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			<title>JE2LUZ熊野を語る</title>
			<description>　熊野古道のそばに住み、市議会議員をやりながら、ぐだぐだと色んな事を書いています。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/je2luz_kumano</link>
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			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>JE2LUZ熊野を語る</title>
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			<description>　熊野古道のそばに住み、市議会議員をやりながら、ぐだぐだと色んな事を書いています。</description>
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			<title>古い写真</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-ae-ed/je2luz_kumano/folder/109112/28/69721728/img_0?1509236633&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
１９６３年頃…&lt;br /&gt;
大隈講堂の鐘</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/je2luz_kumano/69721728.html</link>
			<pubDate>Sun, 29 Oct 2017 09:23:53 +0900</pubDate>
			<category>写真</category>
		</item>
		<item>
			<title>おとなしい赤外写真　大丹倉</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-ae-ed/je2luz_kumano/folder/109112/45/68032545/img_0?1432220876&quot; width=&quot;559&quot;&gt;&lt;br /&gt;
　イルフォードの赤外フィルム&lt;br /&gt;
　普通の赤フィルターだと昔のコニカ赤外よりおとなしくなるようです。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/je2luz_kumano/68032545.html</link>
			<pubDate>Fri, 22 May 2015 00:07:56 +0900</pubDate>
			<category>写真</category>
		</item>
		<item>
			<title>昇りすぎた初日の出</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-ae-ed/je2luz_kumano/folder/1568751/64/67688464/img_0?1420450662&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
　少し寝坊したら･･･&lt;br /&gt;
　こんな高さでした。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/je2luz_kumano/67688464.html</link>
			<pubDate>Mon, 05 Jan 2015 18:37:42 +0900</pubDate>
			<category>三重県</category>
		</item>
		<item>
			<title>熊野の旅　冬の海　７０年前　１２月７日</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-ae-ed/je2luz_kumano/folder/1568751/48/67619048/img_0?1417784730&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
　宮城道雄さんの名曲に「春の海」てえのがありますね。&lt;br /&gt;
　与謝野蕪村は、「春の海　ひねもすのたり　のたりかな」なんてのをひねりましたね。&lt;br /&gt;
　春の方が海に似つかわしいように思われているようです。&lt;br /&gt;
　そして、日本海側では「冬の海」は灰色で荒れ狂い、近寄りがたいもののようです。&lt;br /&gt;
　しかし、ここ紀伊半島の南端では、冬になってくると天気がよいし、太陽が傾いて低い位置にあるので昼間でも、海はきらきら光っています。&lt;br /&gt;
　波も穏やかで遠くからだと、海面は縮緬のような模様に見えます。&lt;br /&gt;
　日の出から日が落ちかける頃までは場所を探せばきれいな海の写真が撮れます。&lt;br /&gt;
　ちぎれ雲が流れるので海面には適当な明暗も出ます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　朝は寒いので中々日の出を撮りに出掛ける気になりません。&lt;br /&gt;
　日の出も遅くなって、７時一寸前なので早くは無いのですけどね。&lt;br /&gt;
