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その9)
神龍(シェンロン)は仏典に説かれている龍門の滝を昇る龍をさす。
龍門の滝の流れは速く、まるで天から落ちるかのように高い滝で、
それを登りきることができる龍のことをシェンロンという。
最初は多くの鮒(ふな)が滝を昇り始めるが、それまでに鷹や鳶、鷲やフクロウなど
に捕らえられてしまう。そしてそれらの天敵からうまく逃れてもそれらを
狙う漁師のわなにかかって命を落とす。そして、それらをくぐりぬけて
やがて魚から龍に身を変じた後も、滝を昇りきれるものは何万分の1の
可能性しかない。。という話である。
要するに、気の遠くなるような修行をした後でも本当に仏陀の境涯に
至るのは稀であるとの意味だ。
法如はユージンへの手紙で、彼は龍門の滝を昇るシェンロンを目指すべき
だと言っているのだ。
法如が何故彼にそこまで期待を寄せるのか。。。
今のユージンにとっては、母を救い出せたこと。そして妹や弟達と
前と同じ平和な母との暮らしが嬉しかった。
村の人達も焼けた家を建て直し、あちこちで笑いが見られるように
なった。子供達の遊ぶ声、畑仕事に精を出す村人達の姿。。
そんななんでもない普通の生活と暖かい母との生活が楽しかった。
しかし、そういう生活を普通の生活として毎日を過ごせない人々が
世の中になんと多くいることだろう。
キジ国に遠征したとき、いろいろな国を訪れた。その時、彼が目にし
たのはそういう庶民の姿であった。
彼は、華やかな宮殿や官僚の生活よりも、日々汗を流して生活する
庶民の表情をくまなく観察していた。
そういう人々の中に輝く真実と暖かい思いやりがあるのを強く感じて
いた。そして、そういう人と人との暖かい心の触れあいを大切にしたい
と常に思っていた。
「自分は何をすればいいのだろう?」
そういう疑問が彼の脳裏でいつも問いかけては消えた。
山賊集団を退治して以来、彼の名声は広がった。
まわりの人々も彼を特別な目でみるようになった。多くの少年や
少女が彼を訪れた。そこで彼は自前の道場のような場をつくり
子供達に剣道を教えるようになった。親友のトムも先生として
子供達を教えた。そして、子供達に食事を与え、勉学の材料を
分けてやった。
少しずつ、学校のようなものが彼等のまわりに出来つつあった。
キジ国王からの恩賞をつかって可能になった一番の成果であった。
マルカとケレスから送ってもらった野菜の種でいろいろな作物
を作ってもみた。
剣道や農作物の勉強ができる学校がこうして村にできつつあった。
子供達の向上心、純粋に未来をみた澄んだ瞳は新しい知識を
ぐんぐんと吸い込んでいく。たとえどんなに小さくとも、その子
を暖かく激励し、希望を与え、見守ってやることがどれほど大きな
力になっていくのか。。。
彼はそういう希望溢れる社会を築いていきたいと強く思うように
なっていった。
山賊達はまるで一国を治めるような城を持ち、好きなようにできる
自分達の国づくりを目指した。その為に村々を破壊し搾取して力を
蓄えてきた。もし山賊の棟梁が平和を目指し、幸せに暮らせる社会
を目指していたなら、全然別のものに発展していたに違いない。
でも彼等とて、社会の中で貧困を虐げられ挙句の果てに結局は
力でそれを打ち破ろうとしたのかもしれない。
「一体自分の父はゴータマから何を学び、何を託されて旅に出たの
であろうか。」
「そして、父はこの剣を自分に。。」
四天王の剣をこうして自分は持っている。剣を見ると熱い力が
みなぎってくる。この思いは一体なんだろう。。
法如からの手紙を読んだとき、彼は密かに「旅に出よう」と決意した。
龍門の滝を昇る旅だ。
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