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昨夜会社で、外部講師を招いての交通安全講習会があり、 私も聴講しました。(←体調不良でしんどかったぁ〜) 我が社には、運搬部門がありまして、実はこのところ ミスや小さな物損事故が立て続けに発生しています。 「各自襟を正せ!」と、非常事態宣言が社内発令されました。 加害者の人生も、被害者の人生も、その関係者の人生も 一瞬にして大きく変えてしまう、交通事故! こわい、こわい、こわーい! 平成19年6月12日から自動車運転過失致死傷罪が新設されたそうです。 これにより、7年以下の懲役・禁錮又は100万円以下の罰金で処罰。 講習内容に「非安全行動と事故・違反」というのがありました。 お題:あなたは黄信号で止まりますか? 私:えっ、ドキッ!、、、止まらないことある、急いでいる時に (;ーー 他にも、耳に痛く胸がドキッ!とすることが多々あった。 私の所属は企画室だけれど、マイカー通勤、他人事じゃない! 反省しましたっす。 ※講習会資料より抜粋 【平成18年全国交通事故発生の概況】 事故発生件数は、一日平均2,430件、年間886,864件 だと 死者+負傷者数は、一日平均3,026名、年間1,104,551名 だと ↑これは、日本総人口1,000人について10人という結果だと。 ひょぇ〜〜〜! これから慌しい年末です
一層気を引き締めて、安全運転に努めようと思いました。 |
セミナー
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良かったなぁーと感銘を受けた研修・セミナー・講演などをご紹介していきます。
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城野宏をご存知ですか?私、9/18福岡で開催された「戦略行動学セミナー」を受講しましたので、レポート致します。 城野宏氏は、日本の経営者とビジネスマンの脳力開発に尽力してこられた実践戦略家、昭和の3大哲人(安岡正篤先生、城野宏先生、中村天風先生)のおひとりです。 第二次大戦後の中国大陸で、毛沢東の中国共産党軍、蒋介石の国民党軍を相手に、山西野戦軍副司令官として兵士を束ね三国志さながらの軍事作戦を4年も展開し、毛沢東軍に敗れ15年間の長き獄中生活を送り、言葉に表せないほどの過酷体験の中で掴み取った「情勢判断学」「脳力開発学」を提唱されました。 会社経営者やビジネスマンが、激しく揺れ動く"現実"と対処する実践戦略思考を身に付ければ ・業績をUPさせる ・新規事業を成功させる ・他社との競争に勝ちぬく ・人と組織を動かす ・豊かな人生を築く・・・・ことができると提唱されています。 【脳力とは何か】 人間の大脳は140億ものの脳細胞からできており、この数は万人共通で平等だそうです。 個人差が生じるのは、脳細胞同士の「からみ」「つながりぐあい」によるそうです。 人間の脳というものは、本来すごい力が備わっています。 ただそれが、十分に発揮されていない、普通はまだほんの一部しか出されていない。 この、誰でもが本来は持っていながら、しかも、十分に発揮されていない脳力をどんどん表に引き出して活用しようというのが「脳力開発」なのだそうです。 ・脳力 ・・・ 根幹、人間の全体的な力、種々の具体的な行動と実力を決定づける土台 ・能力 ・・・ 枝幹、人間の部分的な力、ある特定の分野における優れた力 私達は、通常、能力の方へ着眼しがちですが、脳力をよく使った結果として能力が発揮できることを改めて認識できました。脳力が土台です。土台がしっかりしていなければいい結果は出せません。 【城野宏の年譜】 1913年 長崎県西山町に生まれる。 1935年 東京帝国大学時代、東京大学の歴史の中で中国語を学んだ最初の学生になる。 1938年 大学卒業後、徴兵により中国戦場へ向かう。 1945年 32歳、太平洋戦争の終結 山西省は石炭だけでも埋蔵量4000億トン(日本の全埋蔵量は150億トン)あり、鉄鋼も豊富、石灰石、石膏等の化学工業原材料資源を保有していた。 