　昼間の海でもついでの時に見掛けと車を止めますが、これも、通過しちゃうことが多いほど不熱心です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　これは磯崎地内の国道から撮ったものです。&lt;br /&gt;
　１２月５日１１時１６分･･･　冬じゃ無ければ海はこんなに光りません。&lt;br /&gt;
　熊野灘もこんなに静かです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　でも、こんな静かな熊野灘で７０年前１９４４年１２月７日１３時３６分に「東南海地震」が起きたのです。&lt;br /&gt;
　そして、このきれいな海が襲ってきたのです。&lt;br /&gt;
　木本、有馬などは緩やかなカーブを描く七里御浜･･･砂利浜なので津波被害がほとんどありませんでしたが、大泊以北は新鹿も尾鷲も甚大な被害が出ました。&lt;br /&gt;
　この記録は「戦時中」という理由で消されています。&lt;br /&gt;
　何人死んだかも解らないのです。&lt;br /&gt;
　地震、津波も怖いけど、戦争、軍部ってそれ以上に怖いです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　地震を格好良いと思う人はほとんど居ないでしょうが、戦争を格好良いと思う人は結構居るんですよね。&lt;br /&gt;
　自分が将校で指揮官だという風な勘違いをするんですよね。&lt;br /&gt;
　困ったを通り越して迷惑なことです。&lt;br /&gt;
　あなたもあなたの子供も、使い捨ての「召集兵」に過ぎないんですけどねえ･･･</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/je2luz_kumano/67619048.html</link>
			<pubDate>Fri, 05 Dec 2014 22:05:30 +0900</pubDate>
			<category>三重県</category>
		</item>
		<item>
			<title>熊野古道トレイルランニング２０１４　追加</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-ae-ed/je2luz_kumano/folder/1568751/19/67603419/img_0?1417258109&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
　前の記事の追加です。&lt;br /&gt;
　この事業、今年は、「世界遺産登録１０週面記念事業」には入っていませんが、力点項目です。&lt;br /&gt;
　ロングトレイル整備事業　１.３５３.０００円&lt;br /&gt;
　トレイルランニングレース開催事業　８００．０００円&lt;br /&gt;
　合わせて　２．１５３．０００円です。&lt;br /&gt;
　整備事業は今年から行う、５０Kmコースの整備を行うものですが、これだけの予算で何所までやれるのかな？と思います。&lt;br /&gt;
　看板を作って設置したら消えちゃう？？？&lt;br /&gt;
　新規ですからねえ･･･&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　運営の方は、前に記事に書いたように、参加費を取っていますから、基本的には自主運営出来るようなのはずなのですシステムでしょう。&lt;br /&gt;
　参加ランナーが５００人とかになれば、スタッフなどを加えれば、６００人を越えるのでしょう。&lt;br /&gt;
　せっかくの入り込みですが、紀和町でこなせるのかな？&lt;br /&gt;
　せっかくの企画でも市民に知られていないのも･･･</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/je2luz_kumano/67603419.html</link>
			<pubDate>Sat, 29 Nov 2014 19:48:29 +0900</pubDate>
			<category>三重県</category>
		</item>
		<item>
			<title>熊野の旅　熊野古道トレイルランニング２０１４　無事に終わって欲しい</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-ae-ed/je2luz_kumano/folder/1568751/42/67601142/img_0?1417137921&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
　表題の「熊野古道トレイルランニング２０１４」というのが、今月末、１１月３０日日曜日に紀和町の山の中で行われます。&lt;br /&gt;
　近年少しブームになってきている、山道を駆ける競技です。&lt;br /&gt;
　ショートコースで９Km 　４０００円&lt;br /&gt;
　ミドルコースで３０Km　　７０００円&lt;br /&gt;
　ロングだと５０Km　　１００００円　の長く過酷なものです。&lt;br /&gt;
　この５０Kmコースなどは、今年初めて開発されたものだと思います。&lt;br /&gt;
　ここは丘陵地帯では無く、山伏さんが修行した紀伊山地です。&lt;br /&gt;
　道路以外の部分もあると思われるので大変だと思います。&lt;br /&gt;
