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海外在住の日本人からの発言

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カール・カワカミ著 『シナ大陸の真相:1931−1938』 その(2)
 
第五章 日本は侵略国か、それとも権利を侵害された国か(続)
 
中国の反日運動は、満州独立の十年以上前から進んでいた。1928年6月に南京政府の資金援助を受けた「反日連盟国民大会」は日本との経済断交をすることによって日本を打倒することを宣言していた。1929年には政府の援助を受けた「不平等条約撤廃連盟」は日本商品のボイコットを強行した(これは「九ヵ国条約」第三条違反)。そのころには、あらゆる教育機関が、日本に対する敵意を用事や若者に植え付けるように指導された。軍の反日宣伝も強烈であった。
 
中国人による暴力行為:その結果日本人は中国では常に危険におかされるようになった。日本商品を扱う中国人は脅迫され、襲撃された。1935年から1937年に亘ってのそれらの事件が、北支で11件、中支で15件、南支で8件あった。反日運動は、蒋介石の統制できないところまで進んだ。
 
日本の中国への提案:中国は満州を奪回しようと執拗に迫った。日本は、反日運動を停止し、資源の開発協力と共産主義の拡大の阻止について協力するように提案した。しかし、南京政府は、それを受け付けなかった。そして、藍衣社というスターリンの援助を受けた蒋介石直属の部隊を用いて、日本に協力する人たちを抹殺した。
 
第六章                        いかに戦闘は始まったか
1937年には年初から中国は、日本との戦争に向けて動いていた。蒋介石は共産軍と手を組んだ。南京は最左派の軍人と政治家に支配された。組織された反日運動は一層激しくなり、罪のない日本人が殺人や暴行の標的とされた。中国軍は225万人を擁し、共産軍の20万人を加えると、245万人で、日本軍の30万人の八倍強であった。中国人は戦争において、勝利の機会があると感じていた。日本の宥和政策は、弱体化の兆候であると受け取られた。
この後には、7月7日に日本兵がマルコ・ポーロ橋の近くで軍事演習をしているときに、中国側から攻撃され、それを休戦協定に持って行き、それから中国の攻撃が再開され、休戦協定ができ、それが覆され、休戦され、という過程が詳細に述べられている。この事件に関して注目すべきことは、蒋介石は、7月9日には、国民軍に動員令を出したのであるが、日本側は7月28日になって日本軍部隊の中国軍の前線に向けての進撃を指令したことである。日本は平和的な解決をしようとして、必死の努力をした。7月29日に、中国軍は、北京郊外の通州で二百人の日本民間人を虐殺した。
 
第七章                        上海、その問題点
当時の上海は、日本人にとって危険な場所になってきていた。1935年11月に租界を歩いていた日本海軍の陸戦隊の准将が、射殺された。翌年7月には、三井物産の役員が同じく租界で射殺された。それに続いて、女や子供を含む日本人への殴打や投石などの暴行が続いた。さらに、1936年9月23日に日本海軍の水兵三人が銃撃され、一人が死亡、他は重傷を負った。それに対して、日本軍や領事館は、中国当局に対して、抗議する以外はの何の手段もとらなかった。
 
1937年8月9日、日本海軍大山中尉と彼の運転手が租界内の記念通りで中国の平和維持部隊によってライフルで銃撃にあい、二人は死亡した。翌日上海の日本総領事は国際委員会の開催を要求した。委員会は、平和維持部隊は租界から撤退すべきであると決議した。しかし、上海市長は「自分は無力で何もできない」といってきたので、日本は、海軍陸戦隊の一支隊を予備隊として、上陸させた。8月12日未明に、中国の正規軍大部隊が上海まで前進し、国際租界の日本人居住区域に包囲攻撃を仕掛けてきた。列強諸国の合同委員会が招集され、中国軍の撤退を要求した。しかし、13日未明、中国軍は日本海軍陸戦隊への攻撃を開始した。英米仏の総領事館は日中軍の撤退を要求したが、その夜には中国軍は爆撃機からの爆弾投下を含む攻撃を開始した。
 