城野氏は、これらの物資を確保し、敗戦後物資が困窮する日本へ送ろうと考えた。 敗戦後、中国在住日本人が続々と帰国する状況下、城野氏は中国残留の道を選び、「李誠」の名で資源確保のために閻錫山の山西野戦軍(約6万人・5個師団)を指揮し、日本軍の残留部隊(約1万5千人・1個師団)と共に、毛沢東が率いる中国人民解放軍と戦う。 1949年 人民解放軍の捕虜となり、15年間監獄生活を送る 1964年 最後の中国3戦犯として51歳で帰国 1967年 執筆活動等開始
1969年 城野経済研究所発足。情勢判断学・能力開発を提唱
1970年 アラブ諸国を歴訪4回にわたり日本のトップ企業からなる経済使節団を率い、団長としてアラブ諸国を歴訪。 故サダト大統領など各国首脳と会談、日本アラブ協会理事長として親善・経済発展に尽力する。 故チトー大統領(ユーゴスラビア)とも親交があり、両国の経済発展に寄与した。 財団法人日本教育文化協会理事長、産業新潮社会長に就任。 1975年 財スポーツ会館理事 1985年 72歳で逝去 【城野宏の書籍】 城野氏は40冊以上の著作を残されています。その多くは、絶版になっているようですが、入手可能な書籍もあるようです。アマゾンにあります。ご興味ある方は是非一読されて下さい。 |
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篂 笙子さんの著書「不可能を可能にした男」岡野雅行氏の講演(8/28アクロス福岡)に行ってきましたのでレポートします。 岡野雅行氏は、プレス加工技術で「痛くない注射針」など独自の製品を開発し世界から注目を集める岡野工業株式会社の代表、昭和8年東京生まれの74才です。 【かんそう】 盛大な拍手に迎えられステージに現れた岡野氏、右手には、なんと、ブリーフケースがしっかと握られていた。なんで???私の疑問をよそ目にトコトコと演台へ進まれるお姿はフツーゥのおじい様。
ところが!!江戸っ子なまりで飾り気なく率直に、かつユーモアを交えてお話されること1時間40分、笑い転げながら拝聴させていただきました。あの情熱とエネルギーは、どこから出てくるのだろう、まるで20代の青年のようでした。
ブリーフケースには、岡野氏が作られた作品(鈴、マイクカバー、携帯電話の薄型電池、痛くない注射針、障害者用スプーン箸・・・etc)が詰められていた。
岡野氏のことば「皆さんにお見せしようと危険を冒してもってきたんだよ!飛行機乗るときにさ、引っかかるんだなー、いろいろ大変だったんだ実わぁー、つかまるとこだったんだから!」 ・・・とユーモアたっぷりに話され、バックに手を入れて1つ1つ取り出しご説明されました。最後は、持ってこられた作品を会場の皆さんへプレゼントされたんです。全部、プレゼント!。私は鈴を頂きました♪ 【痛くない注射針】 医療機器のテルモと岡野工業が5年間かけて共同開発した世界一細いインスリン用注射針「ナノパス33」は「2005年度グッドデザイン大賞」に選ばれています。 現在、約60万人の糖尿病患者がインスリンを自分で注射する治療をしています。(弟もこの中の一人なんです) テルモは患者さんの治療の痛みを和らげたいという思いで「痛くない注射針」 を発案、100社以上に製作を依頼しますが断られました。誰もが不可能と言う中で、携帯電話の小型電池ケースなどを生産する岡野工業が開発に協力、先端わずか0. 2ミリと従来品より2割も細い微細加工で「蚊に刺された程度の痛み」しか感じない注射針を完成させました。 【心に残った一言】
・できないとおもったらできないよぉー! ・固定概念は捨てなきゃ開発はできん! ・1つの技術を自分のものにするには20年、20年やり続けるかだよ、辛抱できるかだよ と、達人はおっしゃった。・・・で、開発もピアノもあきらめんぞー!と思いました。 |
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