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同感です。 「知らない人ほどよく喋れる。」 トンデモさんは、思いつきで何でも話してしまいますからね。 ……ものを知れば知るほど、発言はより慎重にならざるを得ません。
2008/10/7(火) 午前 3:28 [ 綾波シンジ ]
公の場での発言には十分に注意するという慎みを忘れないようにしたいですね。おっしゃるように知れば知るほど、軽はずみなことは言えないと思うようになります。単に自分が恥をさらすだけでは済まないことに気づいて欲しいですね。
2008/10/7(火) 午後 11:29
知識を得ることは、世間で言われているほど簡単なこととは思えません。 「今はネットがあれば知識なんか簡単に手に入る」というお決まりのフレーズがありますが、そうは思えません。 私も、知りたいことがあれば一応ネットは引きますが、そこに出ているものを読んでも、肝心なことは分からないままで、そんなことが知りたいんじゃないのに、と感じます。 関係あると思われる本を三冊くらい手にとっても、やっぱりそれでも分からない。 専門家に訊ねれば即答えが返ってくるであろうと思われるような単純な語義の問題であっても、自分で調べるとなると、たどり着くまでに相当な手間と時間がかかります。 たどり着いたと思ったのは、私の確信であって、ほんとに正しいところを理解しているのかとなると、やっぱり自信がなかったりしますし。 クイズ番組や○×式や選択式のテストでしか通用しないような問いと答えのワンセットは、知識と呼ぶのにふさわしくないと思うのですが、あ〜いったものを知識と呼んで知識を軽蔑しているのなら、改めたほうが良いように思います。 (あれらは雑学と呼ぶことにするとか。)
2008/11/13(木) 午前 2:43 [ siome ]
考えたり、感じたり、自分の経験と照らし合わせることなしに、知識を掴むことって、出来るんでしょうか。 出来ないと思うのですが。 「分かった!」と確信したときには、感動があるはずです。(その確信が後に勘違いだったと気付くこともありますが)。 知識と経験、考えることと感じることなどを、相反するものとして組み立てられたロジックに対して、マトモな反論を考えることには、少々疲れました。 マトモに反論する=相手の土俵・枠組みの中で語る、ということですが、その中にいるかぎり埒があかないように思い始めてきたので。 私自身は、情緒を使わなければ考えられないし、経験がなければ知識に命がふきこむこともない、と思っているのですから、それを当たり前とした枠組みの中で語り、知識と経験、考えることと感じること等が相反することをまず当たり前としたお話に対しては、「意味が分かりません」という態度をとることにしようかな、なんて。
2008/11/13(木) 午前 3:37 [ siome ]
『自分自身が体験できることは限られている。』 ほんとうにそう思います。 人は、同様のことが三回も続けばたいていは、次もそうだ、これからもずうっとそうに違いないと思い込みます。 自分勝手に取り決めた、人生法則や因果関係の中に、自分ばかりでなく、他人までをも閉じ込めようとする。 それがどれだけ「同様のこと」といえる出来事だったのかも疑わずに。 そういう思い込みを洗い直すのが「お勉強」だと思います。 「経験」という手垢がついた後が「お勉強」の本領、というか、私にとってはそうでした。
ひさびさにコメントをいただけました(^o^) ありがとうございます。今後はsiomeさんとお呼びすればよろしいのでしょうか? >「今はネットがあれば知識なんか簡単に手に入る」というお決まりのフレーズがありますが、そうは思えません。 おっしゃるとおりですね。私も心からそう思います。確かに『あっ、すぐに見つかった』ということもあるのですが、調べてもなかなか見つからないことがたくさんありますよね。簡単に手に入るというのは、一面的な見方でしかありません。書籍やネットをたくさん調べても、身につけたい知識の獲得が困難であるという経験をしていれば、ネットの便利さだけでなく物足りなさも理解できると思います。
2008/11/13(木) 午後 10:02
物事を考える際は経験や感情というものが影響してきますね。それで場合によっては、それが誤った思考に導いたりする。別の話ですが、同じ長さの線が違って見えたり、直線が曲がって見えたりする錯視という現象がありますが、これは人間がもともと間違った認識をしてしまう性質を持っていることを示しています。 こういった人間の性質を踏まえないと、自分の知識の枠組みがどのように成り立っているのかを見誤ってしまうことにもなりかねません。人間がどのような場合に誤った認識をするのかという知識は、誰にとっても必要なものであると私は思います。もし知識を軽視する人が実在するならば、その人には自分の認識の間違いに気づかせてくれる大切な学問(例えば認知心理学)があることを知ってほしいですね。
