プラス思考の実行法

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寒くて、丸くなって寝る、たま。名前のように、まん丸に、ボールのようになって寝ます。



年末もせまってますが、いかがおすごしでしょうか?

私は相変わらず、グータラやってます。
楽しく、元気に過ごしています。


ともくも初めての大学の一年目の前半が終わり、期末試験が昨日で終わりました。

学期中は、朝から晩まで学校で、あまり顔を見てなかったけど、休み中は、きっと友達三昧でしょう。


ビリちゃは、ここだけの話ですが、世間の不景気が、彼にも押し寄せていましたが、最近、少しいいみたいです。

頑張ってね、おとうさん♪


私はそんな中、一人いい思いをしてました(笑)

私は、手術をしてから、大分歩けるようになってます。
立つたびに、今でも、喜びがあります。

夜中にトイレへ行かなければ行けないとき、行ける自分がいます。
そのたびに、感動してます。せざるを得ません。

テレビのリモコンが、広い家じゃないのに、向こうのテーブルにあるとき、立って取りに行かなくては行けません。それが泣かずに、愚痴らず、出来ます、今は。お恥ずかしい・・・

床にペンを落とすことがよくあります。でも今は泣きません。
去年までは、出来なかったことです。
できなくて、恥ずかしい話ですが、泣いてました。


去年の冬は寒くて凍えてました。
また冬が来ました。なぜか寒く感じません。
すばらしい♪


今年は、『飛躍の年』でした。
私には、『奇跡の年』でした。
人間らしく生きてられる年でした。
もう出来ないと思ってました。
母は、もうだめとあきらめていたと、最近、そう明かします。
あまりに夢中で、自分ではわかりませんでした。



まだ物理的にできないことはいっぱいありますが、人間らしく感じれることは、奇跡のように感じます。感激です。感動です。

小さなことでも、可能性があります。
やる気が大切です。何ができるか、です。何ができないか、ではないんですね。

やっとわかりました。


自分の中に、心の中に自分の必要なものがあることを発見したのも今年です。
今までは、自分の外に目をやってましたが、それは間違いでした。

今年は自分を見直した年でもあります。

なかなか出来るじゃ、私、と褒めることが出来ました。
小さなことでいいんです。

私は仕事には行けないです。普通のことができないからです。
電話番は出来ません。電話を耳に当てられないから。
コピーをうまく出来ません。手がうまく使えないから。
こんな風に、普通に出来ることが、出来ません。



でも今は前みたいに悔しがったりしません。
やっとわかったからです。

リウマチ20年目で、出来ないことを嘆いたり、泣いたり、悔しがっても、、何も変わらないということを。

やっとわかったんです。
それが進歩です。
今年はそういう意味で『飛躍の年』です。

今まで出来なかった立ったり、座ったり、歩いたり、ドア開けたり、寝返りが打てたり、布団をかけられるようになったり、そういう、もう出来ないだろうとあきらめていたことが出来るようになったという意味で、『奇跡の年』でした。


この感動、感激、感謝の気持ちを忘れないようにします。
忘れません。


今は自分が出来ることを探します。

家の中で、心配事があるとき、私は心配をしないで、ほらしてもよくはならないから、私は家族に、

「大丈夫。頑張ってやってるじゃない。お金や物事で、計っちゃいけないよ」

と伝えます。

言えないときは心からその思いを伝えます。


皆さん、その思いは通じます。

詳しい内容は今書きませんが、いつかお知らせできるときがあると思います。
思いは通じます。現実化します。


なぜ今まで出来るときと、出来ないときがあったか、わかりませんが、多分こういうことです。


信じてなかったから。
そして、心の底から思わなかったから。
真摯な気持ちが通じるんです。
そして、それが、出来ればポジティブであること。

やっとわかりました。


ネガティブな気持ちも通じますが、注意してください。
何倍にもなって自分に戻ってきます。
怖がらせるつもりはないです。


自慢しているように聞こえたら、ごめんなさい。
そういう気持ちはまったくありません。



今、仕事は出来ませんが、いつか私じゃなければ出来ないことが待っていると思います。それを探すのは私です。

何か社会にお返しできることをしたいです。
もちろんまず、一番お世話になっている家族や身近な人への思いやりを忘れません。


年末も近づき、相変わらずの私ですが、今年のことは今年のうちに書いておきます。
今年は、自分の人生を再度スタートした、記念すべき年でもあります。
50才過ぎても、生きていればなんでも可能です。


そういえばこの間、50才過ぎてからボランティアを始めた女性の紹介をしてました。
日本のドキュメントです。彼女は刑務所へ行き、囚人の話を聞くのです。


まさに私がボランティアしたいところでもあったので、真剣に見ました。
彼女は今100才を越えましたが、今でも続けています。
また、新しい目標ができました、私(笑)


来年が楽しみです。


皆さんはどんな年でしたか?
来年はどんな年にしたいですか?