　尾根がなだらかに繋がる所ではありません。&lt;br /&gt;
　どこまで整備できたのか解りませんが、地元の山に詳しい人の中では心配する人も居ます。&lt;br /&gt;
　マニアで上級者ばかりなら良いのですけどね。&lt;br /&gt;
　レースが長いのでゴール制限が９時間（９時間半）となっています。&lt;br /&gt;
　陽の短い時期なので午前７時スタート、ゴール制限１６時となっています。&lt;br /&gt;
　やたらと遅れて日が暮れたりしないように、駅伝同様、途中のゲートで時間をオーバーした選手はそこで打ち切りになります。&lt;br /&gt;
　もうエントリー受付は終わっているようです。&lt;br /&gt;
　５００人とかの大人数だとか･･･&lt;br /&gt;
　マラソンのように全コースに監視が行き届くという訳には行きません。&lt;br /&gt;
　主催者もリーダー的なベテランさんも大変かと思います。&lt;br /&gt;
　スタート自体がこの時期だと日の出のすぐ後です。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　ロングコースは今年初めてとか･･･&lt;br /&gt;
　無事に終了して欲しいものです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　山岳競技では「ツール・ド・ジャパン」の自転車レースの山岳ステージもこの辺で行われています。&lt;br /&gt;
　坂道は結構きついし、良いことに、交通規制しても余り迷惑駆けない「田舎道」なので、長い山岳コースも設定しよいでしょう。&lt;br /&gt;
　喜んで良いのやら、悪いのやら･･･</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/je2luz_kumano/67601142.html</link>
			<pubDate>Fri, 28 Nov 2014 10:25:21 +0900</pubDate>
			<category>三重県</category>
		</item>
		<item>
			<title>熊野の旅　井戸の祭り　二つの大馬神社　</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-ae-ed/je2luz_kumano/folder/1568751/14/67599414/img_0?1417060363&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-ae-ed/je2luz_kumano/folder/1568751/14/67599414/img_1?1417060363&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
先日の１１月２３日に、井戸の祭りがありました。&lt;br /&gt;
　この祭りは、普通の村祭り的な物です。&lt;br /&gt;
　今ではすっかり町になってしまった井戸です。&lt;br /&gt;
　かつては、馬留・松原は家が固まっていましたが、駅裏･･･今の赤坂はかなり低い田んぼでした。&lt;br /&gt;
　この田んぼ、少し大水になるとどっぷり浸かってしまいました。&lt;br /&gt;
　井戸川の遊水池ですね。&lt;br /&gt;
　だから、私が無線を始めた頃には旅行の途中でその水に浸かった田んぼを見た人が何人も居て･･･&lt;br /&gt;
　「ああ、熊野市駅･･･紀伊木本駅ですね。　　駅裏に湖のある･･･」なんて言われたことが何度もありました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　この辺は「松田地」の山沿いの曲がった道沿い、山に張り付いて家があっただけです。&lt;br /&gt;
　そして、対岸の「井土」も田んぼでした。&lt;br /&gt;
　だから、集落としては今では小さく見える、松田地・岡地・紺屋地などが主な物だったのです。&lt;br /&gt;
　戦後、赤坂の埋め立てから始まって、松の木の中学校や宅地の開発の残土で田んぼが埋められ、今の形になったのです。&lt;br /&gt;
　そして、家も人口も増えました。&lt;br /&gt;
　その代わり、遊水池が無くなり洪水に弱くなったのですが、伊勢湾台風の後で「ボックスカルバート」が作られ、良くなりました。&lt;br /&gt;
　しかし、三年前の１２号台風の集中豪雨では赤坂・井土がどっぷり水に浸かってしまいました。&lt;br /&gt;
　今度の高速道路計画では更に悪化させる「盛り土工事」が予定されており、ものを知る住民は不安におののいております。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　昔の祭りは知りませんが、町の形が変わったのですから、随分祭りの形も変わったのでしょうね。&lt;br /&gt;
　住宅が増えたと言っても、主役になる子供の数は有井村から熊野市になった頃に比べ、今の方が少ないでしょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　今の祭りは、こうして出来た町などを含め、それぞれの地区の子供達による神輿などが朝出発して、お昼頃、「下の大馬神社」「下社」に集まって解散するという形です。&lt;br /&gt;
　舞姫による浦安の舞、獅子舞・神楽の奉納なども行われています。&lt;br /&gt;
　大馬や瀬戸の役員さんも揃っているようです。&lt;br /&gt;