深いですね^^私も教える立場にいますが、確かに一定の知識までは詰め込みが必要となりますね。それは自分の見方や考え方を作る基本的な道具となるものだと思います。残念ながら現在子ども達は(昔からかもしれませんが)直接的な欲求の充足にしか興味を持たない傾向にあります。さらにその欲求は簡単に彼らを取り巻く社会により満たされる為、自分の深みを増すことに対する興味や喜びというものを感じることができない状況です。そう考えると我々大人の姿勢や行き方にこそ、こういった社会を作ってしまった原因があるように思います。しかし、saikaさんのように語り続ける人がいる以上、私もあきらめません^^ちょっと言いたい主旨が違うと思いますが^^;とても刺激になりましたのでまた勉強しに来ます。
2008/11/23(日) 午前 11:45
ひげ校長さん、コメントありがとうございます。 >確かに一定の知識までは詰め込みが必要となりますね。 はい、そう思います。理解力や表現力を身につける教育が大切だという当たり前の言葉をよく耳にしますが、では一定の知識を身につけずに理解や表現が可能か、という問題意識を持っているのです。もちろんどちらが先かという話ではありません。知識を身につける過程において自分の言葉で表現する力を磨くということになるのですが、発想は何もないところからポンと湧いてくるものではないと思います。経験はとても大切なことですが、それを重視するあまり知識を軽視することは怖いですね。
2008/11/23(日) 午後 3:07
>残念ながら現在子ども達は(昔からかもしれませんが)直接的な欲求の充足にしか興味を持たない傾向にあります。さらにその欲求は簡単に彼らを取り巻く社会により満たされる為、自分の深みを増すことに対する興味や喜びというものを感じることができない状況です。 この点はどうなのだろうとよく考えはします。ただ不勉強で昔と今の子供を比べてどの点に違いがあるかが私にはよく分かりません。またこの場合の昔とは何十年前を指すのか、という点でも見解は違ってくると思います。ちょっとずれた話になりますが、私が中学生だった20年前も、授業が崩壊するということはありました。今と比べて荒れていないと言えるのかと考えてしまうのです。確かにインターネットがないという大きな違いはありますが、ファミコンというコンピューター・ゲームはありました。自分の印象で語る『昔はよかった論』にならないように資料を探してはいるのですが、現状ではよく分からないとしか言えません。
2008/11/23(日) 午後 3:08
私も中学生や小学生に接する機会があるのですが、『自分の深みを増すことに対する興味や喜びというものを感じることができない』という点がどうなのだろうかと思ってしまうのです。どうなのかというのは、私が子供のときと比べてということなんですが、将来の夢を持っている子もいれば、そうでない子もいます。未来に希望を見出せない子もいますが、はたしてこれは『今』増えてしまった現象なんでしょうか。 >そう考えると我々大人の姿勢や行き方にこそ、こういった社会を作ってしまった原因があるように思います。 この点は私も大人として反省すべき点が多々あって、他人ばかりを批判はできないのですが、ひとつ報道への不満があります。すみません。ひげ校長さんのコメントとは意味合いが違ってしまうと思います。
2008/11/23(日) 午後 3:09
個々の問題について明確な根拠に基づき過去と現在を比較し、ここが悪くなっていると指摘するならよいのですが、時代は悪い方向に向かっている、どうしてこんな時代になってしまったんだろうと印象でものを言うのはやめて欲しいと思います。こんな報道の影響を受けた保護者や教師に接している子供は、自分の未来をどのように考えるのか不安です。もちろんたとえ厳しい内容でも、事実は事実として伝えるべきだと思います。ただ自分の印象で勝手に作り上げた暗い未来を、子供に吹き込まないで欲しいのです。 >とても刺激になりましたのでまた勉強しに来ます。 恐縮でございます。私もまた学びに伺います。
2008/11/23(日) 午後 3:20
明快なコメントありがとうございます。私はよく感覚で物をとらえてしまい、失敗することがあります。おっしゃるとおり明確な根拠(とそれを作り出す知識の蓄積)をもとに発言することは大人の責任だと思います。未来をつくる子供たちが強くたくましく^^自分を持てるよう頑張ります。
2008/11/23(日) 午後 3:32
力強いお言葉ですね。私ももっと勉強し、言動に注意いたします。
2008/11/24(月) 午後 9:41
はい!私は今中学生ですが 人の考えなどをいっぱい取り入れて 自分の考えをはっきりさせていくことが大事だと よく言われています 「知らないことは最大の罪でもある」 ってなんかのミュージカルで言っていたような…… なんか目茶苦茶な文ですみません
2008/12/3(水) 午後 9:54 [ akane ]
茜さん、コメントありがとうございます。 いっぱい勉強し、いろんな経験をして自分の考えをはっきりさせることは大切なことですね。 滅茶苦茶な内容ではありませんよ^^ 知るべきことを知らないと、自分が罪を犯していることさえ、気づかないのかも知れませんね。
2008/12/3(水) 午後 11:03