日本艦隊司令長官長谷川中将は宥和的で、敵対行為を回避するあらゆる努力をしたが、それが弱腰と誤解されていること知り、五個師団を派遣するように本国に依頼した。しかし、北支で手一杯であった日本軍は、一個師団しか送ってこなかった。この間の事情については、すべての外国新聞の特派員は「日本軍は我慢と忍耐力を示し、事態の悪化を防ぐためにできる限りのことをしたが、中国軍によって文字通り、衝突へと無理やり追い込まれた」という状況判断をしている。
 
1937年11月28日日本軍は上海における中国の電信・無線局を含むすべての中国政府機関を制圧した。しかし、これは戦闘が続いている期間中の非常手段である。日本としては、港の関税や国際租界の組織に変更を加える意図はない。
 
第八章                        ジュネーブ・ブリュッセル会議を拒否した日本の立場
中国の伝統的外交政策は、外国に介入させて、日本を窮地に陥れることである。そのために中国は、米英に働きかけ、反日運動を展開した。
1937年11月24日にブルッセルで九ヵ国条約締約国の会議が開催された。日本は、もし会議に出席しても列強諸国の先入観を変えることはできず、もうすでに喧しくなっている無益な論争を繰り返すだけであろうと考えて、欠席した。しかし、この会議での結論は解決策の無期限延長で、その前に、「当事国は主要な関心をもっている他の列強諸国に相談することによって、公正で納得できる協定を結ぶことができる」という宣言をした。何も役に立たない宣言である。日本としては二百人以上の民間人が殺され、別の都市では三万人が同様の襲撃で殺される危険が迫っているときに、他の列強と相談する時間はない。攻撃された以上、それに抵抗する以外は無い。九ヵ国条約は、いかなる締約国に対しても、他の締約国と平和協定を結ぶ際に、他社と相談することを義務付けてはいない。日本としては、統一された強力な中国政府が出現することを望んでいるが、中国政府について用心しなければならない。なぜならば、中国政府は日本を、国内の共産勢力および国外の共産国家と手を結んででも妥当すべき敵とみなしているからである。
 
第九章                        日本の自衛権
この章で著者は、日本が耕地可能面積がわずか国土の16%であること、農民がそのために貧しいこと、そして日本からの移民はアメリカから締め出されていること、日本の低賃金はこれらの条件から正当化できることを述べ、日本は原材料の欠乏と人口増加のために外国貿易の拡大によってしか経済状態を改善することができない。然るに、近年諸列強は経済的自給自足や排斥主義傾向を強化してきている。禁輸に近いような関税と割り当てという手段で、日本の貿易に障壁を設けている。主要工業国が世界を通商上のブロックに分割し、その各々のブロックをそれらの諸国がそれぞれ支配するようになれば、その存立を外国貿易に頼っている国がどんな犠牲を払ってでも自分自身のブロックを作りだそうと必死になるのは、極めて論理にかなったことであり、また正当化され得ることである。明らかに、日本は満州国と北支が自分の貿易ブロック圏内にあると考えている。最も、そのブロックは他の主要列強諸国の作ったいくつかのブロックに比べれば、取るに足らないものであるけれども、日本にそのような行動を取ることを余儀なくさせているのは日本の自衛本能である。
 
第十一章 もし日本が勝てば
もし日本が勝てば、中国の今までの腐敗した体制が改善され、軍閥は除去され、税収は国庫に入り、中国は近代的な国家になると考えられる。
イギリスもアメリカもそのような中国を望んでいるにも拘わらず、そのような目的で行っている日本の努力に対して協力しようとはせず、日本の努力を挫こうと決意しているのだ。
 
