|
マスコミはあまり、教員採用の不正について攻撃しないようだが、いったいどうしたのかな?いやあ、彼らもきっとびくびくしていることだろう。何しろ、マスコミや出版社なんて縁故採用はありまくりだろうからなあ。国営放送の職員の不正株取り引きの後、マスコミは自らについて調査しただろうか?当然していない、もしそんな事実が出たらえらいことだろうからなあ。そして、実際そういう事実は間違いなくあるはずだ。が、隠ぺいしているのではないか?
国内産のウナギが、実際の倍も出回っている現状では、こんなもの食べてガンやアレルギーの危険さらされるなんてお断りである。であるから、もはや日本ではまともなウナギなど食べられない。これが経済発展の結果である。まさに、偽装なんてものはどこにでもあり、日常茶飯事だ。
さて、最近は無差別な行為がおきているが、何のことはない、社会全体が既に、無差別に大衆を相手に偽装や不正を繰り返してきているわけである。こんな社会が、人々のマインドにもたらすのは、善悪が無差別になってしまうことだ。
どこもかしこも、嘘とでたらめばかりである。とりわけ、失われた11年とりわけ後半の某政権の5年は、日本国を徹底的に心理的に解体してしまったことは間違いない事実である。そこに表出したのは、「そんなものどうでもいいのだ、オンリーワンだから」という身勝手で、聞く耳持たないという感覚である。
誰もただ流されるだけ流され、真剣に議論する風潮も消えた。社会はいまやマインドの解体が進んでいるのである。最近、わけのわからない行動をする人が増えている。それは、ほとんど論理的な考え方も何もない、端的に言えばまったく教養のない人々である。
が、実は、社会全体がそうなっている、ということをみなさんは認めるべきである。
そうでないとは、断じて言わせない。マスコミの縁故採用だけではない。なぜ親が謝罪するのか?彼らは中身がどうだろうと成人のはずである。親や親せきなど関係ないはずなのに、なぜ彼らを巻き込むのだろうか。そして、それについて誰も疑問をさしはさまない。そういう一つ一つについて、この日本の社会は、非常にでたらめである。何も基準も規範も正当な判断もない。
事件について、警察への批判がほとんどないのも奇妙だ。そして、そうした社会全体の動きを見ていると、結局は、いろいろ言っているが実は「どうでもいいことなんだ」ということしか見えてこない。
世間は、いろいろ活動はしているが、ただただ「事務的にやっている」だけで、本当は「どうでもいいこと」なのである。ほとんどの人々にとっては、生活のこと、個人的なことにしか関心がなく、マスコミも言論人と称する人々にとっても、本当は「どうでもいいこと」なのである。
だから、親や親せきに当たる、マスコミも不正について何も言えないのである。どこか、いい加減なところに責任を押し付けよう、あるいはお茶を濁そうという程度の感覚である。
こんな世間の風潮が広まったのはなぜか?答えは恐らく「団塊の世代」というまるっきり無責任と無頓着のまさに「塊」の連中の気質とほぼ合致する。これがたぶんかなり真実にちかいだろう。
彼らは泥をかぶらず、ただただやり過ごすことばかり考えている。彼らの見事なまでの、現実を避けていこうという姿、それは今のアメリカによる日本の金融の解体や役所の無責任ぶり、あらゆるシーンでの何でもあり、いいじゃないかといういい加減な現状追認に見てとれる。端的にいえば、何の規範もないし目標もないのである。
そういう世界であるから、弱くてどうしようもない人間が、とんでもないことをするのである。なぜなら、権力にいるやつらですら、なんでもありで、規範も何もないのにどうやって弱い人間に教え諭すことができるだろうか?何もない状況では、どんな行動の制御もできないのである。
これでわかったであろう。こういう世間を変えるには、年金の返上くらいのことをしないと日本の将来は暗いだろう。誰が、社会を解体した人々が働かずに金をもらっているのをまともだと思うだろうか?
|