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「あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします」(ヨハネ8:32)
信仰生活をするのに、規則や形があるとやり易いところがあります。
でも、知らないうちに信仰が形の上に成り立ってしまうことがあると思います。
そして、形式に縛られ、真理の自由から程遠くなっている場合があります。
私はある姉妹と二人で、日曜日家で礼拝しています。
すべてのプログラムを取っ払ってしまいました。
ただ、聖書を読むことと祈ることだけは守ることにして、あと何の決まりごとをしないことにしました。
形がなくなることは、覆いもなくなることなのだとわかりました。
心の隠れ蓑がないのです。裸の自分が神さまの御前に出るしかないのです。
今までも精一杯の心で神さまに礼拝をささげていたと思っていましたが、プログラムがないだけで全然違うのです。
裸の自分がどうして神さまの御前に出られましょう?
キリストの十字架だけが、神さまのもとに行けることを。
ただ十字架の贖いのありがたさだけが、悔い改めと感謝に満たしてくださいます。
そういうふうに始まって一ヶ月過ぎました。
その後神さまはすぐに、私たちのために教会を備えてくださいました。
ふたり三人集まるところも教会ですが、聖書を教えてくださる教師がいませんでしたので、神さまは教会と教師を備えてくださいました。
距離が離れているので、私たちは二人で礼拝をささげますが、
基本的なことを教えていただきました。
使徒の働きの2章42〜47節を通して。
①使徒たちの教えを守り。(聖書の学びが一番大事)
②信徒の交わりをなし。
③共にパンをさき。
④祈りをし。
伝道することも大事な働きです。
これが教会の土台になります。と教えられました。
毎週、「主が来られるまで、主の死を告げ知らせるための」パンとぶどう酒(水でもいい)をいただきます。
そして、週2回にわたって、Skypeで聖書の学びの時間をとってくださいました。
聖書の学びこそ、私たちクリスチャンの信仰を守ってくださいます。
神さまの備えられた恵みに、本当に感謝しています。
離れている教会ですが、Skypeを通して、いつも交わりを持ってくださいます。
また、来週の日曜日からは、Skypeで音声だけですが、直接礼拝もできるようになりました。
神さまは、どんどん道を開いてくださっています。
そして、教会が献金を集めていないことも驚きです。
献金についても聖書を通して教えられました。
教会も、個人も神さまの導きを受けて歩むことだと思います。
人が作った規則ではなく、すべて聖書から学ぶことの大切さを思わされました。
私たちが生きるのに必要なものはほんのわずかであること。すべては神さまのものであること。「地上のものを思わず、天にあるものを思いなさい。」とあるように。
そのように歩めるなら、何という自由でしょう。
今は終わりの時、キリストとの婚姻の日が近づいています。
キリストの御声を聞くためにも、みことばの上に堅くに立って歩みたいものです。
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