第十二章 中傷誹謗運動
省略
 
読後感
素晴らしい図書である。1922年のワシントン体制に入ってから日中戦争が起こるまでの日本と中国の関係をよく記述している。特に注目すべきことは、(1)中国人の外国人に対する考え方と(2)中国に対するソ連の影響である。第一に関しては、中国の人は、外国人を一段と劣った人であると認識し、外国と締結した条約や協定を忠実に実施する意向がほとんど無いことである。この点に関しては、あまり一般化できないかもしれないが、少なくとも、日本に対してはそうであった。その背景には、米英がかなりの協力の意向を示していたので、日清戦争での恨みのある国に対しては、復讐の念が強かったとも考えられる。もうひとつの要素は、日本側の誠実性である。日本は誠実で、何らかの平和的な解決方法がないかと模索した。その行為を彼らは、弱みの現れであると解釈した。従って、より強圧的な要求が出てきたり、まったく冷酷な拒否の声明が出ることになった。日本側は、忍耐強く、下手てに出ることがほとんどであった。日本が力を示せば、事態は別の方向に進んだ場合が間々あったと思われる。
第二のソ連の影響に関しては、著者は正しく観察している。残念ながら、「九ヵ国条約」には、ソ連は、参加していなかったので、アメリカもソ連の政治的影響力の行使を非難することはできなかったのであるが、米国は中国において、日本を競争相手と認識していたので、ソ連の行動についてはむしろ歓迎していたのかもしれない。
 
この図書が示唆しているが、明示していないのはソ連の世界制覇戦略の一環としての日中戦争の推進である。ソ連は、中国において共産党を育成し、国民党を支援し、反日運動を推進し、工作員を使って日本の活動を妨害した。最近判明した資料によると、1928年の張作霖の暗殺はスターリンの指令で、日本軍がやったように見せかけて、工作員が実施したとされている(加藤康男「謎解き『張作霖爆破事件』」2011)。また、1937年8月に起こった上海における日本軍に対する攻撃も、蒋介石直属の共産党系の将軍が実施したとされている(Jung Chang & Jon Halliday. MAO, 2005)。Kawakami氏の記述は、1931年の事件におけるソ連の関与は、想定していないようであるが、1937年の事象については十分に想定している。
 
さて、この本が指摘している重要な点は、どの国が先に「九ヵ国条約」に違反したかであるが、明らかに1931年以前に中国は日本に差別的な高い鉄道輸送料金を課したり、日本の商品に対するボイコット運動を奨励したりして、違反してきたのである。しかし、米国などは、中国の違反は問題とせず、その他の国の違反のみを問題としたのである。したがって、「九ヵ国条約」違反でもって、日本を非難するのは、まったく正当性がない。中国の対応こそ非難されるべきものであった。これでもって、東京裁判の根拠のひとつが崩れてゆくのである。
 
この著書は、日本がいかに誠実に外交問題を処理してきたかを示すものであるが、同時に日本の外交能力については、賞賛していない。中国の政府の意図を読めないことには、しばしば言及されている。また、中国人の考え方を理解していないことも述べられている。さらに、欧米諸国との対応にも、十分に手が届いていないと解釈されている。たとえば、日本は「九ヵ国条約」について、中国の違反行為をより徹底的に公表して、ブルッセル会議が開催されないように列強諸国を説き伏せるべきであったと思われる。日本の外交音痴については、まったく同感で、その後においても、なんらの進展もない。むしろ米国依存の戦後の体制の中で、退化しているといえよう。この著者のような人物が数多く輩出することを願うのみである。

閉じる コメント(10)

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>、(1)中国人の外国人に対する考え方・
中国の人は、外国人を一段と劣った人であると認識し、外国と締結した条約や協定を忠実に実施する意向がほとんど無いことである。
「この点に関しては、あまり一般化できないかもしれないが、」
少なくとも、日本に対してはそうであった。その背景には、米英がかなりの協力の意向を示していたので・・

一般化して、避諱(ひき)で考えることができます。
支那人のインチキ宣伝に、米英が乗ったのでしょう。

その内容をTBします。

2012/3/13(火) 午前 1:39 tatsuya11147

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石井菊次郎の
「中国は外国人の邪悪な点だけを指摘して、自分自身の間違いは何一つ認めようとしなかったのである。
西洋教育を受けた中国の外交官たちは、九カ国条約を日本が侵犯している、と言って声高に非難する。だが、彼ら自身の政府は、条約義務の尊厳を守ったためしがほとんど無いのだ。」

