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ポーランドの作曲家,ルトスワフスキのピアノ・コンチェルトをツィンマーマンのピアノとBBC交響楽団及びルトスワフスキ自身の指揮による演奏。
このピアノ・コンチェルトは,ザルツブルク音楽祭の委嘱により1987年に作曲され,1988年8月19日の同音楽祭のコンサートで初演された。
同じポーランド生まれのツィンマーマンのために書かれたという。
ルトスワフスキといえば,同じポーランド生まれのペンデレツキとともに,同国を代表する現代音楽の作曲家とされている。
わたくしは,前回のペンデレツキのヴァイオリン・コンチェルト第2番同様,初めて聴いた作曲家の作品であります。
現代音楽というと,作品の価値というか,その前衛性が人間のもつ感性を乗り越えてしまったところがあるといわれ,聴き手にとっては,作品に向かうのに委縮してしまうのが一般的傾向ではないだろうか。
しかし,こういう音楽も聴きなれてしまえば,眼前に描かれる音のデッサンが作曲家の統一された内的必然性によって構成されているということがよくわかり,決してこれが人間の感性を乗り越えたものではないと思う。
そのことは,ブーレーズの第2ソナタにだっていえることだし,前述のペンデレツキの曲も同様であります。
ところで,ジャズを聴かれる方がクラシックを聴くという場合,19世紀を中心とした音楽よりもこういう現代音楽を好んで聴かれているということに,不思議な気持ちでいたのですが,わたくしも少ない乍らも現代音楽をかじって,そのわけがやっとわかりました。
勿論,ジャズ・ファンの誰もが現代音楽を聴いているというわけじゃありませんが,音響的といいますか,感覚的にも双方が近い,クラシックほど離れていない,時代的にも同時代,というようなことからか,わからないでもないと思いました。
さて,現代音楽というと,シェーンベルクやウェーベルンといった20世紀前半の前衛音楽家たちになかった作曲手法,たとえば,「トーン・クラスター」というような音響塊のようなものもあり,このピアノ・コンチェルトにも採用されております。
また,現代音楽は,メロディやハーモニーがないから「分からない」と思いこむのは早計。ないからこそ面白い世界だってあるのである。と,作曲家の吉松隆氏による以下のサイトに詳しく書かれておりますので,是非とも一読されてはいかがでしょうか。 月刊クラシック音楽探偵事務所
・所長:吉松隆(作曲家) 毎月10日発行 提供:JapanArts クラシック・マガジン 現代音楽はお好き?
WitoldLutoslawski - Piano Concerto (w/ score) (1987) |
現代音楽
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ペンデレツキのヴァイオリン協奏曲第2番(メタモルフォーゼン)は,1992年〜1995年にかけて,本アルバムのヴァイオリニストのアンネ・ゾフィー・ムターのために作曲され,ペンデレツキ自身の指揮による初録音となっています。
ペンデレツキには,広島の犠牲者に捧げる哀歌(弦楽合奏)(1959-60年)という曲があるくらいしか知りませんし,その曲ですら聴いたことがありません。
だから,この「メタモルフォーゼン」がわたくしにとって,ペンデレツキ初体験ということになります。
ところで,現代音楽というのは,不協和音とか無調といった,およそ耳にやさしくない音楽という先入観もあって,おいそれと手が出せない分野でもあります。
ところが,この「メタモルフォーゼン」は,現代音楽にしては,非常に耳当たりのいい音楽となっていて,ペンデレツキの他の曲を知らないのにいうのは変ですが,非常に素晴らしく,大傑作だと思いました。
というわけで,曲がYouTubeにもありましたので,アップすることにしました。 同じペンデレツキによる演奏ですが,ソリストとオケが異なります。 K.Penderecki(con.) and Juyoung Baek(violin) perform Penderecki ViolinConcerto No.2 'metamorphosen' with Korean Chamber Orchestra atConcert hall, Seoul Art Center, 18th December, 2013 under SeoulInternational Music Festival. |
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作曲家の柴田南雄氏によると,歴史上,時代様式を忠実に反映した,技巧的に比類ない難曲がいくつかあるといわれ,その中から,これまでブログでは,ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第29番「ハンマークラヴィア・ソナタ」作品106,リストの「ロ短調ソナタ」及びレーガーの「バッハの主題よる,変奏曲とフーガ」作品81を取り上げました。
