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神を追い求める・神に渇いている人々の為に
オススメの本
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[ まこ ]
2013/8/3(土) 午後 0:41
人の生きる目的
はじめの一歩
[ M ]
2013/7/30(火) 午後 11:34
人の生きる目的
はじめの一歩
人の生きる目的
はじめの一歩
[ M ]
2013/7/28(日) 午後 11:37
人の生きる目的
はじめの一歩
[ M ]
2013/7/28(日) 午後 10:32
回答ありがとうございます。
理屈ではわかりますが、例えばテレビなどで5人殺害してしまった人の親御さんの気持ち、車庫で運転していて自分の子供をひいて死なせてしまった母親のそれからの人生、アメリカで幼児が引いた護身用の拳銃で自分の父親が亡くなってしまったその子の人生、など。
もし自分の身に想像もしないことが起こった時、人生をちゃんと、そして「平安に楽しく」生きていく自信は全くありません。
やはりどうしてもここにセッタイである神の愛が「全てに」あって欲しいです。
信仰を持てば何が起きても平安を感じられるかもしれませんが、それを超えるくらい大きな災難などだと、神の奇跡が必ず起きない限り常にみな不安を持ち100%心が晴れることはないと思います。
「思いもしない間違いで」自分の肉親を殺してしまった後、信仰によって100%平安に楽しく過ごせますか?
やはり信仰を持って平安を求めつつ、苦しんで生きていくことは確かです。
ちなみに私は幸いまだ大きな試練はありませんが、テレビなどで毎日のようにむごいニュースを見る度に疑問を持たずにはいられません。
人の生きる目的
はじめの一歩
M さんはじめまして。私は、幼い頃に両親が別居しその後離婚。再婚、母の死、父の死、を通して神の存在に出会いました。私なりに環境的には、とても苦しい所を、通りました。しかし、神が、ご自身を恵みによって現して下さいました。Mさんは、神の愛が
平等という前提にたって書いておられますが、神の愛は、ある意味平等のところと、ある意味不平等があると思います。
聖書では、神は創造者なので、それに対して人間は、口を挟めません。それは、聖書に陶器師と粘土の関係で現されています。陶器師は粘土を好きなように扱います。途中気にいらなければ、作り直したり、割ってしまったり、その権利は陶器師に全てあります。平等には扱いません。あるもは気に入り。あるものは気に入りません。人間側の平等が全てにおいて正しいとは限りません。神の義の方が正しいという認識に立つと見える世界も、あります。真の神を神とする時に景色が変わります。もっとも不平等なのは、神の御子イエス・キリストが私たち罪人を救うために、死んで下さったということです。その事を信じれば、Mさんにも神の愛は届くと思います。
人の生きる目的
はじめの一歩
[ M ]
2013/7/25(木) 午後 11:25
愛されるために生まれてきた、必要だからこそそこにいる。
これは今生きている人だけへの言葉ですよね。
事故や病気で不本意ながら亡くなってしまう人々が絶えない中、いつもそこに神はいないのか、と痛感します。
癒されることだけが信仰ではないと、
神の計画は私達にはわからないと、
信仰を持たず生きているより信仰を持ちつつ天国へ行く方が幸せだと、
でも、信仰を持ち、更に環境にも恵まれて静かに天国へ行く人と、
信仰を「持てず」、環境的にも苦しい思いをして亡くなっていく人と、どちらを選びますか?
みな前者を選びます。
でしたら何故、後者のような人がたくさんいるこの世の中でそこに神の愛は存在しないのでしょうか。
もし平等に神の愛が存在するならば、みな全員が神の愛に気づくはずです。
信仰(神の愛)に「たまたま」気づく人、全く気づけず世を去る人、ここに神の平等の愛はありますか。



