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聖書・・・創世記8章・・・木曜の祈り会 昨日の祈り会での聖書の箇所は創世記8章でした。 8:1 「神は、ノアと、箱舟の中に彼といっしょにいたすべての獣や、すべての家畜とを心に留めておられた。それで、神が地の上に風を吹き過ぎさせると、水は引き始めた。」 [新改訳] 神は大洪水で裁きを行われました。しかし裁きの時も、水が引き始めようやく終わりが来ました。私達に起こって来る試練、困難も必ず終わりが来ます。主が御手を持って私たちの試練に、終わりを定めておられます。終わりのない試練や、困難は有りません。しかしあまりにも困難が続いたり、試練が大きい 時、あたかも終わりがないように感じます。主は箱舟の全ての生き物を心に留めておられました。ましてやご自身に似せて創られた人間には、特別な愛情を持っていつも心に留めておられるのです。 「神が地の上に風を吹き過ぎさせると、水は引き始めた。」 ハレルヤ! 8:11「 鳩は夕方になって、彼のもとに帰って来た。すると見よ。むしり取ったばかりのオリーブの若葉がそのくちばしにあるではないか。それで、ノアは水が地から引いたのを知った。」 [新改訳] 聖書では1日の始まりは夕方です。1日の始まりに鳩がオリーブの若葉をくわえて来た。試練が終わると必ず希望がやって来ます。1日の始まり、若葉が希望を現しています。 8:20 「ノアは、主のために祭壇を築き、すべてのきよい家畜と、すべてのきよい鳥のうちから幾つかを選び取って、祭壇の上で全焼のいけにえをささげた。 8:21 主は、そのなだめのかおりをかがれ、主は心の中でこう仰せられた。「わたしは、決して再び人のゆえに、この地をのろうことはすまい。人の心の思い計ることは、初めから悪であるからだ。わたしは、決して再び、わたしがしたように、すべての生き物を打ち滅ぼすことはすまい。」 [新改訳] ノアは大切に育ててきた数少ない動物を、惜しげもなく奉げ全焼のいけにえとして奉げました。箱舟から出て最初にやった事それが礼拝でした。聖書で全焼のいけにえが記されているのもここが初めてです。次 に記されているのは、あの有名なアブラハムがイサクを奉げる箇所です。ここにノアの信仰が現されています。真の礼拝は自己の放棄です。ローマ12:1 12:1 「そういうわけですから、兄弟たち。私は、神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。」 [新改訳] このノアの生き方から多くの学びが出来ると思います。主の前に、ノアのように生き方そのものが主を礼拝する者へと変えて頂きたいと願います。 |
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>真の礼拝は自己の放棄です
アーメンです。
生きた供え物として、主の道を歩みたいです。
2009/7/17(金) 午後 7:48 [ g_topspeed ]
霊とまことをもって礼拝を捧げるとは、こういうことなのですね。
2009/7/17(金) 午後 9:05 [ - ]
ムスノクさん 主の御前にいつも真の礼拝者でありたいですね。主は私たちの何かではなく、私たち自身を欲しいだと思います。
2009/7/17(金) 午後 9:53
星月夜さん 霊とまこともって、礼拝を日々奉げる者でありたいです。
2009/7/17(金) 午後 10:00
人生が礼拝って素晴らしいですね。神に似るように人を造ってくださったので、それに答えていきたいと思います。
2009/7/18(土) 午後 6:33 [ syasho ]
syashoさん そうですね私たちの人生を主にお奉げして、礼拝出来るなんて素晴らしい事ですね。
2009/7/18(土) 午後 9:15