*小さな旅日記-<minamotono,sumiyasu>-*

ブログ愛称名:インターネットステーション泉中央(japaninstaizu)/源 住泰(みなもとのすみやす),仙台市泉区在住。

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ようこそインターネットステーション泉中央へ、このブログは私こと源 住泰(ペンネーム)個人の趣味のページです。今回は今日3/14に立ち寄りました仙台市宮城野区榴岡公園内にあります仙台市歴史民俗資料館にスポットをあててゆきたいと思います。
 それではメインの写真をみてまいりましょう。
 写真撮影も訊いてみたところ差し支えないとのことでした。


 まず上から一番目が歴史民俗資料館の建物。
 二番目と三番目がパンフレットの表と裏。
 四番目と五番目は建物にはいって階段をのぼって最初にでくわすプロローグ。
 六番目、七番目、八番目が四連隊コーナー(内務班復元、戦時資料)。
 ちなみに昔は召集令状がくると心ならずも、おめでとうございました・・・・きましたよ、などとと言われたそうです。
 九番目から十二番目が農村のくらし。
 十三番目と十四番目は町場のくらしです。
次に十五番目がだれもが訊いたことがあるかと思いますがこれが戦中、戦後の食糧難の時代に食べたというすいとんです。私は食べたことはありせんが親からよく訊かされたものです。
 十六番目は最初のプロローグのコーナーに戻りまして仙台市についてのこれまでのくらしについてのことです。
 そして最後の十七番目の写真が植物の利用についてです。いろんな使い道があるようです。 
 写真については以上です。


 さて最後に今回の感想ですが現在、世の中は大不況の真っ只中におりますが戦前や戦時中の人達はいつも死の恐怖と隣り合わせでそれを必死に乗り越えようと生きてきたことを思えばその時代に比べれて今の時代のほうがまだましじゃないかと思います。そして今回、たとえ自分が暮らしに困ったとしてもこの民俗資料館の資料がたいへん参考になるのではないかと思われる気がいたします。それは今回写真で紹介しきれなかった生活の知恵のようなものがたくさんあり、今こそ「温故知新」という古きをたずねて新しきを知るということわざどおり低所得でもなんとか全力をあげて乗り越えてゆくつもりです。
 みなさんはどう思ったのでしょうか・・・・。
 

本日はここまでにいたしましょう。
それでは次回のインターネットステーション泉中央、小さな旅日記をお楽しみに。。。。

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閉じる コメント(6)

戦争後には都会では食料に苦労したようですね。母は農家だったので食べるものには苦労しなかった様ですが、東京からの人達は農業を習い畑を作っていたそうです。

2009/3/14(土) 午後 8:08 kazenokoron 返信する

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KAZEさんご訪問ありがとうございます。今でも昔に限らず会社を定年退職したひとが第二の人生を都会から田舎へと農家をしながらおくろうとする人がいるといますが、それはやはり自然の空気はおいしく人間は生きていくためには食べることが基本であるのですね。源 住泰でした。

2009/3/14(土) 午後 8:31 [ japaninstaizu ] 返信する

なるほど、きっと前提となる最悪の状況が、戦時中とは違うのでしょうね〜。
現在は、仕事がなくなり収入がなくなり、住む家がなくなるって感じですが、昔は死んでしまうって事なのかもしれません。

たしかに、そう思うと現在の状況は、まだマシな方なのかもしれませんね^^;

2009/3/15(日) 午後 4:10 トミー 返信する

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トミーさんご訪問ありがとうございます。
今回、いろんな資料を見るにつけ日本人は生活に必要な道具を自分で手づくりでつくり、食べ物の調達もなんとかやりくり、まさに貧しいながら必死に生きてきたんだなあと実感した次第です。源 住泰。

2009/3/16(月) 午前 10:50 [ japaninstaizu ] 返信する

戦後生まれの私は、すいとん、好きです。
若林区に住む従兄は、仙台空襲の頃、会津に疎開して、豆ばかり食べていたとか・・です。
榴ヶ岡公園も、幼年学校があったとか・・。仙台空襲は、東京より激しかった・・と、聞いてます。

2009/3/16(月) 午後 1:29 タロ子別荘 返信する

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夢うさぎさんご訪問ありがとうございます。
仙台は東北の中心地なので戦時中はやはり空襲の標的にされたのですね・・・・そんな悲惨な状況の中で仙台人は必死に生きてきたのを思うと頭が下がる思いがいたします。源 住泰でした。

2009/3/17(火) 午後 4:32 [ japaninstaizu ] 返信する

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