お付き合い、ありがとうございます。(_人_)

おまけです。子離れも・・・こうなると恐いよね(笑)
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おはようございます。日本に皆様、もう寝る時間ですよ。まだ起きているあなた。
おやすみなさい(=´∇`=)♪

今朝のメンフィスは、珍しく、雨。雨の好きな私はうれしいです。こんなことを言ってられるのも、仕事に行かなくていい、外に出なくていい、リウマチさま様、と言うところですね(笑)

なんかカッコつけて、カウントダウンとか言ってますが、早い話、書きたいことが溜まっているからです。それなのに、計画をそっちのけで、その日の気分で書いてしまうのが、私の計画性ゼロがばれてしまうところです。言わなきゃわかんないのに、言ってしまうのは御愛嬌と言うところでお許しを。

さて、今朝の話題は、プラス思考です。
プラス思考を目標に生きているわけですが、なぜそれを始めたか?

それは私が思いっきりマイナス思考の人間だったからです。

これは、マイナスに考えるのがいいことと思い、履き違えていたからです。ほら、謙虚に考えることを、卑下するところまで行き、終いには、自分を虐待してましたから。

かわいそうな私。

健康なときは、何も考えずに生きてました。暗い気持ちになると、何かをして忘れることに専念できたからです。ぱっと立って、外へ行くとか、掃除を始めるとか。それで解決でした。

しかし、体が動かなくなると、そういうことができなくなるので、いやな気持ちは解消されないまま、心に溜まりました。しかも体は動かないだけでなく、変形も伴い、外に出ることが億劫にもなります。2001年に熱を出し、関節の痛みが増す一方で、よくならず、日に日に変形が増していくのがわかるほどでした。が、その対応もできない。心まで蝕まれていくのがわかりました。

そのころから、私は下り坂まっしぐらでした。身も心も(なんかカッコいい言い方だけど(笑))。

リウマチと言う病気は、私の心の中のいやなところを出してくれたと言っても過言ではありません。

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そのころ、仕事をやめたり、学校に行き始めたりしました。
学校? その痛い、不自由な体で?

矛盾しているようですが、行きました。
偶然、授業料ももらえたので、心理学を学びたいと思いました。自分の何かを探したいと思ったんでしょうか。臨死体験で読んだこと、目に見えない力、死後の世界、そういうところに癒しを求めていたのかもしれません。

学校の勉強は大変でした。難しかったです。哲学的なこと、統計学、日本語でもわからないのに(笑)、英語でもわかるわけないですよね。苦労しました。何をしてるのかわからなかったです。

しかし、私は学校を続けました。いい成績は取れなかったけど、何とかついていき、卒業。そのころは、人の悩みを聞きたい、なんて思い始め、カウンセラーになる勉強を始めたんです。むずかしかったぁ(笑)

そんな時、顎関節がリウマチでだめになり、とうとう口が開かなくなって、人工関節を入れるため、手術。学校はお休み。お休みしたほうがいいと、ドクターが言いました。

術後、その訳がわかりました。
顔は、私の面影もなくなるほど変わったから。整形手術よりひどかったんじゃないかと思います。それからつい最近まで1年ほど鏡を見ることができませんでした。

「これじゃ、学校も行けないな。一人じゃ何もできないし、、、そうだ、ともくも大学始まる、、、大学はやめるしかないよね、、、悲しい」

痛くて、辛くて、生きていくことさえ?な私でした。でも、勉強しているときだけ、すべてが忘れられたんです。また自分に自信がないので、リウマチや変形とかで心は萎えてましたから、“肩書き”が必要だったのかもしれません。

この数年の苦しみの間、私は大好きだった読書もできなくなってました。できることは、テレビを見ることだけ。テレビが私の友達でした。朝から晩まで、ずっと見てました。

しかし、心の奥底では、いつも叫んでました、不満を。

自分が最低の、生きる価値もない人間に感じました。生きているのがいやでした。しかし、以前読んだり、テレビで聞いたりした、心の持ち方で自分が変われると言うことに、興味があり、やってみたいと思いました。

それが「プラス思考」や「引き寄せの法則」的なこと。「感謝すること」これらのことは、違う言葉で言われているときもありますが、いつも心が惹かれました。

やってみたい!!

