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7月24日の暑い中、私は浜松工場に行きました^^ 今年が最後とか・・・
6:59分の瀬戸線に乗りました。車両は4000系でした。急行だったので楽でした^^ まあ追い越しは瀬戸線はないけどね・・・・笑☆
大曽根から中央線と東海道線を乗り継いで、浜松へ3時間かかりました。そっからシャトルバスを使おうかと思ったら。係員に2時間はかかるといわれてしまったーーー!!
なので170円払い有料バスを利用しました・・・汗
浜松工場に着いたら、すごい人でした。早速展示されてる車両を巡りました
最初にトキ4837 です
JR東海が復元したそうです^^;国鉄車両が嫌いな会社ななかるぞwww
  トキのプロフィール
 トキ900形は、1943年(昭和18年)から1946年(昭和21年)にかけて82 09両が製造された、鉄道省(日本国有鉄道)の無蓋貨車である。第二次世界大戦中の輸 送増強策で開発され、大量生産された戦時設計の特異な3軸貨車であるが、構造の欠陥や 粗悪さによって戦後は比較的早期に淘汰された                                              
38次車。10〜12次 車の置き換え用として登場。製造は昭和61年、日本車両で製造。JR発足後東海所属に 。99年までYK編成のグリーン車に組み込まれ活躍しました。
Yk編成にはたくさんの思い出があります。神奈川の祖母の家にいくときは新幹線こだまを利用していました。そのときにはまだ0系が走っていてよく幼いころ0系に乗りました。いい思い出です^^
次は食堂車をご覧ください
食堂車36-84のプロフィール
博多開業に向け製造した。日立製作所昭和50年登場。19次車。片側と通路の仕切り壁 とし分離した構造であったので食事中に富士山が見えないことから通路と食堂の仕切り壁 に窓を取り付けるなどの改造を行いました。しかしスピードアップの影響、1995年に阪神淡路大震災の影響で食堂車の営業は打ち切られました
食堂車は食べたことがありません!! 高かったからなあ・・・・
0系シリーズの最後はビュッフェ
日立製作所昭和58年。33次車。6次車〜10次車の置き換え用と して製造。車内には車椅子固定スペース、多目的室が設置されています。JR発足後東海 所属へ。99年までYK編成に組み込まれ活躍しました
ビュッフェも使ったことがないな〜><;けど方向幕に感激しました^^;;
次は165系のグリーン車です
車内に昔の広告が残ってました。ながら、大垣夜行・・・・
いまは臨時しかないんですね・・・・・・涙
最後にEF58-157 をご覧ください
EF58にも思い出があります。飯田線のトロッコファミリーです。幼いころよく親と乗りました。風が気持ちよいにもいい思い出です^^d
以上前編は終わりです 後編はのちほどできます。お楽しみに^^

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僕もこの時浜松工場へ行きました。
帰りの700系b編成のこだま車内で名古屋で降りる前で偶然923形t5とすれ違った事がありました。

2013/1/1(火) 午後 4:28 [ series N700Masa ]


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