品川徹の役者日記

眞緑のキャベツ畑に蝶が舞いジェット機飛びし三里塚あり 「三里塚に生きる」を観て

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12月14日。「ゼロ・グラビテイ」を観る。凡人は想像もできない。地球上空60万メートル、温度摂氏125度か
        らマイナス100度、気圧も酸素もない、生命体は生きることができない宇宙での話である。
        宇宙船の事故でエンジニアのストーン博士(女性)と宇宙飛行士のコワルスキー(男性) 
        がその宇宙空間に投げ出されて次々にふりかかる危機を乗り越えて女性が地球に生還する話だ。
        男性の宇宙飛行士は途中でストーンを助けるために宇宙の彼方へ消えていく(宇宙に彼方がある
        のかは知らない)。
        映画は90分のほとんどの時間、観客を緊張とスリルの連続の中に否応なく引きずりこんでしまうの         だが、私はこの映画を見て確かに90分間映像に引き付けられっぱなしで面白い映画ではあるの
        ですが、不思議なことに感動を覚えることは無かったのです。それは何故かと私は考える、、、
        辿りついたのはこの映画は比喩的な言い方ですが無菌映画なのだ。あの二人の女と男にも
        日常があるはずなのだと、男には家庭があり妻がいて子供がいて親がいて兄弟がいてと、或いは         愛人がいたかも、女にもまた然りそんな日常の幸福とか、夫婦のさざ波とか、歳老いた親の世話と         か、数えあげればきりがないのだが、そういう日常の有菌状態(私の比喩的な感じ方)がほとんど
        皆無なのだ付け足しのように女には女の子がいて事故で死んだ(?)ことが語られ、コワルスキーは        宇宙の果てから君は俺に惚れていたんだろう(?)みたいなジョークとも本音とも取れる言葉をスト
        ーンにに残して宇宙に消えていく。90分の殆んど無菌のこの種の映画はは、どうも私には苦手と
        言ってしまっては身も蓋もないが、なぜか感動とは出会えなかったのです。
                 なぜ感動が無かったのか二週間ほど過ぎて、東京新聞で井筒監督の言葉にぶつかった→→「今         の画面は大方がフルのCGの嘘っぱちだ。昔の映画は画面から共同便所の臭が鼻を刺した。
        「バジル大作戦」ではシネラマの迫力で戦場の丘を低空で飛び越える場面では腰が浮き、火炎の
        匂いまでした。」と言っていた。昔の映画は隅から隅まで全てが実写だったと。私の無感動は必ずし        も感性の衰えによるものでは無いとはたと膝を打ちたくなった。  
 
★12月16日。今読んでいる本。↓
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★石原吉郎・詩人。 1915〜1977。1939年応召。敗戦によりシベリヤの各地で強制収容所を転々53年
              特赦により帰還。
 
★12月26日。今日の東京新聞の⑧⑨面の記者100人と坂本龍一との対談をもとに創った紙面、「原発神話をぶっ壊せ」「心を開かせる伝え方」はとても斬新で読みやすく、解りやすい紙面でした。 
 
★12月27日。 何が積極的平和主義だ
 

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