しかし、やっても、心の奥底から言えない自分もいました。こういうことは信じてやらないといけないからです。毎日、1歩進んで、5歩下がる、を繰り返してた感じでした(笑) でも、続けれるだけ続けました。これしかないからです。

いつもイライラしてました。そしてセラピストに、

「落ち込んでるんじゃない?」

と言われ、逆切れしたり、意味のないこともしました。
普通じゃなかったです。

夫は、時に狂う私を、息子に、こう言ってました。

「お母さんが言ってるんじゃないよ。お母さんの病気がお母さんを苦しめて、言わせてるんだから」

息子がぐれなくてよかったです。

こんな明日も希望が持てないような私は、やっと新しい薬を使ってみよう、という気になれたのが去年の8月でした。

日本のお医者さんがどうかはわかりませんが、私のお医者さんは、患者から申し出ないと何も進まないところがあると思いました。医者を信じていませんでした、言ってもわかってくれないと。

それで、だめ元で聞いたのが、エンブレルでした。

「いいですよ。じゃ、検査して、この薬に耐えられるかどうか調べましょう。それでOKなら、そうだね、3週間後には始められるね」

薬の効果があるまで、6週間かかるのが当たり前、と言われました。また4人に1人は効かない。期待をあまり持たせないようにの配慮なんでしょう。理解できました。私も心の準備はできていました、効かない場合の。することはしたと言う満足感。

効かなくても、失うものはない。

しかし、薬を打って2日後に、痛みの85%は無くなりました。
奇跡のようでした。

これから先は、前の日記でもおしらせしましたが。

痛みが減るとプラス思考もしやすいです。しかし、今は痛いときでもできるようになってきてます。訓練はやはり必要かな、と思いました。

その根底には、

人生は苦しみはあって当たり前、

と言うことがあります。苦しみを避けようとばかりしてきましたが、苦しみに関して、こういう利点にも気づかされました。

それは、苦しいほど悩むとき、いい考え、対応策も出てくると言うことです。避けていると、逃げ腰、弱腰になり、いつもびくびくしてしまいます。いつか、自分の器量以上の問題は出されない、と言うことを聞いたことがあります。
簡単に毎日問題が解けたら、力もつきませんよね。
どんなことでも、悩んで悩んで考えて、搾り出すと、あるとき、急に視界が広がり、何かわかるときがくるときってありませんか? ぽんっと頭に浮かぶこと。

そういうことです。

辛いときこそ、プラスに考えると助けになります。自分を励ますと言うか、応援するんです。
プラス思考というのは、気を紛らわし、いやなことを忘れることじゃないんですね。いやなことも避けられないこともあります。もう、皆さんは知っていることと思いますが、私には時間がかかりましたよ。

痛いとき、薬が効かないとき、自分にこう言います。

「騒いで、泣いてもだめ。気持ちだけでも楽しいこと考えよう。いつまでもこのままじゃないし」

簡単じゃないですし、消極的のようですが、私にはすごい進歩なんです。実際、つらいとき、いやなことがあったときって、泣いても始まらないんですね。かえって悪くなっちゃうこと多いですよ。
そういう時私は、じっと我慢の子(笑) ここまで来るのに時間かかりました。訓練、絶対必要です。心構えって言うのかな?

「大丈夫」

それしか言えないときもあるけど、悩みません。悩まないようにします。
それが効果あるとき多いです。例をあげたらキリがありませんが。

例えば、夫が車をぶつけられ、1ヶ月以上車がなかったけど、できるだけ励ましあい、「なくてもやってけるよ」くらいで。ぼろ車が急にいい車だったような気になったりですがね(笑)しかし、事故の前、偶然、そのぼろ車のパーツを変えようとして延期になってたり、思ったより保険会社からお金が入り、少しいい車(私たちのとって)が買えたりです。しかも事故で怪我もなかった。この件でも上げたらキリがない(笑)