今回は,ピエール・ブーレーズの「第2ソナタ」(1948年)であります。 作曲家の諸井誠氏によれば,「どうしても腕が三本ないとひけない曲」だといわれたというほど,演奏者にとって,難曲のようです。 柴田氏は,おそらくピアニストたちにとって,この曲が今日のリストの「ソナタ」並に扱われるようになるのは21世紀後半のことであろうといっております。(1978年3月7日の時点) ポリーニの弾く「第2ソナタ」は,1976年〜1977年にかけて録音されたようですが,上記の柴田氏が述べられたときは,まだ,その盤が発売されていなかったようです。 だから,柴田氏は,「マウリツィオ・ポッリーニは,東京公演の二日目にピエール・ブーレーズの第二ピアノ・ソナタを演奏した。1976年3月11日,東京文化会舘大ホール。もう,わたくしはコンサート形式のピアノ演奏から,これ以上の大きな感銘を受けることは今後あるまい,と思った。」と,また,「今彼に望みたいのは,リサイタルであんなにみごとだったブーレーズの「第二ソナタ」をレコーディングしてくれることだ。だって世界中でポッリーニにしか弾けないのだから。」と氏の著書には書かれています。 わたくしは,LP発売の当時聴きましたが,全く分かりませんでした。その後,CD化されたものをゲットしました。 因みに,第2ソナタはナクソスでも「 Idil Biret 」による演奏(1995年)がありましたが,十数年前にゲットしたものです。 また,最近ではドイツ・グラモフォンから「 Paavali Jumppanen 」による演奏(2004年)もありましたので,これもゲットしました。
その他にも現在では数人のピアニストが弾いて,CDに残されているようですが,まだまだ多くのピアニストのレパートリーにはなっていないでしょう。
さて,弾くには難曲のこの曲は,聴くにも難曲で,一度聴いただけでは,分からないと思われるが,辛抱して聴いているうちに,ちゃんと作曲された曲だということが分かってきました。 しかし,単なるピアノだけの音であるはずのものが,いかに音として把握するのが難しいかということを知らされた曲でもありました。 第二ソナタは,怒れるブーレーズというような異名?を有する曲ですが,そのことを最もよく表わしているのが,ポリーニ。 「 Idil Biret 」は,どこか急がされて弾いているような感じのする演奏。 「 Paavali Jumppanen 」は,最近の録音というだけあって,音もよく,ポリーニほどメリハリは強くなく,比較的ゆったりとした中で,しなやかさが加味された演奏のように感じました。 YouTubeは,2008年,ローマでのポリーニによるライブ演奏のようで,各楽章毎にアップされたもの。 70年代のものと比べ,基本的な弾きまわしは同じようだが,より熟達して,しなやかさもでてきたように思えるが,スタジオ録音との違いもあるかもしれない。 何れにせよ,上記3者の違いは明らかだが,それを言葉で表すのは難しい。 まずは,ポリーニから聴くべきだろうと思う。 I. Extrémement Rapide ( 5:59 )
II. Lent ( 11:02 ) III. Modéré , Presque Vif ( 2:13 ) IV. Vif ( 10:09 ) Pianoforte : Maurizio Pollini
Maurizio Pollini
Auditorium Parco della Musica,Venerdì 18 Gennaio 2008 - Roma 1st movement
2nd movement
3rd movement
4th movement
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ジャズとクラシックのCDがもう残された人生の時間をかけても聴ききれないほどあり,そういう中でも積ん読状態のものもかなりあります。
まあ,安かったので,なりふり構わずゲットしたというのが本当のところなのですが,さすがにもうこれ以上増やせないことから,いらないものの選別作業に入っているところです。
この「michaelnymanwonderland」というCDもその選別作業として聴いたものです。何しろ,買ったのはいいが,まだ,一度も聴いていないという代物で,当初は何のジャンルの音楽(ジャズかクラシックかという範囲でのことでしたが。)だったかも覚えていません。
輸入盤だということと,何かわけのわからない単語によるトラックが11あり,作品という概念もないようなものでしたので,実際のところ何だかわかりませんでした。
てっきり最近のジャズかと思いましたが,ストリングスやピアノ独奏もあるという内容でしたので,もしかして映画音楽かと思いました。
しかし,意外にこれがよかったので,早速ネットで情報収集となりました。まあ,何といいますか,癒し系の音楽で,実に心に響いてきましたから,もう胸がいっぱいとなりました。
さて,作曲者はマイケル・ナイマンというイギリス人だとわかりました。実はこれを聴いているときに思ったのですが,もしかして,英国の音楽ではないかと。何か気品のあるような,英国紳士風というイメージがあったのです。
しかし,この人はミニマル・ミュージックの作曲家だったのですね。折しもライヒを聴いたばかりでしたので,まさかと思いましたが。
ライヒもいいと思いましたが,ナイマンのこれの方がもっとよかったですね。今のところ。しかし,ミニマル・ミュージックというのは結構よさそうですね。もっと他の曲も聴いてみないことには,それはいえませんが。
それと,これはWonderland(1999 Film)とありますから,何かの映画のために1999年に作曲されたのかも知れません。
前回のライヒと今回のナイマンの2枚のCDを聴いた範囲では,非常にいいですね。こういうミニマル・ミュージックのような音楽を現代人は求めているのかも知れませんね。
