特攻

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死んだ人々は…

死んだ人々は、還ってこない以上、生き残った人々は、何が判ればいい?
死んだ人々には、慨く術もない以上、生き残った人々は、誰のこと、何を、慨いたらいい?
死んだ人々は、もはや黙ってはいられぬ以上、生き残った人々は沈黙を守るべきなのか?

上の詩は1943年フランスで出版された「詩人の栄光」に収められているジャン・タルジュー氏の短詩です。
皆さんはこの詩に何を感じますか?

大東亜戦争では多くの軍人が「日本を守りたいから」「愛する人、家族を守りたいから」と命を投げ出して戦ってくれました。

今の日本を見て彼らは何を感じるでしょうか?


かつて 日本人は 清らかで美しかった かつて 日本人は 親切でこころ豊かだった
アジアの国の誰にでも 自分のことのように 一生懸命尽くしてくれた

何千万人もの 人の中には 少しは 変な人もいたし おこりんぼや わがままな人もいた
自分の考えを おしつけて いばってばかりいる人だって いなかったわけじゃない

でも その頃の日本人は そんな少しの いやなことや 不愉快さを超えて
おおらかで まじめで 希望に満ちて明るかった

戦後の日本人は 自分たち日本人のことを 悪者だと思い込まされた 学校でも ジャーナリズムも
そうだとしか教えなかったから まじめに 自分たちの父祖や先輩は 悪いことばかりした残酷無情な
ひどい人たちだったと  思っているようだ

だから アジアの国に行ったら ひたすら ペコペコあやまって 私たちはそんなことはいたしませんと
言えばよいと思っている

そのくせ 経済力がついてきて技術力が向上してくると自分の国や自分までが えらいと思うようになってきて うわべや 口先では 済まなかった悪かったと言いながら ひとりよがりの自分本位の えらそうな態度をする

そんな今の日本人が 心配だ 本当に どうなっちまったんだろう
日本人はそんなはずじゃなかったのに 本当の日本人を知っているわたしたちは
今は いつも 歯がゆくてくやしい思いがする 
自分のことや自分の会社の利益ばかり考えて こせこせと身勝手な行動ばかりしている
ヒョロヒョロの日本人は これが本当の日本人だろうか
自分たちだけで 集まっては自分たちだけの 楽しみやぜいたくに ふけりながら
自分がお世話になって住んでいる 自分の会社が仕事をしているその国と 国民のことを
さげすんだ眼でみたりバカにしたりする
こんな 人たちと本当に仲良くしてゆけるだろうか
どうしてどうして日本人はこんなになってしまったんだ

『日本人よありがとう』(土生良樹著・日本教育新聞社刊)という本の序文にマレーシアの元上院議員ラジャー・ダト・ノンチック氏が寄せた一遍の詩である。

この詩をよんで自分は反省と恥ずかしさを感じました。
皆さんは何を感じますか?

私たちは日本人です。その事にもっと自信をもっていきたい。
自分は日本が好きで日本人であることを誇りに思っています。
もう一度日本人を振り返ってほしくて今日は長々と書いてしまいました。
今日書くはずだった「核は神となるのか?2」は近々書きたいと思います。
読みにくい長文を最後まで読んでくださった方、ありがとうございます。

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現在調べもの中

現在、領土問題、南京大虐殺等について調べものをしておりますので更新はしばらくおまちください。どちらの問題も根が深すぎて中々まとまらないもので…

今日は、先日拝見した遺書を掲載しておきます。読ませていただいたときは、かなり涙ものでした。





母を慕いて

母上お元気ですか
永い間本当に有難うございました
我六歳の時より育て下されし母
継母とは言え世の此の種の女にある如き
不祥事は一度たりとてなく
慈しみ育て下されし 母
有り難い母 尊い母

俺は幸福だった
遂に最後迄「お母さん」と呼ばざりし俺
幾度か思い切って呼ばんとしたが
何と意志薄弱な俺だったろう
母上お許し下さい
さぞ淋しかったでしょう
今こそ大声で呼ばして頂きます
お母さん お母さん お母さんと

                 相花信夫 少尉 第七十七振武隊
                 昭和二十年五月四日出撃戦死 十八歳

今まで読んだ遺書と少し違う感じですが、やはり大切な人を守るためと言う強い意志は大変にじみ出ています。特に最後の2行は涙が止まりませんでした。

皆さんの命を掛けても守りたい人は誰ですか?