　まさに村祭りの形態です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　この「下社」は「八幡さん」と呼ばれています。&lt;br /&gt;
　神社の半分ほどが戦死者・英霊を祀る社殿になって居ます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「八幡神社」ですから、上の「大馬神社・本社・奥社」とは別の神社とも言えますね。&lt;br /&gt;
　ここは、この奥にある「大馬神社」の遙拝所という性格を持っています。&lt;br /&gt;
　併設されている結婚式場は「大馬神社の式場」と呼ばれますし、神主さんも同じですから、井戸の人以外は「下の大馬神社」と呼ぶか、こちらを単純に「大馬神社」と呼んだりします。&lt;br /&gt;
　結構ややこしいです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「大馬神社」は「天照大神」が主神のようです。&lt;br /&gt;
　そして、この「大馬神社」には「多蛾丸」の首が封じられているとか･･･&lt;br /&gt;
　坂上田村麻呂がこの神社を作ったと言われていますが、奈良時代や平安時代によくある、たたりを恐れて祀った物の一つかも知れません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　井戸川河口の「獅子岩」は大馬神社の「狛犬」だと言われます。&lt;br /&gt;
　もっとも、狛犬として出来て来たのでは無く、獅子岩があったので「狛犬」にしちゃったのでしょう。&lt;br /&gt;
　花の窟神社時代には「狛犬」なんて無かったのかも知れません。&lt;br /&gt;
　何しろ、社殿も無い「古代信仰」ですからね･･･&lt;br /&gt;
　でも、大馬神社も元は背後の山と滝をご神体として生まれた古代信仰の地であるように思われます。&lt;br /&gt;
　「多蛾丸」の首がここまで飛んできたなどと言うのも、霊地でなければ生まれない物語です。&lt;br /&gt;
　私は歴史家では無いので直感でこう思うだけです。&lt;br /&gt;
　何しろ、私から見ると、社殿が無い方が良いくらいの場所ですから･･･&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「坂上田村麻呂」に叱られるかな？&lt;br /&gt;
　私は心情的に「多蛾丸」の味方です。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/je2luz_kumano/67599414.html</link>
			<pubDate>Thu, 27 Nov 2014 12:52:43 +0900</pubDate>
			<category>三重県</category>
		</item>
		<item>
			<title>熊野の旅　久々に里創人・熊野倶楽部</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-ae-ed/je2luz_kumano/folder/1568751/46/67594646/img_0?1416922343&quot; width=&quot;480&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-ae-ed/je2luz_kumano/folder/1568751/46/67594646/img_1?1416922343&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
　天気はいいし、暖かいし、お祭りも無いし･･･&lt;br /&gt;
　久々に金山の山頂に登りました。&lt;br /&gt;
　私の山から切り出した「日時計」の写真を久々に撮りました。&lt;br /&gt;
　時刻は１１月２３日　１３時１８分　です。&lt;br /&gt;
　夏だと影ば短いのですが、この時期だと長く出ますね。&lt;br /&gt;
　この柱、佐田坂を登り切った小阪峠からやって来ました。&lt;br /&gt;
　塗装を掛けない杉の丸太ですし、天辺に傘を着せていないので傷みが少し早いです。&lt;br /&gt;
　小口から水がしみ込みますから、いくら乾燥する山の上でも腐り出すというか、ボケ始めます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
連休最終日の午後１時過ぎ･･･&lt;br /&gt;
　よそから来る人は、もう帰途についた頃です。&lt;br /&gt;
　食堂の方は結構客が居ました。&lt;br /&gt;
　バイキング･･･１６５０円だと思います。&lt;br /&gt;
　私は食べませんが、外のテーブルで女の人達が子連れで食べていたので、大体のメニューが見られました。&lt;br /&gt;
　バリエーションも多く、６人ほどでしたが結構楽しんでいましたね。&lt;br /&gt;
　それに「満席」とでていました。&lt;br /&gt;
　地元の人に言わせると、「両方高いけど、金山の方がまし･･･」と。言う人が多いです。&lt;br /&gt;
　地元からでも、行きよくて入りよいのは「鬼ヶ城センター」なのですけどね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　このバイキングの値段、私達が議会の視察の時、鬼ヶ城センター側からの注文で食べた、三段重の定食とほぼ同じですね。&lt;br /&gt;
