米作には向かなかった。
 北村の長男、正任(70)は毎日新聞社の元社長で、今は相談役をしている。彼に
よると、豊三は三戸のほうに落ち着く。廃藩置県になると、藩の重役の廣澤安任と
ともに小川原湖のほとり、いまの青森県三沢市谷地頭に移った。正任の名は安任に
あやかったものだ。
 豊三の子で北村の祖父にあたる要は、廣澤の右腕となって、西洋式の大牧場を
開くのを手伝った。要は続いて、いまの六ヶ所村に牧場を開いて牛の飼育に努め、
その後、三沢市岡三沢に「北村牧場」を開き、馬を育て始めた。
 要の娘婿で北村の父にあたる直枝も馬を生産した。北村は、盛岡高等農林学校
獣医科から帝国陸軍に進み、軍馬の専門家になった。
 北村の前任の青森県知事、竹内俊吉は、北村のこうした経歴を知っていて、「最も
良いインスペクター(調査官)」として、世界一周酪農視察の県代表に任命した。
 しかし、「ロスの灯り」を見てしまった北村は、青森は農業より工業でゆたかになる
べきだとの確信を強めて帰国した。
 北村は、自著「牛のよだれ」で、日本農業の近代化を目指す国の構造改善事業に
「もどかしさを感ずる」としてこう記した。
 「残された手は、日本全土に拡がる高原地帯、傾斜地帯の農地化であり、牧草地
化ではなかろうか。(中略)この方向に向けて諸施策が進められない限り、酪農の
将来に対して大きな不安を感ぜざるを得ない。
 そこまでやらないと、日本で酪農を成功させることなどできない。そういう結論だ。
北村は同時に、工業開発についても会津人らしい考えを熟成させていた。」

山田五郎

今日のNHK「スタジオパークからこんにちは」を観ていたら、山田五郎さんが出演してました。
 
例のシャープペンの件など楽しくトークされてました。
 
 
なかで、薀蓄王の話でしたでしょうか?
 
カレーの薀蓄を30秒で語る、ビデオが流れておりました。
 
カレーですから、インドの香辛料がイギリスに広まり、それが海軍の横須賀で広まった、というのが
 
一般的な理解ですが、
 
彼は、さらにもっと早くカレーを食べた日本人が居るとして、「山村何某」を紹介してました。
 
彼は、明治4年に会津藩士の子としてアメリカに留学してそこでカレーを食べたというのです。
 
また、彼は白虎隊士の一人で戊辰戦争に参加していたといわれるが、本当は年齢が1歳若かったため、
 
実戦には参加していなかった、などとも発言しておりました。
 
 
五郎さんが言ってる、「会津の山村何某」って、山川健次郎のことですよね。
 
たぶん。(^^)
 
 
戊辰戦史のなかでは、兄の浩の方が圧倒的に有名ですが、戦後の教育界では弟の健次郎の方が大いに活躍
 
しました。
 
ですから、同志社時代の山本八重さんとも交流があったのではないでしょうか?
 
なにしろ、八重さんといえば、現代の土屋アンナが明治時代にタイムスリップしたようなキャラですからね。
 
彼女を理解できたのは、留学経験のある新島襄や山川兄妹などごく少数だったでしょうから。
実際、徳富蘇峰にはこっぴどく叩かれてますよね。
 
 
 
大河ドラマでは誰が健次郎を演じるのでしょうかね。楽しみです!
 
 
綾瀬はるか主演の大河ドラマになるそうです。
 
会津の山本八重さんといえば、日清日露戦争において篤志看護婦として活躍し、
 
一般女性として初めて叙勲された方です。
 
また、戊辰戦争で城が官軍に包囲されたとき、スペンサー銃を持って
 
奮戦した女傑としても有名な女性です。
 
先日亡くなった田中好子さんが『白虎隊』の中で演じてました。
 
八重さんは、会津藩が降伏したとき、お城の白壁にかんざしを使い、
 
「明日の夜は何国の誰かながむらんなれし御城に残す月かげ
 
と書き残しています。
 
もちろん、田中好子さんも『白虎隊』の中でやってましたよね。v(^^)
 
 
 
今回の原発事故がまねいた風評被害により、会津若松の観光客も激減したとか。
 
この大河が、彼女も心配していた東北復興の一助になればと、
 
管理人は密に期待しちゃってます。
 
NHKも粋なことをしますね〜ッ!
 
 
ただ、保科正之じゃなくて、ちょっぴりがっかりされた方も
 
いらっしゃるかもね。
三島へ行くついでに、御殿場で降りて、復生病院によってみました。
 
 
 
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