こんな感じです。悪いことの中にも、いいことも含まれていることにも気づけます。
私のプラス思考の根底は、何度も言ってすみませんが、

「人生は問題があって当たり前」

しかもこれは尽きません(笑)リウマチも治らないし、もっと悪くなるかもしれない。今私は、今できることを思いっきりしようと思います。
修行ですから。そう思っていると間違いありません(笑)
楽しくもなったりします。辛くて、プラス思考といってもわからないときもあります。でもプラスで応援します。すると冷静になれ、普段のことがもっと感謝できるようになります。

明日の日記が、今日書けないように、今辛いことを全部悩んで忘れるわけにはいかないんです。これも最近気づきました。いくつになっても学ぶことばかりです。私だけかな?

おや、また長くなってしまいました。(笑)
笑って許してね。

わかりづらいこともあると思いますが、少しでも伝わることを願います。
今日もお付き合いありがとうございます。(_人_)

リハビリでの出来事

ミス・マリーのこと

さて、ポジティブ思考の実践、今回は私の話で申し訳ありませんが、リハビリでもことです。
左ヒザの手術をしたとき、私は何を期待していいかわからなかったので、何も考えないでいました。

「ヒザが治ったら痛くないらしい」

「・・・でも体の痛みはどうなるんだろう・・・?」

そんなことを考えると不安になるのでそれで考えたくなかったのかもしれません。体の痛みはエンブレルでだいぶ治まってはいましたが、手術前はエンブレルを止めるように言われてました。いつまた痛みが始まるやら・・・不安でした。
また、今まで人のお世話になるのが当たり前の毎日。夜一人で過ごしたことがありませんでした。一人でベッドから起きれなかったんです。着替えも出来ないし、リハビリで人に手伝ってもらうことにも抵抗があったし、、、、。それで、リハビリもいくのを躊躇してました。
そういうわけでリハビリにも行きたくなかったし、考えると不安になるし、考えないようになってたんでしょうね。

そこで、こんなことがありました。

リハビリでの初めての朝、5時過ぎと聞いていた起床が、4時過ぎに起こされました。何もできない私の身支度を手伝ってくれるのです。彼女たちはエイドといって、患者の身の回りの手伝いをしてくれるんです。でも普通の病棟のエイドがやさしく扱ってくれたのと違い、リハビリのエイドは、手術後だろうが、痛いだろうが容赦なく、パッパッとトイレや着替えをしてくれます。患者は私だけじゃないんです。手のかかる患者はいっぱいいます。時間はかけてられないんです。

私は体は痛いし、膝の手術をしたばかりで、動かすのも怖いので、足を動かされ、ズボンをはくとき思わず、

「いた〜〜い!」

と叫んでしまいました。

「そんなことないでしょ、大丈夫よ!」

と、ジャイアンの妹のような180センチはあるエイドが笑って言いました。
もう、何を見ても怖かったんです。

その朝は、もう5時前にナースセンターの前に車椅子で連れて行かれ、7時半の朝食まで待ってました。もうこれから始まるリハビリが、、、と不安になりたくなかったので、何も考えず居眠りして待つことにしました。


朝食が終わって、ジムに連れて行かれました。ジムは周りが全部窓で、そこから入る朝日はとてもきれいでした。家の中に閉じこもっていた私には、その外の景色がとても新鮮で、

「いい気分だなぁ、今日のリハビリ、なんとかうまく過ごせそう、、、」

しばらく外を眺めていました。


すると、看護士が来て、

「はい、今日のお薬よ」

とピルがいっぱい入った入れ物を渡されました。

「あのう、これは何の薬ですか?」

「ビタミン剤、フォーリック酸、マグネシウム、高血圧の薬とニコチンパッドよ」

「私、高血圧じゃないし、タバコも吸いませんが、、、」

「でもこれはあなたに処方された薬なのよ」

「じゃ、私のドクターと話をしてから飲みます」

ここで、彼女は気分を害したようで、

「そう? でもあなたの薬よ」

「でもタバコもすわないし、お酒だって飲まないのに、、、」

ここで私は半泣き気分でした。

彼女は私のシャツの首のところを引っ張り、ニコチンパッドを貼って、ジムから出て行こうとしました。
どうしていいかわからない私は、

「私の部屋につれてってください」

「何言ってるの? 今から、リハビリが始まるんだから、あなたはここにいなきゃいけないのよ!! それから、あなたね、私は正規の看護士なのよ。自分が何をしてるかわかってるんだから、、、薬のことも、、、」