まあ,とにかくこの音楽は威風堂々を作曲したエルガーの音楽にも通じるように感じましたが,いかがでしょうか。是非とも,聴いてみてください。
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スティーヴ・ライヒという現代の作曲家によるテヒリーム(詩篇)とオーケストラのための3つの楽章という曲が入ったCDを聴きました。
どこかで読んだ本に,今やベートーベンのようなクラシック音楽は聴かず,スティーヴ・ライヒを聴くのがオシャレだということが若者の間でいわれていると書かれていました。
ライヒの音楽は,ミニマル・ミュージックといって,1960年代に生まれたある種の前衛的な現代音楽であり,一時期,ライヒのCDなどはポピュラー音楽並のセールスを記録し,一大ブームとなったといわれています。
しかし,そういうことは全く知りませんでした。19世紀を中核とするクラシック音楽を聴かないで,現代音楽ならば聴くということに,違和感がありましたが,それはあくまで自分の見方にすぎないのかも知れません。
でも,ライヒを聴くのがオシャレだと考えている人は,どれほどいるのか知りませんが,どういった人たちなのか(たとえば,音楽大学の学生など)興味がありますが,知る由もありません。
しかし,現代人が現代音楽を聴かないで,1世紀以上前のクラシック音楽ばかり聴いているというのも,人によっては不思議な現象だと思う向きもあるかも知れません。
一口に現代音楽といっても様々なものがあるようで,実際にどのようなものがあるのかということを知るのは,非常に困難なことだと思います。
CDで聴ける現代音楽は,その極わずかなものに過ぎず,多くはその道の好事家や専門家でもない限り,一般の人が耳にすることはまずないのだろうと思います。
ですので,現代音楽をジャンル分けしようにもできないのが現状で,何が主流かもわかりませんので,ライヒの音楽はその一分野なのだろうと思います。
さて,ミニマル・ミュージックとは何か。調べてみますと「複数の演奏者が同じメロディーを何度も繰り返して演奏するというもので,各奏者のテンポを少しずつずらすことによって,そこに多彩な響きを生じさせようとする手法である。」とされています。
このCDに収められている2つの曲も聴いたところ,そのような手法により作曲された曲なのだろうなと思いました。詳しいことは,よくわかりません。
因みに,ミニマル・アートというのがあり,その音楽版がミニマル・ミュージックということなのですが,『ミニマルとは「最小の」という意味。美術の世界では,アクション・ペインティングの反動として1960年代のアメリカで生まれた。画面から可能な限り手技の痕跡を取り去り,均質で単純な形態のものを反復する。徹底した画面からの空間の排除は,絵画から伝統的価値はおろか造形性という問題まで排除して,物質の次元まで追いやろうとする試みだった。ミニマルの考え方は,音楽にも建築にも様々なところで展開され,その無機的な様相がある種現代の気分と一致したところがあった。』(美術用語辞典)とされ,「最小限の造形手段で制作する絵画や彫刻。1960年代にアメリカで興った反芸術運動の一。」(三省堂大辞林)だそうです。
しかし,知識のないものにとっては,これでは何のことだかわかりませんので,一つの例として,次のようなものがあるようです。
さて,テヒリーム(詩篇)は1981年,オーケストラのための3つの楽章は1986年に完成された曲で,前者はパーカッションと多数の声楽を中心に,後者は純粋器楽によるものであります。
現代音楽というと,どうしても難解だというイメージがあり中々手を出せないのですが,ポピュラー音楽並に売れたということから,聴いてみようと思ったわけです。
実際聴いてみますと実に平易で,現代音楽は難解だという思い込みがあったせいか,拍子抜けした感がありました。
短い音型の声が次から次へと,こだまのように同じ音型が繰り返されるという感じの単純な音楽なのですが,そういう決まったスタイルの中で,宗教的といいますか,信仰心を感じさせる表現となっているところは,流石だなーと思いました。
しかし,カール・オルフの「カルミナ・ブラーナ」のように,どことなく旧い時代の歌を題材にしたのではないかとも思いました。
次のオーケストラのための3つの楽章という曲も詩篇同様,同じコンセプトで創られているようですので,難しいところは全くありません。
因みに,難しい,難しくない,わかりやすい,わかりにくいとかいうことをいっている意味は,曲の本質に対してではなく,聴いて音の把握がしやすいかどうかということで,言葉を使っております。
まあ,普段は聴かない現代音楽ですが,中にはわかりやすいものもあるのだということがわかりましたが,これを本当に若者がオシャレだといって,好んで聴いているのかなー。う〜ん?
でも,自分の考えが全てではない以上,とやかくいう筋合いのものではありませんので,価値観の多様化の中で理解されるべきことなのでしょうね。
テヒリーム(詩篇)
シェーンベルク・アンサンブル
ハーグ・パーカッション・グループ
指揮:ラインベルト・デ・レーウ
録音:1993年8月30日&31日
P { margin-bottom: 0.21cm; } オーケストラのための3つの楽章
ロンドン交響楽団
指揮:マイケル・ティルソン・トーマス
録音:1992年2月10日
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