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同感です。
「知らない人ほどよく喋れる。」
トンデモさんは、思いつきで何でも話してしまいますからね。
……ものを知れば知るほど、発言はより慎重にならざるを得ません。
2008/10/7(火) 午前 3:28 [ 綾波シンジ ]
公の場での発言には十分に注意するという慎みを忘れないようにしたいですね。おっしゃるように知れば知るほど、軽はずみなことは言えないと思うようになります。単に自分が恥をさらすだけでは済まないことに気づいて欲しいですね。
2008/10/7(火) 午後 11:29
知識を得ることは、世間で言われているほど簡単なこととは思えません。
「今はネットがあれば知識なんか簡単に手に入る」というお決まりのフレーズがありますが、そうは思えません。
私も、知りたいことがあれば一応ネットは引きますが、そこに出ているものを読んでも、肝心なことは分からないままで、そんなことが知りたいんじゃないのに、と感じます。
関係あると思われる本を三冊くらい手にとっても、やっぱりそれでも分からない。
専門家に訊ねれば即答えが返ってくるであろうと思われるような単純な語義の問題であっても、自分で調べるとなると、たどり着くまでに相当な手間と時間がかかります。
たどり着いたと思ったのは、私の確信であって、ほんとに正しいところを理解しているのかとなると、やっぱり自信がなかったりしますし。
クイズ番組や○×式や選択式のテストでしか通用しないような問いと答えのワンセットは、知識と呼ぶのにふさわしくないと思うのですが、あ〜いったものを知識と呼んで知識を軽蔑しているのなら、改めたほうが良いように思います。
(あれらは雑学と呼ぶことにするとか。)
2008/11/13(木) 午前 2:43 [ siome ]
考えたり、感じたり、自分の経験と照らし合わせることなしに、知識を掴むことって、出来るんでしょうか。
出来ないと思うのですが。
「分かった!」と確信したときには、感動があるはずです。(その確信が後に勘違いだったと気付くこともありますが)。
知識と経験、考えることと感じることなどを、相反するものとして組み立てられたロジックに対して、マトモな反論を考えることには、少々疲れました。
マトモに反論する=相手の土俵・枠組みの中で語る、ということですが、その中にいるかぎり埒があかないように思い始めてきたので。
私自身は、情緒を使わなければ考えられないし、経験がなければ知識に命がふきこむこともない、と思っているのですから、それを当たり前とした枠組みの中で語り、知識と経験、考えることと感じること等が相反することをまず当たり前としたお話に対しては、「意味が分かりません」という態度をとることにしようかな、なんて。
2008/11/13(木) 午前 3:37 [ siome ]
『自分自身が体験できることは限られている。』
ほんとうにそう思います。
人は、同様のことが三回も続けばたいていは、次もそうだ、これからもずうっとそうに違いないと思い込みます。
自分勝手に取り決めた、人生法則や因果関係の中に、自分ばかりでなく、他人までをも閉じ込めようとする。
それがどれだけ「同様のこと」といえる出来事だったのかも疑わずに。
そういう思い込みを洗い直すのが「お勉強」だと思います。
「経験」という手垢がついた後が「お勉強」の本領、というか、私にとってはそうでした。
2008/11/13(木) 午前 3:37 [ siome ]
ひさびさにコメントをいただけました(^o^)
ありがとうございます。今後はsiomeさんとお呼びすればよろしいのでしょうか?
>「今はネットがあれば知識なんか簡単に手に入る」というお決まりのフレーズがありますが、そうは思えません。
おっしゃるとおりですね。私も心からそう思います。確かに『あっ、すぐに見つかった』ということもあるのですが、調べてもなかなか見つからないことがたくさんありますよね。簡単に手に入るというのは、一面的な見方でしかありません。書籍やネットをたくさん調べても、身につけたい知識の獲得が困難であるという経験をしていれば、ネットの便利さだけでなく物足りなさも理解できると思います。
2008/11/13(木) 午後 10:02
物事を考える際は経験や感情というものが影響してきますね。それで場合によっては、それが誤った思考に導いたりする。別の話ですが、同じ長さの線が違って見えたり、直線が曲がって見えたりする錯視という現象がありますが、これは人間がもともと間違った認識をしてしまう性質を持っていることを示しています。
こういった人間の性質を踏まえないと、自分の知識の枠組みがどのように成り立っているのかを見誤ってしまうことにもなりかねません。人間がどのような場合に誤った認識をするのかという知識は、誰にとっても必要なものであると私は思います。もし知識を軽視する人が実在するならば、その人には自分の認識の間違いに気づかせてくれる大切な学問(例えば認知心理学)があることを知ってほしいですね。
2008/11/13(木) 午後 10:02