と、私に人差し指を縦に振りながら、ジムから出て行きました。私は、自分の言っていることが受け入れられず、それが悔しくて涙が止まりませんでした。泣き虫なので。それで、窓に向き、人に涙を見られないよう、泣くのを我慢しました。

そこへ、セラピスト(PT)が来ました。

「おはよう、カズコ。。。。」

半泣きの私は、ここで本当に泣いてしまいました。

「どうしたの?」

私は彼女に何があったかを言いました。するとセラピストはナースステーションに電話してくれ、説明をしてくれました。

すぐあのナースが来ました。笑顔さえ浮かべて。私のリストバンドを見て、

「名前を調べるべきだったわね」

といって、間違いであることを知り、シャツの首をまた引っ張り、ニコチンパッドを、バリッ、とはがして去って行きました。


リハビリが終わり、休憩になると、私は自分の部屋に連れて行ってもらいました。悔しさはまだ残ってます。すぐ家に電話して、ビリちゃに話しました。話していると悔しさが戻ってきて、もっと泣いてしまいましたが、話し終えると、スーッとしました。

ビリちゃはリハビリに電話し、薬を間違えるのはあってはならないこと、患者の名前を調べるのは基本中の基本であること、もっと注意してほしい由を述べました。
ビリちゃのお母さんは、なんでもストレートに言う人なので、病院にその日来たとき、あの看護士に注意してと言ったようでした。

病院の対応は早く、ドクターがすぐ電話を折りかえしてくれた、後でビリちゃに聞きました。看護士長も事の真相を聞いてくれました。

あの看護士は、私の担当の看護士ではなかったんです。

午後のリハビリの最中、私はひどく具合が悪くなりました。吐き気と下痢、寒気でいても立ってもいられないほど、その日のリハビリは中止です。後で、お義母さんが、

「顔が真っ青で、死にそうだったよ」

と言ってました。

大変な一日でした。しかも私はリハビリに来たばかりで、これからまだ先は長いんです。

ここのリハビリは患者小人数制で、25人くらいしかいません。看護師、セラピスト、エイド、受付、掃除の人たちのほうが患者数より多いんです。
その日、体も落ち着き、ビリちゃのお母さんが帰ったあと、一人でこんなことを思いました。

(毎日会うんだ、あの看護士に。マリーって言うんだ。狭いリハビリだもの、、。会いたくないなぁ、、、でもそんなわけには行かない、、、。どうしたらいいかな、、、、)

人のせいにして、フン、と言いたい気持ちもあります、正直なところ。でもそれじゃいやだと思いました。それじゃ進歩がない。ここでの経験はいい物にしたい。そんな気持ちがどっと一挙に沸いてきました。

(そうだ!!! 普通に行こう。会ったら挨拶できるようになろう。いつまでも、いやだ、とは言ってられないよ。初めは大変かもしれないけど。みんなが謝ってくれたからといって、ここでいい気になっちゃいけない、、、、。そうだ、謙虚に行こう。先ず、挨拶から、、、)

彼女は謝ってもくれなかったけど、そんなことにこだわりたくもなかったんです。
批判したい気持ち、怒りたい気持ち、すべて捨てました。

そう思うと、先のことは何があるかわかりませんでしたが、幸福感が沸いたことを思い出します。

朝食と昼食はみんな一緒に食べます。患者はみんな薬が必要ですから、それぞれ担当の看護士がいます。あの看護士もいます。
次の朝、カフェテリアで私は実はちょっと避けていました、彼女を。
でも、考えないようにしました、ネガティブなことは。笑顔で行くようにしました。

その次の日、会うことはありませんでした。

彼女も避けていたのかもしれませんが、いつまでもお互い避けて通るわけには行きません。狭いリハビリですから。

4日くらいたった日、廊下であの看護士、ミス・マリーが向こうから来ます。私は、ちょっとためらいましたが、

「おはよう、、、」

と言いました、でも蚊の鳴くような声だったかな、、、。目を合わすことも出来ませんでした。
彼女は、振り向いてもくれませんでした。廊下には二人しかいないのに。聞こえなかったのかもね。
でも、私はめげませんでした。'''