　観光地の普通の昼飯として、高いか安いか･･･&lt;br /&gt;
　食事目的の旅行ならお昼ご飯でもこれ位はありでしょうけど･･･&lt;br /&gt;
　事実上これしか無いようなメニュー構成だと、一寸困る人も居るかも知れませんね。&lt;br /&gt;
　「熊野は高い」と言う声も聞いたことがありますが、お店自体の選択肢が少ないのも困るかも知れません。&lt;br /&gt;
　テレビのルポなども「海鮮料理」とか少し高目のグルメ紹介になっちゃいます。&lt;br /&gt;
　元来、熊野古道を通る巡礼さんは難行苦行、金の無い旅だったのです。&lt;br /&gt;
　見掛けるハイカーさんを「貧乏人」とは言いませんが、物見遊山、豪遊の旅人には見えません。&lt;br /&gt;
　企画物の割安の語り部付きツアーが多いようです。&lt;br /&gt;
　「里創人・熊野倶楽部」は元々、熊野古道歩きの人はターゲットにして居ないと言っていた所です。&lt;br /&gt;
　「一泊二万円ほどでお得に･･･」と言う企画でしたからね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　食堂には人は居ましたが、他は・・・&lt;br /&gt;
　もともと、見物・観光はここを拠点に出掛ける所ですから、「飯を食うか風呂に入るか」の目的が無ければ、ここに来ても仕方ないんです。&lt;br /&gt;
　売店も久しぶりに覗きましたが、元はあった「干物」など見当たりませんでした。&lt;br /&gt;
　連休で売れちゃったという雰囲気では無かったような･･･&lt;br /&gt;
　ミカンは一袋３００円･･･　何も言いますまい。&lt;br /&gt;
　かつては「ミカン狩り」がそばのみかん園でやって居たのですが、やめたのかな？&lt;br /&gt;
　休日でもパンや那智黒、木製品などの体験教室も閉まっていたし･･･&lt;br /&gt;
　運営委託契約はまだ半分残って居るくらいでしょう。&lt;br /&gt;
　三重県はこれからどうするのかなあ？？？&lt;br /&gt;
　十年では減価償却も終わらないし、耐用年数も一杯残って居るし･･･&lt;br /&gt;
　人の居ないこうした施設って淋しいですね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　名前は「中核的交流拠点」だったかな？&lt;br /&gt;
　意味が一寸判りにくい施設なんです。&lt;br /&gt;
　雇用も随分減ったようだし･･･</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/je2luz_kumano/67594646.html</link>
			<pubDate>Tue, 25 Nov 2014 22:32:23 +0900</pubDate>
			<category>三重県</category>
		</item>
		<item>
			<title>熊野の旅　村祭り　今昔　そして　この先　２</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-ae-ed/je2luz_kumano/folder/1568751/39/67589539/img_0?1416791065&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-ae-ed/je2luz_kumano/folder/1568751/39/67589539/img_1?1416791065&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-ae-ed/je2luz_kumano/folder/1568751/39/67589539/img_2?1416791065&quot; width=&quot;480&quot;&gt;&lt;br /&gt;
　私が「村祭り」と呼ぶのは、田舎の祭りは古くからの集落の単位、「村」の「鎮守様」「氏神様」と言われる神社で行われることが多いからです。&lt;br /&gt;
　こうした神社が今のようになったのは、明治政府がお寺を排斥し、神道が日本の宗教であると強引に押しつけてからでしょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　もともと、日本は多神教、まさに「八百万の神」がうじゃうじゃした国なのです。&lt;br /&gt;
　それを、強引に神社を中心に据えると共に、目茶目茶多かった神社も、「一村一社」にしようとまでしたようです。&lt;br /&gt;
　神々の郷、熊野などは田辺からこの辺だけで二千社ほどあったとまで言われますからね。&lt;br /&gt;
　この辺の神社も随分、合併したようです。&lt;br /&gt;
　熊野市内のは知りませんが、阿田和の神社で聞いた話では、今の阿田和神社になる前は五社あったとか・・・&lt;br /&gt;
　もちろん、お寺と一緒だったなんてざらでしょう。&lt;br /&gt;
　大きな所では「那智山」がそうですね。&lt;br /&gt;
　「岸渡寺」と「那智大社」今でも一緒だったのが解りますよね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　聖徳太子が仏教を国の統治に利用しようとした時から「神仏混合」が始まったようです。&lt;br /&gt;
　やたらと。他の宗教と神様を排斥するより良いでしょうね。&lt;br /&gt;
　宗教がらみでそれが起きると、千年でも二千年でも続きますからね。&lt;br /&gt;