深いですね^^私も教える立場にいますが、確かに一定の知識までは詰め込みが必要となりますね。それは自分の見方や考え方を作る基本的な道具となるものだと思います。残念ながら現在子ども達は(昔からかもしれませんが)直接的な欲求の充足にしか興味を持たない傾向にあります。さらにその欲求は簡単に彼らを取り巻く社会により満たされる為、自分の深みを増すことに対する興味や喜びというものを感じることができない状況です。そう考えると我々大人の姿勢や行き方にこそ、こういった社会を作ってしまった原因があるように思います。しかし、saikaさんのように語り続ける人がいる以上、私もあきらめません^^ちょっと言いたい主旨が違うと思いますが^^;とても刺激になりましたのでまた勉強しに来ます。
2008/11/23(日) 午前 11:45
ひげ校長さん、コメントありがとうございます。
>確かに一定の知識までは詰め込みが必要となりますね。
はい、そう思います。理解力や表現力を身につける教育が大切だという当たり前の言葉をよく耳にしますが、では一定の知識を身につけずに理解や表現が可能か、という問題意識を持っているのです。もちろんどちらが先かという話ではありません。知識を身につける過程において自分の言葉で表現する力を磨くということになるのですが、発想は何もないところからポンと湧いてくるものではないと思います。経験はとても大切なことですが、それを重視するあまり知識を軽視することは怖いですね。
2008/11/23(日) 午後 3:07
>残念ながら現在子ども達は(昔からかもしれませんが)直接的な欲求の充足にしか興味を持たない傾向にあります。さらにその欲求は簡単に彼らを取り巻く社会により満たされる為、自分の深みを増すことに対する興味や喜びというものを感じることができない状況です。
この点はどうなのだろうとよく考えはします。ただ不勉強で昔と今の子供を比べてどの点に違いがあるかが私にはよく分かりません。またこの場合の昔とは何十年前を指すのか、という点でも見解は違ってくると思います。ちょっとずれた話になりますが、私が中学生だった20年前も、授業が崩壊するということはありました。今と比べて荒れていないと言えるのかと考えてしまうのです。確かにインターネットがないという大きな違いはありますが、ファミコンというコンピューター・ゲームはありました。自分の印象で語る『昔はよかった論』にならないように資料を探してはいるのですが、現状ではよく分からないとしか言えません。
2008/11/23(日) 午後 3:08
私も中学生や小学生に接する機会があるのですが、『自分の深みを増すことに対する興味や喜びというものを感じることができない』という点がどうなのだろうかと思ってしまうのです。どうなのかというのは、私が子供のときと比べてということなんですが、将来の夢を持っている子もいれば、そうでない子もいます。未来に希望を見出せない子もいますが、はたしてこれは『今』増えてしまった現象なんでしょうか。
>そう考えると我々大人の姿勢や行き方にこそ、こういった社会を作ってしまった原因があるように思います。
この点は私も大人として反省すべき点が多々あって、他人ばかりを批判はできないのですが、ひとつ報道への不満があります。すみません。ひげ校長さんのコメントとは意味合いが違ってしまうと思います。
2008/11/23(日) 午後 3:09
個々の問題について明確な根拠に基づき過去と現在を比較し、ここが悪くなっていると指摘するならよいのですが、時代は悪い方向に向かっている、どうしてこんな時代になってしまったんだろうと印象でものを言うのはやめて欲しいと思います。こんな報道の影響を受けた保護者や教師に接している子供は、自分の未来をどのように考えるのか不安です。もちろんたとえ厳しい内容でも、事実は事実として伝えるべきだと思います。ただ自分の印象で勝手に作り上げた暗い未来を、子供に吹き込まないで欲しいのです。
>とても刺激になりましたのでまた勉強しに来ます。
恐縮でございます。私もまた学びに伺います。
2008/11/23(日) 午後 3:20
明快なコメントありがとうございます。私はよく感覚で物をとらえてしまい、失敗することがあります。おっしゃるとおり明確な根拠(とそれを作り出す知識の蓄積)をもとに発言することは大人の責任だと思います。未来をつくる子供たちが強くたくましく^^自分を持てるよう頑張ります。
2008/11/23(日) 午後 3:32
力強いお言葉ですね。私ももっと勉強し、言動に注意いたします。
2008/11/24(月) 午後 9:41
はい!私は今中学生ですが
人の考えなどをいっぱい取り入れて
自分の考えをはっきりさせていくことが大事だと
よく言われています
「知らないことは最大の罪でもある」
ってなんかのミュージカルで言っていたような……
なんか目茶苦茶な文ですみません
2008/12/3(水) 午後 9:54 [ akane ]
茜さん、コメントありがとうございます。
いっぱい勉強し、いろんな経験をして自分の考えをはっきりさせることは大切なことですね。
滅茶苦茶な内容ではありませんよ^^
知るべきことを知らないと、自分が罪を犯していることさえ、気づかないのかも知れませんね。
2008/12/3(水) 午後 11:03