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現代政治家ニ与フル書

北朝鮮の核、日本の防衛、原発とエネルギー、消費税、頻発する水害、豊洲移転など、政治家には遅滞なく解決しなければならない問題が山積している。

今回は、特に私見が前面に出ている事をご容赦頂きたい。


北朝鮮の核は、日本が直面する喫緊の課題であるが、野党は証拠一つも示せない「モリカケ」で国会が空転し、目の前に迫っている国民の生命にかかわるリスクを論議することもない。一方で、「Jアラートで煽るな」などと寝ぼけた意見も散見される。

北朝鮮ミサイルの履歴

今回の衆議院選挙2017でも、未だに北朝鮮問題や中共脅威に言及しない候補者が多いことに驚いた。これでは国民だけを責められない。


尖閣や南沙諸島、竹島まで、本気で「日本をどう守るか?」と云う安全保障問題に、一部の政治家を除いて、多くの政治家や官僚は議論から逃げているとしか思えない。

政治家には各々立場が有るので、あからさまに言えないことも有ろうが、具体的リスクを国民、市民に提供し、判断を仰ぐくらいの事はするべきだろう。

明確な防衛方針、自衛隊の法的立場、防衛予算、安全保障政策など、解決すべき事は多岐にわたるが、国民が理解に至る情報を一部遮断している動きも決して否めない。


原発廃止も良いが、再生エネルギーの脆弱性を論議することなく、真にエネルギー政策を考えているのだろうか。更に、高額になった家庭電気料金と産業電力需要への諸問題は、どのように解決するのか。

太陽光発電は、未だ未熟な技術であり、大幅な変換効率が得られるまでには、いくつかのブレイクスルーが必要だ。詳細は、下記当ブログを参照いただきたい。

まやかしの太陽光発電(ソーラーパネル)


お題目のように「財政健全化」だけが目的化し、日本経済が持つポテンシャルやバランスを考えることもしない怠慢さの加減には、恐れ入る次第だ。経済は水物だから、常にリスクが付きまとうだろう。

消費税の増税だけが財政再建の道ではないだろう。財務省出身の高橋洋一先生のバランスシートで考えれば、当面の政策は、増税ではなく、さらなる金融緩和と財政出動が、的を射ていると確信する。

政治家なら「財政規律」一辺倒でも良い。逆の意見も良い。大事なのは「なぜ」と云う論点だ。判断するのはマスコミではなく、有権者なのだから。

経済政策には、特にリスクが伴うものだが、リスクを低減する政策を真摯に議論したうえで、国民の理解を進めて頂きたい。


一時は、得意満面「コンクリートからヒトへ」で削減された、インフラ整備予算縮小が、天災の被害を拡大させた人災とも云える。堤防を壊して、太陽光発電プラントを作るに至っては、到底リスクを考えた・・・とも思えない。

一旦、産業受注が減少すると、回復するためには以前より増した予算が必要になる。基幹を支えていた土木業や林業も、人材、外蕕忙呂泙蝓復活するのに相応の時間がかかる訳だ。


小池都知事が豊洲市場移転で「安全でも安心ではない」と言ったそうだが、「安心」は政治家に責任がある。移転しないリスクの何処に論理性があるのか?全く不明だ。

政治家は口にしたくないのかもしれないが、23区内で飲用に適した地下水は聞いたことがないだけでなく、築地には第五福竜丸で放射能汚染されたモノが埋まっているとも言われている。

石原元知事が財政黒字に転換したとはいえ、都民の血税を丸1年も垂れ流した「ガバナンス」はどうなるのだろうか。「ワイズスペンディング」は何処に行った?


これらすべては、国民の負託を受けた政治家が解決すべき政策問題だが、55年体制以来の、周りの顔色ばかりを見る・・・木を見て森を見ず・・・古い体質の政治家の所業と云える。

政治家は「イデオロギー有りき」ではなく、「政策有りき」なはずだが、口当たりの良いお為ごかしでは、通用しない時代になっている事を肝に銘ずるべきであろう。


マスコミの「我々が動かなければ国民に伝わらない」、従って「我々の考える道を歩め」となる。
確かに、戦前の「鬼畜米英」から、近くは細川政権、民主党政権誕生までは、マスコミの意図するように、国民は動いたかもしれない。
今でも、こうした恫喝に震え続ける政治家も多いだろう。物言えば唇寒し秋の風。

ところが、インターネットやスマホが普及して、SNSなど情報源が多岐に広がり、国民自身が政治家やその政策を取捨選択できるようなった。マス・コミュニケーションであるはずの情報媒体も、一つの情報源に過ぎなくなった・・・と云うことだ。

これを言い換えれば数多くの情報源から、国民自身が抱えているリスクを分析して判断できるようになったと云うことだ。


この時代にいち早く歓迎されたのが、安倍政権とも云える。安倍さんは、現実主義的な考えなのだろう。旧態然としたマスコミの姿勢にも一定の配慮を欠かさないが、その事が一層マスコミと、その他情報の乖離を広げているとさえ感じる。

すでに時代は、大転換にを迎えている。それが証拠に安倍政権はサイレント・マジョリティに支えられて、衆参ともに2/3を確保して、安定多数を保って長期政権を続けている。

マスコミはあまり報道しないが、安全保障政策や経済政策などは、世界のほとんどの国や世界のマスコミから、安倍総理を歓迎、支持していることが、インターネットでは一目瞭然だ。


健全な野党とか云う人もいるが、旧来のイデオロギーを引きずり口先だけ、政策論議のできない野党に将来はないだろう。
折角、長島昭久、細野豪志、松原仁らが国民の動向に気付いて、新党を立ち上げたまでは良いが、「蜘蛛の糸議員」が先祖返りで「モリカケ」とは情けない。

嫌だ、怖い、心配など、感情論(文科系学者)で批判するのではなく、科学的な論拠や事実に基づいた正確な政治家の論議が望まれる。感情で政治を動かせば、まるで隣国の政治状況や、法を超越した裁判のような、情緒社会に埋没してしまう。

男女の色恋沙汰などに国政が揺れたり、失言で国会を停滞させたり、駄々っ子のように法案反対のプラカードをカメラに向けたり、およそ「国民の代表者に相応しい」とは思えない。


森羅万象すべて、自然現象であれ、人為的であれ、ゼロ・リスクはない。「リスクを減らす」のは政治家の政策で、「リスクをなくす」は単なるイデオロギーだ。

戦争は嫌だ!・・・誰にとっても当たり前の話だが、相手のある事なのでリスクゼロは有り得ない。逆に、さまざま要因で100%のリスクもない訳だ。

以前に私のブログで、リスクについて書いたが、リスクコミュニケーションや、「リスクアセスメント」、「リスクマネジメント」などと云う相対的な評価、判断が、科学的に行われることが大切だろう。

リスクの考え方

こうした中で、国民、市民へのリスクを軽減する事、そのために政策を実行する事こそ、政治家に求められる最大限の役割と云えよう。


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