という感想も、避諱で説明することができます。

2012/3/13(火) 午前 1:47 tatsuya11147

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たつやさん
真に、そうなんです。中国は、米英への宣伝に力を注ぎ、日本はそれをあまり気にしていない。自分が正当であれば、天はそれをわきまえると考えがちなのです。ところが、米英は、中国の言葉を信じて皇道に移るのです。日本は大声を挙げるべきでした。中国が九カ国条約に違反していると。
今でも、そうです。中国は、大記念館を作って、南京で日本は巨大な悪事を働いたと宣伝しています。ところが、日本政府は、それに反対の声を挙げていない。ある市長さんが言ってるだけでsる。大声を出すべきです。

2012/3/16(金) 午前 3:27 [ Kintaro ]

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戦前戦後を通じて、日本は欧米中に比べて宣伝戦が下手だとは、よく言われてきました。
戦前は、在支那アメリカ人宣教師がアメリカで盛んに反日宣伝をしたとは知られるところです。

現在も、戦前と大差ないのかも知れません。

今回、「宣教師」に加えて

(1)支那人のメンタリティー(避諱)
をTBでお知らせしました。
もう一つがあります。それは、

(2)アメリカの大手PR会社の存在です。

2012/3/17(土) 午後 7:32 tatsuya11147

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「日本人が知らない『二つのアメリカ』の世界戦略」 / 深田 匠
第四章 P.262-293

>現在、中共は前述の在米「抗日戦争史実維護連合会」を中心として、全米で日本悪玉史観を喧伝するセミナーやシンポジウム、パネル展、書籍発行、エセドキュメンタリー製作などを大々的に展開しており、民主党がそれを全面的に支援している。

中共が「日本の侵略・戦争犯罪」を米国民に宣伝する業務を委託契約している大手PRコンサルタント企業ヒル・アンド・ノートン社は、民主党と目されるユダヤ資本企業である。(続)

2012/3/17(土) 午後 7:36 tatsuya11147

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また中共は前述のように闇献金を民主党要人にバラまく一方で、江沢民は訪米時にクリントンへの手みやげとしてボーイング五十機の購入を行っている。ロッキード社が共和党よりなのに対してボーイング社は民主党よりといわれており、ボーイング社は中共に媚びるために台湾の呂秀蓮副総統の工場見学を拒否したぐらいである。こうして赤字転落していたボーイング社は大喜びで民主党に多額を献金し、クリントンは一層対中マーケットに幻惑されていったのだ。この反日の中共と嫌日の民主党との蜜月は、まさに大東亜戦争前夜の日米中の関係を想起させ、すなわち冷戦終結によって民主党は原点回帰したともいえよう。

2012/3/17(土) 午後 7:36 tatsuya11147

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蛇足ですが、こんな言葉もありました。

■ 謀略

「スパイの一番大きな目的は、相手国の国策を誤らせる事に

ある。(中略)とにかく大東亜戦争で日本は国際謀略というも
のに引っ掛かって敗北した。謀略に対して暗かったという、
日本の不明がある。決して物量に敗れたとか何とかというよう
な簡単なものではないということを、諸君達は知っておいてよ
ろしい」

---安岡正篤;「続人間維新」より
関西師友協会 http://www.siyukai.org/

2012/3/17(土) 午後 11:16 tatsuya11147

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この本の書評は、参考になります。

http://www.amazon.co.jp/product-reviews/4062750961/ref=dp_top_cm_cr_acr_txt?ie=UTF8&showViewpoints=1

2012/3/17(土) 午後 11:27 tatsuya11147

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これも

PRとしての「従軍慰安婦」
http://www.h2.dion.ne.jp/~mogiseka/article/070624PRwar.html

2012/3/17(土) 午後 11:38 tatsuya11147

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「南京大虐殺」
ユーゴ内戦の宣伝戦にからめて
http://mogiseka.at.webry.info/201203/article_3.html

2012/3/18(日) 午前 2:28 tatsuya11147

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