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愛する皆さん。あなたがたはこれらの出来事と、主が再び来られることとを、待ち望んでいるのですから、罪を避けて生きることに精一杯励みなさい。また、再びおいでになった主に喜んでいただけるよう、すべての人と平和に過ごしなさい。なぜ主が、こんなにも長く待っておられるのか、よく考えてみなさい。主は、私たちが救いの教えを伝える時間を与えておられるのです。学識の深さで知られる、愛する兄弟パウロも、多くの手紙の中で、同じことを書いています。しかし彼の手紙には、むずかしいところがあるので、中には、それをいいことに、わざと的はずれの解釈をする人がいます。彼らは、聖書のほかの個所でもそうするのですが、パウロが言おうとしていることとは、全く別の意味を引き出しているのです。それは、自分で滅びを招いているようなものです。愛する皆さん。前もって警告しておきます。このような不正な者の、誤った考えに引き込まれないように、よくよく注意しなさい。そうでないと、あなたがた自身も混乱するからです。むしろ、霊的な面で成長しなさい。そして、主であり、救い主であるイエス・キリストを、もっと深く知りなさい。このキリスト様に、すべての栄光と輝かしい名誉が、今も、後も、永遠までもありますように。アーメン。
いつかこの世界の終わりが来る。いま言われているような2012年人類滅亡だというものではない。それはただ滅びを煽るだけで、この福音から目をそらせようとするものなのだ。
この世界の終わりを決め、実行されるのは創造主なる神の御手のうちにあること。そしてその時はただ滅びが待っているのではない。イエス・キリストにある者の救いの完成の時なのだ。
なぜ神がこんなにも長く待っておられるのか、それは私たちに与えられているイエス・キリストの証し人という務めによる。新しいいのちに生まれることのすばらしい良き知らせを、御国の福音を、本当の希望を、イエス・キリストを知らない私たちの周りに宣べ伝えるために時間を与えておられるのだ。
マタイ24:14そして御国についてのすばらしい知らせが全世界に宣べ伝えられ、すべての国民がそれを耳にします。それから、ほんとうの終わりが来るのです。
聖書が、また使徒たちが語っていることは、イエス・キリストについてであり、罪の滅びからの救いがあるということであり、永遠のいのちを得る約束であり、御国が待っていると言うことなのだ。
信仰はたとえボロボロであろうともイエスが私たちを愛していること、平安を得ていること、イエスにある希望に生きていることの喜びを確信することなのだ。私たちのアイデンテテーはキリストにあることなのだからである。
私たちキリスト者はあわてることがない。ペテロは初めはこのような者だった。けれども信仰に生きた時、しっかりした証し人となったのである。私たちにとってもあわてない礎はイエス・キリストである。私たちは救い主であるイエス・キリストを、心から信頼すること。もっと深く知り、霊的な面で成長することである。
マタイ24:11〜13ですから、その時には多くの者が罪の生活に逆戻りし、互いに裏切り、憎み合います。また多くの偽預言者が現われ、大ぜいの人を惑わします。罪があらゆる所にはびこり、人々の愛は冷えきってしまいます。けれども、最後まで耐え忍ぶ者は救われるのです。
サタンは神の愛を受けるキリスト者から切り離そうとする。だから私たちはこの神の
愛を、恵みの支配を喜び、信頼して忍耐していくのが、与えられた信仰なのだ。そこに生き続けるのが幸いなのである。
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