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台風が上陸した。私のところは大丈夫であったが、みなさんは如何であろうか。慰めが、励ましがありますように。
されいよいよ詩篇も最後となった。長い道程であったが、どうにか終えることが出来た。感謝である。
1 ハレルヤ。神の聖所で、神をほめたたえよ。御力の大空で、神をほめたたえよ。
2 その大能のみわざのゆえに、神をほめたたえよ。そのすぐれた偉大さのゆえに、神をほめたたえよ。
3 角笛を吹き鳴らして、神をほめたたえよ。十弦の琴と立琴をかなでて、神をほめたたえよ。
4 タンバリンと踊りをもって、神をほめたたえよ。緒琴と笛とで、神をほめたたえよ。
5 音の高いシンバルで、神をほめたたえよ。鳴り響くシンバルで、神をほめたたえよ。
6 息のあるものはみな、主をほめたたえよ。ハレルヤ。
私たちは問題に出会った時、心の中から平安や喜びを失い、疲れ果ててしまう。それは問題に心を奪われるからだ。惨めな何も出来ない自分の心に焦点を合わせてしまうからなのだ。
この世の多くの人々はその時、何に頼るのであろうか。またそのような状態にある人に慰めがあるように祈ると言うが、誰に祈るのであろうか。
しかし、私たちキリスト者には問題を解決してくださるただ一人の方キリストに心を向け、神を賛美することが出来るのである。どのような状況であっても私たちの信じる神は、必ず慰め、励まし、勇気ずけて助けてくれるのだ。私たちの武器は賛美なのだ。
神をほめたたえるのは「大能のみわざのゆえに」「すぐれた偉大さのゆえに」息あるものはみな賛美するのである。私でありあなたであり、148篇でもあったように全被造物がほめたたえるのだ。
2歴代誌5:13-14ラッパを吹き鳴らす者、歌うたいたちが、まるでひとりででもあるかのように一致して歌声を響かせ、主を賛美し、ほめたたえた。そして、ラッパとシンバルとさまざまの楽器をかなでて声をあげ「主はまことにいつくしみ深い。
その恵みはとこしえまで。」と主に向かって賛美した。そのとき、その宮、すなわち主の宮は雲で満ちた。祭司たちは、その雲にさえぎられ、そこに立って仕えることができなかった。主の栄光が神の宮に満ちたからである。
神が力強く臨まれたということだ。私たちクリスチャンの体は聖霊が住まれる宮。神を賛美するとは歌うことに限定されない。日々の生活の中で神をたたえることである。それがまだ、イエス・キリストを知らない人々の内に神への飢え渇きを起こさせることになる。
神は私たちが喜びに溢れるようにと、すべてを備えられた。しかし、人間はそこから外れ、自分の力で喜びを得よう、造り出そうとしてしまったのだ。神はその的外れな生き方を喜ばれないゆえに、御子イエスをこの世に送り、本来ある人としての生き方に立ち返らせるために、十字架を備えられた。それできではない。永遠の喜びの御国へ入れてくれるのである。
詳訳聖書1ヨハネ1:3〜4
私たちが見、また〔自分自身が〕聞いている事を、あなた方にも告げ知らせています。それは、あなたがたも私たちの仲間〈相伴者〉として交わりを実際に経験する〈味わい楽しむ〉ようになるためです。そして、私たちが持っている〈キリスト者の特徴である〉〔この〕交わりとは、御父ならびにその御子、イエス・キリスト〈メシヤ〉との交わりのことです。
この喜びはすべての人々に用意されており、何の差別もないのである。
ハレルヤ。神をほめたたえよ。息のあるものはみな!
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