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24日から東京・後楽園球場で開かれる都市対抗野球に3回目の出場権を得た西頸(注・記事当時の新潟県西頸城郡のこと)青海町の電気化学ナインは、いま海の見える同町北斗町の専用グラウンドで最後の練習を行なっているが、選手は全員絶好調。一回戦の相手日本生命打倒に一丸となっている。 晴れ上がった18、19日は大張り切り。望月、美川、会田らの投げる球を思い切り打ちまくっていた。 久保山監督は「完投能力のある違ったタイプの三投手は調子が良いし、投手力はどこにもひけをとらない。打倒日生を果たせば、選手は若いだけにことしはやれそうです」と自信のほどをのぞかせている。 なお電化ナインはきょう20日午後3時17分糸魚川発の特急「はくたか」で上京する。 ※新潟の強豪チームだった「電化」こと、電気化学でしたが、結局これが最後の後楽園キップで、2年後には休部となりました。諏訪市・三協精機から補強の下手投げの会田投手は後にヤクルトで活躍しました。 |

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もうずいぶん前にヤクルトのアンダースローとして活躍し、テレビでもよく見ていた印象がある会田投手の社会人野球時代の話ですからね。かなりの年輪を感じてしまいますね(笑)。
2014/8/5(火) 午後 7:43
スリングさん。コメントありがとうございます。いつも十分に間をとってからお返事させてもらってます。会田投手を覚えてますか。それは嬉しいです。プロで30勝以上はあげてましたかね。あんまりきっちりデータ中心よりも記憶と印象のブログでいたいんですね(笑)。よろしくお願いします。下手投げでしたよね。三協精機はこの時点では電気化学の良いライバルで、毎年勝ったり負けたりでしたが、翌年あたりから信越地区では独走状態だったと思います。この後から夏の甲子園優勝の大塚投手(甲子園では帽子が斜めになるところが、ちょっぴりカッコよく感じました)とか、東洋大卒の玉井投手(後に巨人軍入りした)とかもいて強かったんですよ、三協精機は。関東・関西の強豪とも五分の戦力だったと思います。今の社会人野球のパワーバランスは関東に非常に傾いてますからね。今年の岐阜県大垣市の西濃運輸の都市対抗優勝は良かったと思います。私が高卒で就職した昭和54年なんかは三菱重工広島が優勝だったりしましたからね〜35年前の昔なんかは。来年は「昭和45年が45年前」になりますね。年輪感じますよね(笑)。
2014/8/9(土) 午後 11:28 [ 秀和 ]