靖国で会おう…

今日は靖国神社について書いていきたいと思います。
まず靖国神社とは、明治2年(1869)に明治天皇の思し召しによって、戊辰戦争(徳川幕府が倒れ、明治の新時代に生まれ変わる時に起った内戦)で斃れた人達を祀るために創建されました。初め、東京招魂社と呼ばれてましたが、明治12年に靖国神社と改称されて今日に至っています。後に嘉永6年(1853)アメリカの海将ペリーが軍艦4隻を引き連れ、浦賀に来航した時からの、国内の戦乱に殉じた人達を合わせ祀り、明治10年の西南戦争後は、外国との戦争で日本の国を守るために、斃れた人達を祀ることになった神社であります。平成16年10月17日現在、明治維新 7,751 西南戦争 6,971 日清戦争 13,619 台湾征討 1,130 北清事変 1,256 日露戦争 88,429 第一次世界大戦 4,850 済南事変 185 満洲事変 17,176 支那事変 191,250 大東亜戦争 2,133,915 合計 2,466,532の御霊を祭っています。
ここ最近、総理大臣の靖国参拝が問題になっていますが、現在の日本は首相が国を守るために散って言った方々の供養もできないのでしょうか?中国、韓国から「A級戦犯が合祀されているから辞めろ」と批判を受けていますが自分からすれば何を馬鹿なことを言っているのか、と言う感じです。戦勝国が敗戦国を裁くというおかしな東京裁判(いつか東京裁判についても書きたいと思います。)の正確性は近年この裁判に関わった人たちの言葉を見ればわかります。「東京裁判はまちがいだった」っと述べた人は数多くいます。そしてもう一つ思うことは戦争に携った人は必ず被害者にもなり加害者にもなるのです。それを理解していない戦後教育を受けた現在の日本人は加害者の面を拡大解釈し日本は戦争中に大変悪いことをしました、と思い込んでいるのです。
中国、韓国、そして現在の日本人によって靖国神社は国際問題の象徴としてしまっているのです。戦中に国を守るため、大事な家族、愛している人を守るため散っていった方々、そして戦友たちと最後に「また靖国で会おう」と再開を約束して散っていった方々。今の現状を見て何と言っているのでしょうか?
考えてほしいのです。今、現在の日本が成り立っているのは靖国に祭られている英霊たちの犠牲の上に成り立っているのです。
学校で教えられている事はすべてではありません。本当に自分の耳で聞き、目で見て、心で感じたものこそが真実なのです。
私は、8月15日に日本人そして総理大臣、天皇陛下が靖国へ行き英霊に平和を誓い、遠くに住んでいる方々は黙祷してくれる事を望みます。それこそ真の平和を願う日本人としてすばらしいことではないでしょうか?
わかりづらい長文を最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。私と同じ考えを持っている方、批判的な方どんどんコメントをいただければ私が調べてきて、自分の心で触れた真実を語りたいと思います。

海軍魂

以前空の特攻について書いたので今回は海の特攻について書きたいと思います。
特攻といえば皆さん神風特別攻撃隊を思い浮かべますが、次に出てくるのは回天でしょうか?
回天特別攻撃隊とは、

日本海軍の特攻兵器(当初は脱出装置も検討されていた)。俗に「人間魚雷」とも。直径1m、速力30ノット弾頭部に1.6tの炸薬を搭載し、機関部分に九三式酸素魚雷を使用している。一人乗りであり、潜水艦で運搬され発射された後、操縦者が目標に向かって魚雷を誘導する。この兵器の搭乗員の戦没者は106名。
搭乗員の募集については、

純然たる募集。土浦海軍航空隊の予科練習生の場合、応募者2千余名の中から、身体健康で意志強固な者、攻撃精神旺盛で責任感の強い者、家庭的に後顧の憂いのない者(一人っ子、長男でない者)を基準に100名を選抜。募集にあたっては「生還の望みはない」と説明された。

