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人は、なぜ生きているのだろうか? こんなことを考えた人は多いと思う。しかし、答えを見つけた人はどれぐらいいるだろうか? この質問には答えはないと言う人もいる。でも、本当にそうだろうか、答えは一人一人違う? はっきりと答えの書いてある本がある。それは、約3600年前に書き始められ2000年前に書き終えられた物です。時代を超えて人々の人生を変え続け、生きる希望と目的を与え続けてきました。 その本とは、聖書です。聖書はそこに出てくる人々の事が、良い事、悪い事含めて全て赤裸々に書いてあります。そこから分かる事は、神(唯一の私たちを創られた神)は人を創られた意味での真の親であり、その親は子供(全ての人間)がかわいくて、かわいくて、しょうがないと言う事です。まるでこう語りかけているようです。「生まれてきてくれてありがとう。」 「君は、愛されるために生まれてきたんだよ。必要だからそこにいるんだよ。」 神は、愛する対象として私たち人を創られた。だから、人はみな愛される価値がある。いなくてよい人なんて一人もいない。 人の生きる目的その第一は、私たちが愛されており、愛するために生きていると言うことです。 聖書は言う 「神は愛です。」 |
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愛されるために生まれてきた、必要だからこそそこにいる。
これは今生きている人だけへの言葉ですよね。
事故や病気で不本意ながら亡くなってしまう人々が絶えない中、いつもそこに神はいないのか、と痛感します。
癒されることだけが信仰ではないと、
神の計画は私達にはわからないと、
信仰を持たず生きているより信仰を持ちつつ天国へ行く方が幸せだと、
でも、信仰を持ち、更に環境にも恵まれて静かに天国へ行く人と、
信仰を「持てず」、環境的にも苦しい思いをして亡くなっていく人と、どちらを選びますか?
みな前者を選びます。
でしたら何故、後者のような人がたくさんいるこの世の中でそこに神の愛は存在しないのでしょうか。
もし平等に神の愛が存在するならば、みな全員が神の愛に気づくはずです。
信仰(神の愛)に「たまたま」気づく人、全く気づけず世を去る人、ここに神の平等の愛はありますか。
2013/7/25(木) 午後 11:25 [ M ]
M さんはじめまして。私は、幼い頃に両親が別居しその後離婚。再婚、母の死、父の死、を通して神の存在に出会いました。私なりに環境的には、とても苦しい所を、通りました。しかし、神が、ご自身を恵みによって現して下さいました。Mさんは、神の愛が
平等という前提にたって書いておられますが、神の愛は、ある意味平等のところと、ある意味不平等があると思います。
聖書では、神は創造者なので、それに対して人間は、口を挟めません。それは、聖書に陶器師と粘土の関係で現されています。陶器師は粘土を好きなように扱います。途中気にいらなければ、作り直したり、割ってしまったり、その権利は陶器師に全てあります。平等には扱いません。あるもは気に入り。あるものは気に入りません。人間側の平等が全てにおいて正しいとは限りません。神の義の方が正しいという認識に立つと見える世界も、あります。真の神を神とする時に景色が変わります。もっとも不平等なのは、神の御子イエス・キリストが私たち罪人を救うために、死んで下さったということです。その事を信じれば、Mさんにも神の愛は届くと思います。
2013/7/26(金) 午前 0:12
回答ありがとうございます。
理屈ではわかりますが、例えばテレビなどで5人殺害してしまった人の親御さんの気持ち、車庫で運転していて自分の子供をひいて死なせてしまった母親のそれからの人生、アメリカで幼児が引いた護身用の拳銃で自分の父親が亡くなってしまったその子の人生、など。
もし自分の身に想像もしないことが起こった時、人生をちゃんと、そして「平安に楽しく」生きていく自信は全くありません。
やはりどうしてもここにセッタイである神の愛が「全てに」あって欲しいです。
信仰を持てば何が起きても平安を感じられるかもしれませんが、それを超えるくらい大きな災難などだと、神の奇跡が必ず起きない限り常にみな不安を持ち100%心が晴れることはないと思います。
「思いもしない間違いで」自分の肉親を殺してしまった後、信仰によって100%平安に楽しく過ごせますか?
やはり信仰を持って平安を求めつつ、苦しんで生きていくことは確かです。
ちなみに私は幸いまだ大きな試練はありませんが、テレビなどで毎日のようにむごいニュースを見る度に疑問を持たずにはいられません。
2013/7/28(日) 午後 10:32 [ M ]
P.S.
先ほどまた書いてしまいましたが、すみません、公開されなくて結構です。そして回答も大丈夫です。
私は気楽?に書き並べていますが、そちらは言葉を選び回答も少しは時間もかかることと思います。
これからもブログを拝見します。
では。
2013/7/28(日) 午後 11:37 [ M ]
Mさん コメントを公開するのをお許し下さい。
一番の解決策は、創造主なる神は、生きておられるので、その場で構いませんので、ご自身の罪を悔い改めMさんの内に創造主をお迎えし、来て頂くことです。どんな美味しい食べ物も、成分、カロリー、食感、色、などの説明を詳しく聞くより、実際に味わって見るのが美味しさを味わうのに、手っ取り早いのです。教会に行くとか、何かするとか言うのは別のことです。その場で、神の愛を体験されることをお勧めします。是非神の愛を求めて見て下さい。
2013/7/29(月) 午後 4:41
ありがとうございました、このメッセージがすんなり入ってきたような気がしました
信じるためにあれこれ理屈を探していましたが、大事なたったひとつのこと、純粋に「求める」ことをしていなかったのかと感じました。
2013/7/30(火) 午後 11:34 [ M ]