「当然の人の反応よ。責める気持ちなく、素直に挨拶をしたいだけ。あの日のことを帳消しにしたいだけ」

でも、無視される日が数日続きましたが、私は相変わらず、挨拶を続けました。

10日も経ったころまでに私は、挨拶するエキスパートになっていて、誰にでも「ハーイ」とか「おはよう。今日は元気?」と大きい声で言えるようになっていました。もちろん、ミス・マリーにも。

そんなある日、またミス・マリーと廊下で出会うことがありました。わかっていたけど、また大きい声で、

「ミス・マリー、おはよう」

すれ違い、数歩進んだとき、

(仕方ないね、でもきっと挨拶してくれるから、、、)

と自分に言いながらジムに向かいました。すると、後ろから、

「ああ、私に言ってたのね、おはよう」

と初めて言ってくれたのです。うれしかったぁ〜〜〜!!!
それでも、挨拶するときに、笑顔はありませんでした。でも、私はそれだけで満足でした。
それからは会うたびに挨拶をしました。
退院の2,3日前からは、笑顔にもなってたし、声もかけてくれるようになったんです。
しかもふざけておどけて見せるようになったり。私の気持ちとしては、一方的ですが、好きな友達、、、くらいになってました。ほっとしました。



このミス・マリーとの事件で、私はいろんなことを学びました。
先ず、人に挨拶できるようになりました。誰にでも声がかけられるように。アメリカ人だから、だれでも挨拶すると思ったら大間違いです。
ここは黒人が多かったですが、意思の疎通は出来るようになった。
今まで気になった肌の色が全然気にならなくなった。
みんな苦しんでいる人たち。心を閉じている人、泣く人、怒っている人。
こっちが心を開くと相手もそれなりに対応してくれると言うこと。

最後には、ミス・マリーのおかげでリハビリの生活が充実したものになったとさえ思えるようになり、感謝でいっぱいでした。
彼女に心のうちを告げたかったんですが、右ヒザのときもまたリハビリに行くのを知っていたので、そのときは何も言わないで家に帰ってきました。


次回の右ヒザのときのリハビリが楽しみで仕方ありません。
どんな”楽しみ”が待っているか・・・へへへ。

今日もお付き合いありがとうございます。(_ 人 _)
前にも言いましたが、人は一日60,000とも50,000ともいわれることを考えているそうです。しかもそのうちの大半は、70パーセントくらいは、マイナス思考なんですって。
マイナス思考と言うのは、いやなことです。怒ったり、心配したり、不満だったり、、、、キリがありません。
そして、なぜマイナス思考になるかということ。なぜだと思いますか?

それは、この情報によると、人はこれから起こることが楽しいことだと思いたいけど、それが外れて、がっかりするのがいやだから、あえてマイナス思考で準備しておく、と言うことなんです。


実は私はかなりのマイナス思考でした。徹底して自分をけなしました。不安で不安でどうしようもなかったですね。心配してたら、いいことが起こる、と真剣に思ってましたから。それが治まると今度は、なんでも人のせいにしてましたね。いや〜〜〜なやつでした。
そして、被害妄想。

「みんな、私のことなんか嫌いなのよ、、、グスン」

いわゆる、self-pity。悲劇の主人公とは、うまいことを言ったもんですなぁ。

「でもこれほど、みっともないことはないぞ!」

といってる私ですが、実はこれは私のしてきたこと。お恥ずかしい限りです。はい、、反省してます。

で、最近の私は、

私は何かあると、特にいやなことがあると、まず深呼吸をします。
大きく吸って〜〜〜〜、吐いてぇ、のときに、自分の中のいやなことが出て行くようにイメージします。えーと、するようにしてます。最近は外に出ないので、あまり事件もないんですが。

またこういう話も聞きました。

いやなことを考えていると、それが相手に通じるってことです。私たちはエネルギー体で、特に気がそうなんでしょうね。いやだな、と思っていると相手に伝わるだけじゃなく、そういう似たような気が集まってくるそうですよ。

たとえば、こういう話を聞いたことがあります。その人は車が大好きで、いつも車の世話を怠りません。きれいにしてます。しかし、嫉妬も強いのか、他の車が走っていると、自分のよりかっこいい車なんでしょうね。こう言うそうです。

