|
世界が、一枚の紙でできてたらどうなるだろう。
今しがた風呂に入りながら思ったことなんだが、世界が一枚の紙でできていて、神が、あるいは人が手をくわえていったらそれはどんな形になるだろう。どんな姿になるだろう。
一部は創られ、一部は破壊され、一部は真っ白で、一部は真っ黒で、一部は美しい色で彩られ、一部は醜い色で彩られる。
世界は循環している。 自然も、金も、命も。
人は考える。 強欲なままであるがために。 金を、命を、土地を、我が物にしようとする。
それを悪いことと決め付けるのは何故だ? 人は、高みを目指してはいけないのか?
考え、選び、切り捨て、尚生きる。 それが人間。
弱者を喰らい、強者が生きる。それが自然。
犠牲無き世界なんてのは薄っぺらな紙のようなものだったのだ。それが当たり前だと知ったのは、入職して少ししたくらいのことだった。
他人でも分かり合い、親しい人がいなくなった時。 世話をする人は書類処理、片付け、etc…。
思えば、あの頃からかもしれない。疑問の根が生えたのは。
「延命しようと努力したけど無理だった。」「いなくなってしまった者をどうこう言っても仕方がない。」「いちいち悲しんでたら、きりがない。」「終わったことを、ダラダラ延ばすな。」
これが死を見てきた人間の反応。 死を間近で見た俺はただただ呆然としていた。
その死を、無駄にせず、今後に生かすというならまた変わったかもしれない。 でも変わらない。
犠牲を払っても、何もしないやつがいた。 その中にいた。
感情をあらわにする高校を出たばかりの俺にとってその光景は、激怒に値した。でもできなかった。弱かったから。
子ども扱いされていた。 事実そうだろう。 それに今、この言葉を彼らにぶつけたところで、何の意味もない。
変わらないのはもう、目に見えていた。
とっくに失望していたんだと思う。 ・・・これから就職しようと思っているところもそうなんじゃないかという、不安もあるが、十人十色。それでもここよりはましだと思った。
考え、悩み、苦しみ、もがく。 そして出した結論は完全に正しいことはない。 真の正解なんてないんだから。
でも考えるからこそ形作られていく。 それが人間の面白いところだと思う。だからこそ、今一度問おう。
もし、世界が一枚の紙でできていたとして、それに手を加えられるなら、どうする?と。
それに対する答えを俺は持ち合わせてはいない。 が、これだけは言っておくよ。
「答えを出してから間違い、悔いを残すよりも。 よく考え、悔いを残さず間違った方が断然いい。」
と、20になった奴からの、戯言でした。明後日くらいにまどマギ展の成果発表するかぁ。
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用






お疲れ。
いろいろあったんだね。
でも、今のお前なら大丈夫!
これからも頑張ってな!
2012/2/20(月) 午後 9:43 [ やっさん ]