　日本の鷹揚さ？いい加減さ？は、伊勢神宮の始まりとされる、若狭国「籠神社・このじんじゃ」でも見られます。&lt;br /&gt;
　神社の小さな社ごとに「海彦」「山彦」なんて祀られていますが、そこに立てられた看板には「＝薬師如来」なんて書いてありますからね。&lt;br /&gt;
　「本地垂迹説」ですね。&lt;br /&gt;
　神社とお寺では主役が違うのかも知れませんが、「籠神社」では今でもそうして混合状態です。&lt;br /&gt;
　伊勢神宮発祥の地でそうなっているのが面白いです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　まあ、それは置いておくとして、「村祭り」は年に一度のお祭りで、村を挙げて祝ったのでしょう。&lt;br /&gt;
　飛鳥だと、大又・小又・小阪・佐渡・野口・神山が集まっています。&lt;br /&gt;
　それぞれが年交代で当番を務めてきました。&lt;br /&gt;
　五郷村では寺谷・桃崎・和田・湯ノ谷なのかな？平とか大井谷なんて小さな所はどうなのでしょう？&lt;br /&gt;
　とにかく、村中が集まって酒を飲み騒いだものだと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　現状は両方の「飛鳥神社」ともに、過疎高齢化で祭りの維持に苦心している様子が見られます。&lt;br /&gt;
　初めて顔を出した「五郷・飛鳥神社」では舞姫は一人でした。&lt;br /&gt;
　一人では「浦安の舞」も大変でしょう。&lt;br /&gt;
　集まっている村人も少ない感じだったので尋ねてみたのですが･･･&lt;br /&gt;
　「去年よりうんと減った気がするよ」という返事でした。&lt;br /&gt;
　飛鳥の飛鳥神社も近年随分減りました。&lt;br /&gt;
　餅撒き用の櫓を組むのも止めましたからね。&lt;br /&gt;
　五郷は拝殿前の石垣が丁度良い餅撒き場ですが、広くは無い餅拾い場に拾い手が納まっていました。&lt;br /&gt;
　その数、おおよそ７０人･･･&lt;br /&gt;
　「山の神」では無く「鎮守様の祭り」なのですけどね。&lt;br /&gt;
　飛鳥の方も私が離れる時間でそれ位だったでしょうね。&lt;br /&gt;
　「餅の拾い手」まで、過疎と高齢化で減ってしまったのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　餅ほり文化で、「餅ほりが無ければ面白くない」、「餅ほりをすれば人が集まる」・・・&lt;br /&gt;
　この図式も成り立たなくなってきたようです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　とうの昔に、「祭りやさか、寿司せなあかん」なんて、無くなって居ます。&lt;br /&gt;
　当然、「祭りやさか、服、新調する」なんてのもありません。&lt;br /&gt;
　道ばたで酔いどれて座り込んでいるなんて図もありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　それでも、テレビなら、「住民が集まって賑やかに･･･」という風にも撮せます。&lt;br /&gt;
　現にあちこちのお祭りやイベントのニュースはそのように作って居ますね。&lt;br /&gt;
　当事者以外の見物人はほとんど居ない・・・背景が写らないようにする･･･&lt;br /&gt;
　今の田舎では、１００人も居れば「一杯」なんです。&lt;br /&gt;
　現実を見せない工夫ありありです。&lt;br /&gt;
　同じものが、「過疎・高齢化・限界集落のドキュメンタリー」の時は、｢居ない観客」を主役にして、社会問題にします。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　明治政府じゃあるまいし、「神社統合令」なんて出せるはずも無し･･･&lt;br /&gt;
　神社だけでは無く、「お寺」の存続も怪しくなっていますね。&lt;br /&gt;
　やたらと多い「曹洞宗」ではお寺の掛け持ち住職が当たり前になって居ますが、他の宗派では・・・&lt;br /&gt;
　「宗派統合」なんて不可能ですし･･･&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　かつては村の中心だった「神社」と「お寺」が成り立たない・・・&lt;br /&gt;
　憲法の規定で宗教には手を貸せないとは言え･･･&lt;br /&gt;
　集落の維持の観点で無視も出来ないでしょう。&lt;br /&gt;
　行事の無形文化財化・・・&lt;br /&gt;
　一時的なカンフル剤でしょうね。&lt;br /&gt;
　それでも、最後まで集落の人が楽しく満足できるようにするのも行政の仕事でしょう。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/je2luz_kumano/67589539.html</link>
			<pubDate>Mon, 24 Nov 2014 10:04:25 +0900</pubDate>
			<category>三重県</category>