「ぶつかれ、ぶつかれ」

「何でそんなことを言うの?」

「だっておもしろいじゃん」

幼稚ですね。
ですから、他のかっこいい車を見るたびに、

「ぶつかれ、ぶつかれ」

と呪文のようにつぶやくんですね。
この話、どうなったと思いますか?
いろんな条件でいろんな方向に結果は行くんでしょうが、この場合は、


自分の車がぶつかった。


、、、そうですよ。この場合、相手の人は知りませんから。自分にその気が回ってきて、自分の車がぶつかり、修理代がかかった、という泣けない話です。でも、幸いなことは、杭にぶつかったので、相手がいないということ。

ですから、気をつけましょうね。世の中、何でも回ってきます。
しかし、これを応用すると、ポジティブなことも、回りまわってくるということです。

でも、皆さん、見返りを狙ってはいけません。やってほしいからやる、というのは悲しいです。無条件でするから、喜びも大きいんじゃないでしょうか。
心の中の小さな幸福感。お金、有名じゃない。それじゃだめ。
それが大切なんじゃないでしょうかね。

そして、似たもの同士って言うじゃないですか。

さて、じゃ、ポジティブにしてるのに、ネガティブな人に恨まれたらどうなるの?

どう思いますか?

これは似たもの同士じゃないから、跳ね返すんです。これしかないんですね。ネガティブなものを避けるのは。だから笑っていることはいいことなんです。

「このやろう」

といいながら、心から笑ってる人はいないと思いますから。



実はこういうことがありました、リハビリにいたとき。
が、スペースがなくなってきたので、次回ということにします。


皆様の「いや〜なこと」に比べたら、たいした事件ではないかもしれませんが、稚拙ですが、次回は私の例を挙げさせていただきます。

本日もお付き合いいただき、ありがとうございます。(_ 人 _)
( ^-^)∠※.。・:*:・°`☆、。・:*:・°`★°・:
,。★\(-)♪ありがとう♪( ^-^)/★,。

ちょっと悩むとき

今日から7月ですね。ともくたちは無事秋田へ。妹夫婦も実家の母、弟夫婦、仲のいい友達(親戚だけど)夫婦に会い、いいときを過ごしたようです。
よかった、よかった  ヘ(^∇^ヘ)ヘ(^∇^ヘ)


つらいことが今少しあります。

それは、

今まで「よかれ」と思ってしていたことが間違いだったと、気づいたこと。

愛する人たちをそれに引き込んだこと

アメリカが間違いをしていると、住んでいる人まで間違いと思われているなような気がすること。

愛する人を誤解したこと。

こんなにてんこ盛りに一度にくるなんて、珍しいですよ。(;´д` )

こういう時って自分のすべてが非難された気になります。
けっこう悲しくなります。o( _ _ )o

ここで、愚痴ろうかなぁ・・・と思ったとき、

(ちょっと待って)

と心が囁きました。

(誰も面と向かって私に言ったわけじゃないじゃない?
誰も今私がこう思っていることさえ知らないじゃない。
じゃ、誰がこう思っているの?)

私だw(°o°)w 
目からうろこです。

ポジティブな考えをいつも意識してやろうとしている私。それなのに自分に負けそうになるときがあります。

じゃ、こういうとき、どうしたらいいんだろう?

そうだ、まず、今日生きていることに感謝。
今あっちこっちが痛くないことに感謝。
自分が今気づいたことに感謝。

笑顔、笑顔(^_^) ニコッ(*^^*) フフ(⌒_⌒) ニコリ

( ^-^)∠※.。・:*:・°`☆、。・:*:・°`★
°・:,。★\(-)♪ありがとう♪( ^-^)/★,。・:・°

(最近、顔文字に凝ってます。へへへ)

実は私、本当はネガティブなやつなんです。だから、ポジティブになりたくて、一生懸命勉強して、実践しようとしているんです。

そして、その手ごわい相手は、自分なんです、いつも。
ですから、何か自分が不安になるとき、暗くなるとき、非難をするとき、怒るとき、まず「どうして?」と聞きます。

小さいことでもです。これは効果があります。冷静になれるからです。
今の悩みはぜんぜん解決の「か」の文字もありませんが、まず今は落ち着いています。
「感謝」のおかげです。

そして、こういう「ネガティブ」なことが、今までの経験から、いい方向に向かうことがよくあるんです。この次紹介します。

ポジティブに考えていれば、そのうちいい考えも浮かぶでしょう。
笑顔、笑顔・・・・・(^_^) (*^^*)  (⌒_⌒)


お付き合いいただき、ありがとうございます。(_人_)

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