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Yuma Totani
The Tokyo War Crimes Trial  続編(2)
 
著者の結論: 東京裁判の評価は、時代を経て変化してきている
1.戦後間もないころ
賛成派: 戦争犯罪に正義の審判を与えた貴重な裁判。成功とした。
反対派: 勝利者の勝手な裁判形式を取った復習。国際法に悖る暴挙。
 
2.1980年台に出てきた評価
このころまでにかなりの一次資料が解禁されて、より詳細な情報が得られ、新しい研究が発表されるようになった。そこで以下の粟屋憲太郎(立教大学)の貢献は注目されるべきである。
1984 中央公論 『東京裁判の被告はこうして選ばれた』
1989 『東京裁判論』
彼の説は、単に「勝者の復習裁判」でも「正義の裁判」でもなく、その中間に位置する。そして彼はアメリカが政治的な理由で、戦争に関するすべての犯罪行為を明らかにするのではなく、作為的にある種の行為を裁判の対象から除外したことを批判した。除外された日本の犯罪行為は、第一に、細菌を武器として使用することを用意していた731部隊の除外、第二には毒ガスを使用した日本の部隊の除外、第三に連合国自体が犯した犯罪を除外したこと、第四として、西洋の列強がアジアの植民地において侵した罪悪を除外したこと、そして、最後に、天皇とその他の産業界や政治指導者を除外したことであるとした。そして彼は、「東京裁判は、勝利者の政治的な都合に合致する限りでの正義の裁判である」と結論付けた。さらに、彼はそれは日本人にとって、「過去の克服の障害にさえなれ、それを促進するものではない」とした。著者は、粟屋の第二の結論いついては、疑問を投げかけている。この彼の説は日本では東京裁判に関する定説になり、アメリカにも影響を与えた。
 
この粟屋の説に賛同する学者が出てきた。主なものは、大沼保昭〔東京大学〕の『東京裁判から戦後責任の思想へ』で、彼は東京裁判が「勝者の裁き」であったことを認め、それが天皇の責任を免除し、日本人がアジアの人々に対して行った残虐行為を無視し、連合国の戦争犯罪を扱わなかったことを批判している。また、内海愛子は『朝鮮人BC 級戦犯の記録』(1982)で、同様な見解を述べている。
 
3.東京裁判に対する新解釈への挑戦
1996年にはこの新しい東京裁判論に対する反論がなされた。当時、立命館大学の学生であった梶光弘は、「東京裁判におけるBC級犯罪追求」と称する論文で、連合国の検事はアジア人に対する日本人の残虐行為を調べ上げて、糾弾したことを統計的数字を挙げて示した。大沼も、内海も、粟屋も依然として、東京裁判では、アジアにおける日本軍の行為や日本の植民地政策の検討が軽視されていたとしている。
 
4.勝者の正義の議論を超えて
このような考えにまったく違った面から挑戦したのが、吉田裕であった。1992年の『昭和天皇の終戦史』で、彼は東京裁判は占領国の米国と被占領国の日本が協力して演出したのが、東京裁判であったとしている。その議論を支えるものとして、彼は、日本側の情報提供者からの情報がかなり裁判の結果を左右したとしている。しかし、これは「勝者の裁き」の一変形に過ぎないとしている。
 
もう一人の著者は日暮吉延で、彼は『東京裁判の国際関係』(2002)において、この裁判は法の形ととった勝者の復習でも、戦争犯罪の公正な裁判でもなく、これは新しい国際関係の基準を作成するための外交の場であったと結論付けている。
 
また、藤田久一は、1989年に「東京裁判の今日的意味」と題する論文を発表して、国際法の分野では、ニュルンベルグ裁判や、それに次ぐ東京裁判に用いられた法の原理が国際法の中に取り入れられたことを指摘している。そして、彼は1991年に出版した『戦争犯罪とは何か』においてこの二つの裁判が今日の国際人道法の基礎を築いたと主張している。この藤田の説を支持するのが、吉田裕の1997年の論文である。彼は、東京裁判が、当時の国際法の欠陥を補完したのだとしている。彼はさらに2006年の論文で、歴史と法律の研究の統合が日本の戦争犯罪を扱うことによって可能になると主張している。このような考えを持っているのは、吉田だけではない。数多くの歴史家や法律学者がそのようなアプローチを取ろうとしている。このような動きは、東京裁判を「勝者の裁き」として片付ける短絡的な論理から、開放されて、よりダイナミックで、知的な扱いをする学者集団が出てきていることを意味し、東京裁判の研究は、新しい段階に入ったといえると著者は述べている。
 
5.今後の方向
著者は、東京裁判が進行しているときに、第一世代の日本の研究者は以下の共通の結論に到達した。「東京裁判は侵略戦争を禁止する歴史に残る事業である。それは民主主義と人道主義が国際法の基礎であることを明確にした。」彼らは正しくこの裁判の役割を評価したと著者は主張する。
 
今日、侵略戦争は国際法によって禁じられている。少なくとも、原則的には、禁じられている。しかし、それに携わった個人を訴追するかどうかについては、議論が分かれる。イラクが1991年にクウェイトに侵攻したとき、国連は軍事力を持って制圧することを決定したが、その責任者を裁判にかけることはしなかった。
しかし今日では、軍事力が使われた場合に、捕虜や民間人が虐殺された場合には、個人の責任が問われることは確立した原理である。責任のある民間人の指導者も責任を逃れることはできない。しかし、この原則は必ずしも実際には実行されていない。この実施を阻んでいる要因は除去されなければならないと著者は唱える。
 
一般の人は東京裁判を単に「勝者の正義」と理解し、反動的な人は、東京裁判に関するものをすべて否定してかかった。彼らは、インドのパル判事を招いて、東京裁判のすべて葬る運動を展開した。一方、進歩的な歴史家は、それは冷戦においてアメリカが覇権を取る手段であるとしたり、西洋の植民地主義のなごりであるとしたりした。しかし、東京裁判は、まだ十分に研究されていない事象である。この裁判からまだ多くの教訓が得られ、日本の戦争、戦争犯罪、法の概念、正義、個人の責任などに関してまだ学べることが多い。実に、(BC-級)裁判はオースロラリア、ビルマ、インドネシア、マレイシア、フィリピン、シンガポール、中国などの51の都市で行われ、5,600人の被告が裁かれた。これらの記録はほとんど研究の対称になっていない。これらを検討することによって、日本の戦争の実態がより鮮明に理解できるようになる。
 
以上のように著者は結論付けて、著書を終えている。(続く)

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