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P { margin-bottom: 0.21cm; } ジャズの名盤とされるものは,切りがないほどたくさんありますが,中にはこれのどこがいいのというものは誰しもいくつかはあるのではないでしょうか。
また,ある人はこれがいいといって,いや違うオレはこれだとかいうこともよくあることではないでしょうか。
食べ物に好き嫌いがあるように,ジャズを聴くにも個人の好みの違いはあるのだろうと思います。それはその人が背負ってきた人生の違いとも関わることかも知れません。だから,そこに意見の違いが生じるのは,当然なことだと思います。
しかし,あんこを口にしてこれは辛いとか甘くないという人は,どこか体に異常でもない限りいないでしょう。同じ甘いものでもその甘さの違いを細かに感じ取れる人とそうでない人というのはあるのだろうと思います。
実は音楽という極めて抽象的なものを人間の不確かな感覚に頼って聴かれるものというのは,こうした個人による違いがある意味はっきりと現れるものかも知れません。
さて,このブログでも私の音楽体験という中に書きましたが,自分はジャズを聴きたいという動機からというよりも,ジャズがわからなくてどうするといったような想いで,名盤とされるものを手当たり次第に聴き続けたという経緯があります。
そんなことから今では,ジャズのCDは数え切れないほどのものとなってしまいましたが,果たして死ぬまでにもう1回づつ聴けるかという危惧はいだいております。
当然のことながら,これだけ多くのジャズを聴けばバカだって少しはわかってくるのだろうと思いますが,そういう中でこれはいいとか(それほどたくさんありませんでしたが),よくないとか自分の感覚で選別してきた(意識的というよりも無自覚で)ところがありました。
そうした線上に,このOPEN SESAMEもあったわけです。オーネット・コールマンやジョン・コルトレーンがわかるようになった。しかし,このOPEN SESAMEを聴いていいとは思えなかった。そうなると,これはよくないと思ってしまう自分があったのも確かなところです。 まあ,過去にこれを3回くらい聴きましたかね。そのときはその思いに変わりはなかったわけですから,これはよくないという間違ったレッテルを貼ってしまったわけです。そこに柔軟性がないと,思い込みや偏見というものが生じてくるのは,当然なわけですね。
さて,前置きがだいぶ長くなってしまいましたが,今回何の気なしに,OPEN SESAMEを聴いてみましたが,これはとんでもない間違いであることがわかりました。 ジャズの友人がいみじくもデスモンドを聴いて「わからなかったなー」といったことが,他人事のように思っていましたが,私も今は「わからなかったなー」という同じ気持ちになれました。
なお,弁解するわけではありませんが,このブログでも過去に「FREDDIE HUBBARD THE ROSE TATTOO」や「The Artistry Of Freddie Hubbard」を取り上げていますので,自分の感覚の中では,このOPEN SESAMEだけはいまいちよくわからなかったというだけなのです。 今これを聴いてようやっとわかったということは,まだまだ自分が発展途上だということだと思います。
以前だったら,3曲目の「BUTBEAUTIFUL」がスロー・テンポの叙情的な演奏が素晴らしいなんていっていたかも知れません。 今回はそれを含めて,その曲以外でもフレディの溌剌としたトランペットやティナの何といいますかね。蠱惑的な音色のテナーが何とも素晴らしく,どのトラックもよかったですね。
因みに,2曲目と5曲目は別テイクが収録されていますが,LPをCD化したことによって,アルバムの価値が損なわれるとか,曲の並びにもこだわったりする向きもあるようです。
しかし,どうなのでしょうか。別テイクは劣るとされていますが,具体的にどこが劣るのか示していただかないと,凡人にはよくわからないのです。
要はそれでも,「いい」と思えれば,いいのではないでしょうか。音楽鑑賞は「いい」と思えるところが原点であり,「いい」と思えることが大切だと思います。
1.Open Sesame (7:08) 3.But Beautiful (6:23) 5.Gypsy Blue (7:30)- (alternate take) FreddieHubbard (tp) TinaBrooks (ts) McCoyTyner (p) SamJones (b) CliffordJarvis (ds) Recordedat Rudy Van Gelder Studios, Englewood Cliffs, New Jersey on June 19,1960. |

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