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			<title>熊野の旅　村祭り　今昔　そして　この先　1</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-ae-ed/je2luz_kumano/folder/1568751/93/67585793/img_0?1416617917&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-ae-ed/je2luz_kumano/folder/1568751/93/67585793/img_1?1416617917&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-ae-ed/je2luz_kumano/folder/1568751/93/67585793/img_2?1416617917&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
　１０月１１・１２日には木本神社の祭り、１１月３日には飛鳥町の飛鳥神社と五郷町の飛鳥神社の祭りにお参り？に行きました。&lt;br /&gt;
　二つの飛鳥神社は典型的な村祭りです。&lt;br /&gt;
　旧飛鳥村の鎮守様と旧五郷村の鎮守様です。&lt;br /&gt;
　多分、五郷も同じだと思いますが、昔は１２月１日にお祭りをしていました。&lt;br /&gt;
　秋祭りですが、昔に稲作は遅かったのです。&lt;br /&gt;
　１１月になって霜が降りるようになっても、田んぼには「さがり」に掛かった稲が残って居たものです。&lt;br /&gt;
　刈り入れ・脱穀・籾干し・藁の片付けまで終わると、１１月中頃とかになるので、お祭りが１２月の頭になって居たのでしょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　今の稲は早く植えて早く刈り、台風の被害を少しでも避けるように改良されています。&lt;br /&gt;
　さらに、刈り取りと脱穀を一度に行う機械が導入され、美味しいお米を作ることにこだわる人以外は、稲のままで「さがり・はざ」に掛けて乾燥させるなどしません。&lt;br /&gt;
　もみの乾燥も、庭にむしろを敷いて乾燥させるなんてありません。&lt;br /&gt;
　灯油を焚いて強制乾燥させるのが多いのです。&lt;br /&gt;
　つまり、農作業の工程数の減少などもあり、農繁期が終わるのがもの凄く早くなっています。&lt;br /&gt;
　なにしろ、お盆が終わると稲刈りが始まっちゃう位ですからね。&lt;br /&gt;
　それに、田舎と言っても、稲作が生活の中心では無くなって居ますしね。&lt;br /&gt;
　季候の良い、１１月･･･&lt;br /&gt;
　そして、変動しない文化の日１１月３日に移したのでしょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　１１月３日に変わった頃から、過疎の進行が早くなったようです。&lt;br /&gt;
　そして、高齢化も恐ろしい速度で進行しました。&lt;br /&gt;
　昨日の飛鳥の祭りでは、私が育った集落の少し年上の親戚が・・・&lt;br /&gt;
　「次に平が当番になった頃にゃ祭り出来んかも知れんぞ」と言っていました。&lt;br /&gt;
　確かに、男では７０代後半が二人。６０代後半が二人･･･その下は一人だけなのかな？&lt;br /&gt;
　「とうや」などやれるはずが無いのです、&lt;br /&gt;
　小阪という集落は、畑ヶ田・本郷・相ヶ谷・奥相・平・相谷・佐田・高更の八つに分けています。&lt;br /&gt;
　それぞれが一年交代で小阪の「とうや」を受け持ちます。&lt;br /&gt;
　八年に一回、回ってくるのです。&lt;br /&gt;
　昔の｢とうや｣は祭りの準備万端整えなくてはならないので大変だったのですが、今は簡素化されて余り準備は無いようですが、少なくとも祭り当日「御幣」を携えてお宮さんの拝殿で奉納しなくてはなりません。&lt;br /&gt;
　と言う事は・・・&lt;br /&gt;
　各家順繰りなんて出来ないのです。&lt;br /&gt;
　元気なものは何年でも･･･&lt;br /&gt;
　最早、このしきたりも守れなくなるのが目に見えてきました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　舞姫も飛鳥は何とか四人確保しています。&lt;br /&gt;
　飛鳥で居なければ借りてきてでも取り敢えずは確保できますが、これとていつまで続けられるやら･･･&lt;br /&gt;
　本来は五年生とか決まった学年の子が一年限りで役に当たったのですが、二年続けるとかが増えているようです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　この神楽も舞手が高齢化してきました。&lt;br /&gt;
　笛太鼓の楽士も･･･&lt;br /&gt;
　獅子舞ってかなり体力も要るようです。&lt;br /&gt;
　昔だと２０代の若い衆が舞わしたものですが、今ではその親の年･･･&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　ーー続く＝＝</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/je2luz_kumano/67585793.html</link>
			<pubDate>Sat, 22 Nov 2014 09:58:37 +0900</pubDate>
			<category>三重県</category>
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