募集要綱には「右特殊兵器(回天のこと)は挺身肉薄一撃必殺を期するものにしてその性能上特に危険を伴うもの」(挺身・・自分の身を投げ出して事に当たること)。「選抜せられたる者はおおむね三月及至六月間別に定められたる部隊において教育訓練を受けたる上直に第一線に進出する予定なり」とある。
空の特攻と同じように国を守るため、大事な家族、愛する人を守る為、多くの若者が桜の如く地って言ったのです。



お父様
フミちゃん

太一は本日、回天特別攻撃隊菊水隊の一員として出撃します。日本男子として生まれ、これに過ぐる栄光はありません。勿論生死の程は論ずるところではありません。私達はただ今日の日本が私達の突進を必要としていると言うことを知っているのみであります。

上御一人に帰し奉るこの道こそ太一二十六年の生涯に教えられた唯一のものであり、そのままの生き方を為し得る今日を喜ぶものであります。(中略)

最後のお別れを充分にして来る様にと家に帰して戴いたとき、実のところはもっともっと苦しいものだろうと予想して居ったのであります。しかしこの攻撃をかけるのが決して特別のものでなく、日本の今日としては当たり前のことであると信じている私には何等悲壮な感じも起らず、あのような楽しい時をもちました。坂本竜馬、中岡慎太郎、木戸孝允と先輩諸兄の墓に詣で、ひそかにその志に触れたく思ったのでありました。何も申上げられなかったこと申訳ないこととも思いますが、これだけはお許し下さい。

お父様、フミちゃんのその淋しい生活を考えると何も言えなくなります。けれど日本は非常の秋に直面しております。日本人たるものこの戦法に出ずるのは当然のことなのであります。日本人としてこの真の生き方の出来るこの私、親不孝とは考えておりません。淋しいのはよくわかります。しかしここは一番こらえて戴きます。太一を頼りに今日まで生きてきて下さったことも充分承知しております。それでも止まれないものがあるのです。フミちゃん立派な日本の娘となって幸福に暮らして下さい。これ以上に私の望みはありません。お父様のことよろしくお願い致します。私は心配をかけっぱなしでこのまま征きます。その埋合わせはお頼み致します。他人が何と言えお父様は世界一の人であり、お母様も日本一立派な母でありました。この名を恥かしめない日本の母になって下さい。この父の母の資質を受け継いだフミちゃんにはそれだけの資格があるのですから。何にも動ずることのない私もフミちゃんのことを思うと涙を留めることが出来ません。けれどフミちゃん、お父様泣いて下さいますな、太一はこんなにも幸福にその死処を得て行ったのでありますから、そしてやがてお母様と一緒になれる喜びを胸に秘めながら。

軍艦旗高く大空に揚るところ、菊水の紋章もあざやかに出撃する私達の心の中何と申上げればよいのでせう。

回天特別攻撃隊今西太一唯今出撃いたします。

今まで江田島の旧海軍兵学校、九州唯一の回天訓練基地大神等を訪れましたが、同じ年の若者が散っていった悲しさと同時にこの方々の国を守るための強い意志に涙が止まりませんでした。今愛国心について語ることは戦前の日本に戻ると言う批判の為タブーになっていますが、自分は愛国心があるからこそ日本の平和を守りたいと考えるのではないのかと思います。愛している国を守りたいと散っていった若者たち、愛している国だからこそ戦争をしたくないと言う考えは同じなのではないでしょうか?自分はそうです。
日本が好きだから愛している家族、大事な人がいるからこの国の平和を守りたいのです。そしてもし、日本に危機が訪れれば守るために戦うのです。理想ばかりの平和主義はもう聞き飽きました。愛国心教育は駄目だと大声を上げる方々、あなた達は戦前、戦中の日本人に何を見ているのですか?そんな左よりの教育により日本人はいつの間にか公を嫌い、私ばかりに走るのではないでしょうか。そんな世の中が続けばいつか日本は本当に駄目に国になってしまいますよ。日本を守るために亡くなった方たちが今の日本を見てどう思っているのでしょうか?私たちには責任があるのです。過去の真実を見つめ真の平和を気づいていくと言う責務が…二度と同じ過ちを繰り返さない為。
皆さんの考える真の平和とは何ですか?皆さんの考えが聞けるととてもうれしいです。

読みにくくて意味がわかりづらい長文を最後まで読んでくださった方ありがとうございます。

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