品川徹の役者日記

眞緑のキャベツ畑に蝶が舞いジェット機飛びし三里塚あり 「三里塚に生きる」を観て

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衣装合わせ

2月7日。ドラマの衣装合わせで調布の角川大映までマネジャーと。
 

転形劇場初期の頃2

品川の(水の駅mixi日記より転載。)
http://img.mixi.net/img/emoji/38.gif70年代の小劇場は何処の劇団も手作りの作業で舞台を立ち上げていた。
役者は役者だけをやっていいれば済む劇団状態ではなかったのだ。経済的ににも人的にもそんな余裕はなかった。普段使っている稽古場を本番になる時はそこを劇場にするために、舞台の装置や客席を劇団員全員で大工さんのように道具を腰につけて働いた。赤坂の稽古場もその例にもれず公演の時はそんな感じだった。
ある公演の舞台と客席を3、4日かけて仕上げるわけだが、そんなある時2名のAとBが途中で今日は用事があるので早びけしますと早退した。
残った団員はその後2時間くらい仕事をして稽古場を引き上げて駅への帰り道、銭湯の前にさしかかると、早退したAとBがなんと銭湯からくつろいだ感じで手ぬぐいぶら下げて出てくるではないか、それを見た太田は怒ったね。「先に帰ったのは風呂に来る為だったのか」と「それでいいのか」「ええっ!!」「みんな働いていたんぞ!!」この時の太田は原理主義者的な太田の面目やくじょとした態度だった。彼は何につけ原則を破るものは許せなかったのだ。今でも小規模の劇団はこんなふうに劇を立ち上げているところがある。回顧趣味で書いているのではない。

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